王国魔術庁の窓際魔術師、辺境の荒野に隠れ住む

新山田

第一話 果ての地の荒野にて





救える命だった。


もしも、あの時にもっと早く気付き、

もっと早く辿り着いていたら今でも彼らは平穏な日々を生きていただろうか。


どうしてもっと、力をつけなかった。

どうして。武器を取らず、本を取り、金槌を取ったのだろうか。


今でも耳に響く叫び声、思い出すは悲痛な顔とこちらを見つめるような濁った眼。

それらは、全部、俺が救える命だったはずなのだ。


────────────────────


「旅立ちの日に見せなくたっていいだろ。まったく、嫌な夢を見たもんだ」


クロム・アルスライルは、眠りから覚めた。


その見た目は、黒髪の青年と表現する以上のことはないが、

鍛え抜かれた体と、その瞳がただびとでは無いことを醸し出していた。


彼はいま、荷馬車の貨物車の中にいた。

正確にはそのなかで、マットレスにシーツをひいて寝ていた。なかなか贅沢なものである。


悪夢に掻かされた冷汗を拭っていると、ヒリヒリと肌を焼く日差しを感じ、ようやくと目的地に近いことを知った。その目的地の名前は、[赤煌の荒野]。彼の故郷から遠く離れた異国の地、その先にある不毛の大地。


強い日差しで乾燥しひび割れた地面が続き、時折自生している草々もその息は浅いことを伺える。踏みならす滑車の重みに耐えられずその跡を残す。


荷馬車は進む。引く馬に生気は無い。岩乗な肌は日光に反射しその黒の色が露となっていた。頑強な体、というよりは鎧に見える。その鎧のようなものの隙間からは、青い光が発しているのがわかった。


「国を出て、早7日ほどで荒野に着いたか……やっぱり生身の馬じゃなくてゴーレム製の鍛造馬にして正解だったな」


精霊文字刻印技法と、精霊紋様刻印技法という高度な技術により出来た鋼鉄の馬。それを設計したクロム・アルスライルは、自分の技術がこうしてうまく機能していることに喜びと安堵を得ていたが、それでも改良点は残っていた。


◇     ◇     ◇


[赤煌の荒野]は、王国群が連なり合う[スコヤカ平原]から、[石積の白岩山岳]を超えていくつかの大国を過ぎた先にある場所。大陸の中心にある霊峰との境に存在する不毛の地。聞くところによると、季節によって場所の変わる水源地を争って起こる壮絶な生存競争でそこに棲むモンスターは狂暴で強力なモノだらけのようだ。


「恐ろしい限りだが、だからこそ、人は近寄らない。今の俺にとって願ってもない場所だな」


見渡す限りに赤い色の大地が広がるなかを進んでいると、ポツンとある池を見つけた。辺りには、モンスターの気配はない。


「今の内だ」


と荷馬車を降りて、貨物を下ろす。革張りのアタッシュケースを開くと、いくつもの小瓶や、魔呪具や、錬金用の器具やらが整然と並べられていた。その中からこぶしほどの緑色の球体を手に取って、立ち上がる。


「命は廻り、吹き返s──」


地を鳴らす音が響く。それは土煙を巻き散らしながらまるで纏う様に現れた。


「異国の人間!ここは我らの地、我らの水源。ここは引いてもらおうか!」


翼腕に口ばしを持つ二足獣に乗った戦化粧をした青年の女性。槍の刃先を向けて凛々しい顔立ちの美形でクロムを睨んだ。


「引いてもらえるだろうか」


彼女の優しさか、情けか、遠回しに[ここから離れろ。さもなきゃ殺す]と伝えてきている、なのだとクロムは受け取った。


「水が欲しいなら、俺はいらない。好きなだけ持っていけばいい」


鼻先に触れるほど近い、槍の刃を向けられながらも平然と答える。


「そうか、ではそうしよう。すまないが離れてくれ」


言葉通りに、距離を空ける。


「水を汲め![煌々砂の民]の戦士たちよ!」


彼女はそう命令すると、その背後にいた様々な年齢の戦士たちが、二足獣から降りて、準備を始めた。


指示を出す彼女に代わって、槍を向ける役目をした青年が睨みをきかせたまま槍をこちらに構えている。


「結構、水質悪いと思うんだが…飲み水として使うのか?」


青年は、黙って槍を構え続けている。どうやら話をする気はないようだ。


「ああ、そうだ。この地では水は貴重だからな。これでもきれいな方だ」


代わりに先ほどの青年の女性が、声を返してくれた。


「そうか……俺ならその水、奇麗に出来るが…」


その言葉に、女性はこちら目線を向けてきた。


「ほんとうか?」

「戦士長!疎外の者の意見などに耳を傾ける必要はないです!」


槍を構える青年が、声を張り上げて会話に割って入る。

その後ろの連中も、それに賛同するような態度をしている。


「気持ちは分かる。が…できなければ、その槍で俺を斬ればいい」


目線を合わせて、その青年を見つめる。


「ほう……良かろう。やってみろ」

「戦士長!」


その槍を下げて、その目を、戦士長を呼ぶ女性の方へと振り返った。


「この青年の言う通り、できなければ殺せばいい。それだけだ」


戦士長の女性の言葉と圧に、言葉をつぐんだ若い戦士の姿を見て、クロムは一歩前に出た。ほかの戦士たちはすぐさま警戒心を高めて、鋭い視線が集まった。


手に握った緑球を改めて、手のひらに乗せて腕を伸ばす。


「命は廻り、吹き返す。変造の木霊」


唱えて、手を放す。乾いた地面に触れた緑球は、その先から草木が生え、拡がり瞬く間に池の周りを緑豊かな土壌へと変えてしまった。


「なっ!?」


戦士たちは驚き、足に触れる草木を避けようとしたが、戦士長が微動だにせずいる姿と影響のない状態を見て害はないと判断したのか、慌てふためくのを止めた。


ジャキン!


その姿を傍目にアタッシュケースに近寄ろうと一歩前に出ると、一斉に槍が構えられた。


「おっと……あそこから道具を取り出したいだけなんだが、いいかな?」


戦士長の女性に了承を取ろうと声を掛けた。


「ああ、いいぞ」


その言葉に、戦士たちは槍は天を仰いだ。


アタッシュケースから、小瓶を一つ取り出して、汚い池に近付いた。


赤い土に触れて、濁った水。


「清らかなる、浄化の渦よ。洗いたまえ、精製の水霊」


小瓶の蓋を取り、汚泥の溜まった水にその中身を零した。

跳ねる水の王冠を起点に渦が起こり、瞬く間に清水へと洗浄されていった。


「どうぞ」


鮮明な水を目の前に、驚きを見せなかった女性が、目を見開いて池に迫った。


両手に水をすくい、喉に流し込んだ。


「うまい、これほどの水は久しぶりだ」


その言葉に、戦士たちは、我先にと口いっぱいに水を灌ぐ。


「「「うまぁーい!」」」


口をそろえて、水の味に賛辞を述べて、笑顔を浮かべている。


「今回は、村の皆に喜んでもらえそうですね!戦士長!」


戦士の一人が、掛けた言葉に、戦士長の女性は嬉しそうに首を振って肯定した。


「ああ、そうだな!」


────────────────────


「良ければ、村に来ないか、魔術師殿」


見目麗しい、褐色肌の女性、ルドエナ。戦士たちが水袋に清浄な池の水をためる姿を見ていると、隣に立ち、さきほどと打って変わって柔和になった態度で誘いを申し入れてくれた。


「うれしいけど、断るよ。ここに残る」

「ここにいるより、私たちの村は安全だが……その顔を見るに、そういうことでもないようだ」

「……察してくれて助かるよ」

「ああ、だがここは危険な場所だ、だから…」


彼女は、首にかけていた木彫りのペンダントを外し、クロムの首に着けた。


「それをやる。それがあれば[太陽の印]が災いから守ってくれるはずだ」


そう説明すると、彼女は回した腕が離れた。


「ありがとう、大切にするよ」


感謝を述べると、その言葉に彼女は鼻を掻いた。


◇     ◇     ◇


それから少しして、出立の時。

戦士は、二足獣の装具に水袋を掛けて、その背に乗った。


「それでは、また来る」


そう言い残すと、彼女たちは去っていった。


地平線に消えるその姿を確認して、本音がこぼれた。


「また、来るのかー、そこも察してほしかったが……場所変えるかな」


クロムは、そうは言ったが、そろそろ日が落ちる時間帯。





彼は、儀式の準備に取り掛かった。

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