For sale: baby shoes, never worn
For sale; baby shoes, never worn
(販売中: 赤ちゃん靴、未使用)
今回取り扱うテキストは以上です。本文わずか6単語。この作品が、世界一短い小説です。
内容を整理しますね。未使用の赤ちゃん靴が売られている。以上です。きちんとした1文で表すのなら、 The baby shoes which are never worn are being sold. といった感じでしょうか。それにしても、内容の薄い文ですね。どうしてこんなテキストが、世界一短い小説として広く認められているのか、一緒に考えていきましょう。
まず、この作品は詩ではありません。短い文学作品なら詩として扱うべきだと思う読者さんがいらしたら、それは日本的な感覚なのですよとお伝えしておきます。英詩でも漢詩でも、海外の詩って基本的に音韻やリズムを重んじるので、詩だからって言葉少なで短い作品なんだなと思い込むのは危険です。気軽な気持ちで『イリアス』などを読めますか?私には無理です。
ちなみに世界一短い詩の座を手にしているのはそれこそ和歌であると言われています。これは聞いたことがある人も多いでしょう。
それで、冒頭に示した今回の題材となるテキストが、詩であるとは言えない理由は、音韻やリズムへの配慮がなされていないからです。この6単語の羅列は、詩として仕上げられたものではないため、小説というカテゴリに分類されているのです。小説とは何かという議論はまた別の機会にしましょう。
では本文の解説をしましょう。皆さんは、冒頭の6単語から、赤ちゃんの死のイメージを読み取ることができたでしょうか。
靴を履いて歩く機会が訪れる前に失われてしまった子どもの命が、このテキストの裏側に宿っています。
想像してみてください。
この靴を売っているお店は何のお店なのか。
リユースショップでしょうか。形の崩れかけているものの履くには困らないボロボロ靴や、割と綺麗に手入れされている型落ちの靴などが並んでいる中で、1つだけぴっかぴかで未使用の赤ちゃん靴が少し値段設定を高くして売り出しているのかもしれません。赤ちゃんが早死したおかげで新品そのもののまま売りに出された靴に希少価値を見出し、高い値段で売ろうとする消費社会への satire である。そういう読み方もできちゃいますね。
あるいは、子どもを亡くした人が営んでいる個人商店だとしたらどうでしょう。店主は、自分で歩くことなく死んだ子どもの形見を捨てられず、値段を示さない状態でレジの隣に置き、上の6単語のような張り紙を側に設置しているのかもしれません。幼い宝物を失ってしまった悲しみを、お客さんと共有したい店主の気持ちが表れているのかもしれません。
いかがでしょうか。テキストの裏側を想像することはできましたか?
こういった、とにかく短い形態の小説は Flash Fiction もしくは Sudden Fiction と呼ばれ、読者の想像力によって物語の世界が補完され、完成していくという特徴を持っています。
では実際にこの小説を、読者である皆様の手によって完成させてみましょうか。
この小説には表記揺れが存在しています。たった6単語なのに、すごいですよね。
① For sale; baby shoes, never worn
② For sale; baby shoes, never worn.
上の2つの違いは、ピリオドの有無です。皆さんはピリオドを省いた1番のテキストと、ピリオドを付けた2番のテキストと、どちらの方が好みでしょうか。私の答えはタイトルにも示してあるとおりです。理由を言うと皆さんの決心を歪めてしまうと思うので、ここでは伏せておきます。
なぜピリオドが無い方がいいのか。あるいは、なぜピリオドがあった方がいいのか。その理由も合わせて、皆さんコメントなどで意見を伝えてくださると、私はきっと楽しいです。議論しましょう、議論。
では今回はここまで。
よいお年を
よい翻訳ってなんだろー? 藤井由加 @fujiiyukadayo
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