~ラブコメ共通点(異論は認めます)~ラブコメ主人公に俺はなる!?

山吹祥

第1話ラブコメ主人公に共通する点その一

 少年漫画、少女漫画、ライトノベル――と。

 気になる本、読みたい本が尽きることはない。

 お小遣いのほとんどを費やし、それでも足りなければ市の図書館や学校の図書室を利用した。

 数冊、数十冊、数百冊種の『ラブコメ』を読み漁った事で俺はいつしか「ラブコメ主人公になりたい」と考えるようになった。

 可愛い女の子に囲まれる生活とか憧れない?

 それで、好きになった人と甘い青春を送ってさ、何やかんやと結ばれるとか憧れない?

 思春期の男ならさ、一度は憧れた事があると思うんだ。俺は――。


 これはけして、中学の卒業式に両想い間違いなしだと思っていた相手に告白して振られたからラブコメ主人公に憧れた――とかじゃないから。断じて違う。


 まあ、いいや。そんな忘れたい記憶は置いておいて。


 だからと言って誰もがラブコメ主人公になれるとは限らない。

 アイスで当たりを引く人。妙にじゃんけんが強い人。席替えのくじ引きで一番後ろを引ける人。ショッピングモールのガラガラくじで特賞とか当てる人。宝くじを当てる人。

 そんな幸運を持つ人の中でも、究極的に幸せに愛されているほんの一握りの人だけがなれるのが、ラブコメ主人公だと思うんだ。


 それで、その肝心のラブコメ主人公ってどんなやつだ。

 疑問は出たが答えはすぐに分かった。

 ラブコメ主人公には共通点があるんだよ。

 その共通点を考えるとさ。


「あれ、もしかして俺って……」


 と思うと同時に。


「いや、これは違う気のせいだ……」


 と、頭を悩ませることになった。


 俺が自分をラブコメ主人公かもしれないと錯覚した理由。

 ラブコメ主人公に共通する点。その一。それは――――。


「おはよう、吉岡くん」

「ああ、おはよう。吉岡さん」


『同じクラスに学校一番の美少女がいること』である。


 さらに、主人公やヒロインのお決まりでもある窓側一番後ろの席。

 そこは学校のアイドル吉岡さんの席となっている。

 で、隣の席という幸運を得た人物が、俺『吉岡恵よしおかけい』というわけだ。

 これだけでもラブコメ主人公としての可能性は感じるのだが――。

 先ずさ、同じ苗字だろ?

 それがきっかけで会話が生まれて、読書が趣味という共通点もあってさ。

 あれよあれよと意気投合。

 結果、吉岡さんと気軽に挨拶を交わせる仲。


 これって結構とんでもない偶然というか奇跡というかラッキーなことで。

 吉岡さんはヒロインそのもの。

 成績優秀、品行方正、物静かだけど人当たりは良く愛嬌もある。

 丸くて大きな目を持ち、整った顔立ちが繰り出す愛嬌のある笑顔はとんでもない気絶効果が付されている。

 所作や姿勢は洗練されており、仕草もいちいち可愛らしい。


 当然にモテる。そりゃ、ヒロインなのだから当然だ。

 高校一年。入学してから三カ月までの間で告白された回数は一学年の男子生徒の数に迫る勢いだ。

 サッカー部の先輩。バスケ部の先輩。生徒会の先輩。風紀委員の先輩。モデルをしている同級生。全員が「好きな人がいるので」の一言で振られている。

「一体、吉岡さんの心には誰が住んでいるんだ!?」と、噂になっている時期もあった。


 そして――。


(こんな吉岡さんが自ら挨拶を送る男子って俺だけなんだよな)


 勘違いしそうな、むしろ勘違いしてもいいよ――と、告白ホイホイする罠にも思える事実を考えながら、カバンから机に教科書を移し入れる吉岡さんの横顔を盗み見ていると「あっ」と言葉を漏らした。そして――。


「吉岡くん、ごめん……今日も教科書見させてもらっていいかな?」

「いいよ。机寄せちゃうな」

「いつもごめんね。でも、ありがとう」

「俺も忘れる時あるしお互い様だって」


 吉岡さんはもう一度「ありがとう」と言ってニコッと笑った。

 この至近距離で浴びるニッコリフラワーの破壊力ときたら。

 耐性のできた俺でなければ逝ってるね。間違いなく。

 まあ、余韻に浸っていたせいか、気付けばホームルームが終わり、一時間目が始まっていたから、あまり自信をもって言えないけどさ。


 でもさ、成績優秀、品行方正の吉岡さんがそんな頻繁に教科書を忘れるって不思議に思うだろ?

 だから俺は考えた。

 きっと夜遅くまで勉強しているのかもしれない。朝が苦手なのかもしれない。実はおっちょこちょいさんなのかもしれない――って。


 でも、答えはそのどれでもなかった。

 というか――。

 考えた振りしたけど、実は結構前から知っているんだ、俺。


 俺の視線に気付き「ん?」とあどけない表情で首を傾げる吉岡さんが、わざと教科書を忘れているってことに。


 だって、教科書を忘れたって言った日にさ、別のクラスの子に無い筈の教科書を貸していたから。

 取り繕ったかのように「あ、えっとね……あったみたい?」と熟れた林檎のように顔を真っ赤にさせて言い訳していたから。可愛いかよ~~!!!!


 俺に見つからない様にこっそり動く姿は可愛いけどさ、その日以外も、別のクラスの子に貸している姿を何度も見ている。


 ちょっとポンコツ可愛い子なのかもしれない。


 英語が苦手で意外とお茶目さんってこともよく知っている。

 現に、それを証明するかのように――。


『ね! お話しよう?』

 と、書きこんだノートを見せてきた。集中力が切れたのだろう。


『授業中だけど?』

『だめ?』


 ノートを差し出されるのと一緒に袖を引かれる。

 吉岡さんへ顔を向けると、自身の可愛さを前面に出す捨てられた子犬のような目で俺を見つめていた。

 ウルウルウルウル――と、瞳を潤ませた庇護欲に駆られる目だ。

 何でも許してしまいたくなる狡い目だ。

 吉岡さんにこの目を向けられて「ノー」と言える者はこの学校でいないだろう。

 

 そんな目だ――なんて目だ!!!!


 小さな峠を越えた俺はそんな内心などおくびにも出さず、スッと返事を戻す。


『なに話す?』

『んー、今日は良い天気だね?』


 髪に当たる陽光さえも飾りに過ぎない。

 それくらいに美しく艶やかな髪質をもっているのが吉岡さんだ。


 ――だが。


 今朝見た天気予報では本日の降水確率百パーセント。

 雨が降ることがある意味で保証された空は、少し前から予報に忠実だ。

 陽光なんて一向に差し込まない。


 だけど、念のため外を眺める。


 うん、めちゃくちゃ雨降ってますね?

 雨の音を楽しむ風流さの欠片もないです。


 雨のシャワー(?)カーテンで校庭を望むことも難しいです。

 滝のような雨です。

 修行と称して浴びたら風邪を引きそうだけど、浴びたら気持ちよさそうでもある。

 修行になるかは分からないが、気分が解放されることは間違いない。

 他にも俺には想像のできない何かが可能性としては残っている。


 だから頭から否定するのはよくない。

 一応、聞いてみた。


『雨好きなの?』と。

 吉岡さんは髪に触れ、軽く撫でるように髪をのばした。

 それからノートに返事を書き込んだ。


『かみの毛が乱れるからあまり』


 んーそれならやっぱりいい天気ではないよね。

 と言うか、乱れるどころかさらっさらに見える。

 撫でのばす必要も感じない程に指が通るように見えたぞ。


『あまり見ないで!』

『あ、ごめん』


 僅かに頬を膨らませ怒った様子を見せる吉岡さん。

 だからつい、条件反射。思わず頭まで下げたせいで、授業を聞いていないことが先生にバレてしまう。


「よしおかー、男の方。先生の続きを読んでみろー」


 続きとはどこだ!? そう思ったが、吉岡さんが教科書を指差し教えてくれた。

 おかげでこの困難を乗り切ることができたのだが。


「次は吉岡さんの手助けを借りなくていいように、ちゃんと授業きいてろよー」


「はーい」とは返事したが、その吉岡さんのお茶目が発端で聞き逃してしまったのだ。

 吉岡さんは俺と話しながらでも授業を把握していたから、そんな言い訳などできないんだけどさ!!


『続き話そ!』

『俺、怒られたばかりなんだけど!?』


「それが?」みたいにキョトンとした顔で首を傾げている。

 先生が黒板に向いている隙を狙って首を傾げる当たり本当に小悪魔だ。


『雨の日は、相合傘とかできるから』

『例の好きって人と?』


 突っ込んだ質問だったかなと思ったが、吉岡さんは気にした様子を見せず、ノータイムで返事を書き始めた。


『そう。誰だか分かる?』


 吉岡さんは続けて、小学生がイタズラで書く相合傘をノートに書きこんだ。

 傘の下には吉岡さんの名前が書かれていて、もう片方は空欄だ。

 そして、埋めてとばかりにノートを差し出してきた。

 気のせいか、頬がうっすらと桃色に染まっている様に見える。


『俺?』なんて聞ける訳もないから、一先ずヒントをお願いしてみた。が――。


『空気読めない?』と、なんとも無慈悲な返事が戻ってきたことで、俺は机に突っ伏してしまった。

 そして、先生がその隙を見逃す訳もなく。


「よしおかぁー、けい! お前、前に来てこの問題解いてみろ」

「はい」と返事して勢いよく立ち上がり、黒板の前へ移動する。

 朗読は続きが分からないと読み上げができないが、問題なら解けばいいだけだ。


「かー……生意気な奴め。正解だ。吉岡お前、頭はいいんだよな」

「あ、ども」

「だが、次また話聞いてなかったら外国語準備室の片づけ手伝わせるからな」


 ペコッと軽く頭を下げ、席へ戻ろうと前を向くと、吉岡さんは綺麗な姿勢で前を向いていた。

 と思ったら、何やら一生懸命手を動かし始めた。

 何だろうか――。疑問に思いながら着席。

 そしてノートを見ると。

 空欄だった部分に「KY」と書かれていた跡がうっすらと見えた。

 好きな人のイニシャルだろうか。

 だから俺が戻る前に必死に消そうとしたのだろう。消えていないが。

 まあ、気付かぬ振りするのも優しさか。

 これ以上は俺も授業に集中したいしな…………??


 いや、ちょっと待てよ。


 ヒントに『空気読めない』とあった。つまりKY。

 空気読めない……略するとKY。

 俺の名前は吉岡恵よしおかけい……K……Y??


 はー……雨も悪くない。

 そう思いながら、吉岡さんへ最後の返事を戻す。


『今日は良い天気だな』と。


 この結果。外国語準備室の片付けを手伝う破目になったが、吉岡さんが恥じらいながら小さな声で言う「いじわる」が頂けたから後悔はない。

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