19 夕暮れの広場の片隅で
時刻は夕暮れ、人通りの少なくなってきた広場の片隅で。
放置されていた、それぞれ大きさの違う木箱に腰掛けながら、私は師匠と、それぞれの近況について話していました。
「ああ、カヤちゃんらしいわね……」
「ちょっと! どういう意味ですか!」
思わず口元のはちみつパンを振り下げ、私は抗議します。
さっきまで最近の苦労話……主に、パン屋さんのお手伝いをすることになった経緯について話していたのに、私らしいとは心外です。
「……カヤちゃんがとっても良い子ってことよ。だからこそ、その冒険者さんも弁償はいいって言ってくれたんでしょ?」
「あっ、そ、そうですかね?」
言われてみれば、そんな気もします。
となると、今の師匠の言葉は褒め言葉だったのでしょうか。
ちょっと照れてしまいます。
「ちょっと良い子過ぎるけど……」
「えっ?」
「なんでもないわ。それよりその、報酬がたっぷり出た依頼っていうのは、どんなのだったの?」
うーん……「良い子」の意味は気になりますが、質問には答えるべきでしょう。
なにより、質問の内容自体も、私がぜひ話したいと思っていたものでした。
「そう、聞いてください師匠! 私ついに、大きな魔物を倒したんです!」
「本当? 大きな魔物って、どれくらい?」
「私の体より大きくて、何倍も重い魔物です! 荷車に載せても、全力で引かないと運べないくらいの!」
噓ではありません。あのカニのような魔物は、そのくらいの大きさがありました。
最も、大抵の魔物は私の体より大きいですが……
「それは……すごいわね。たしかマスターは、とてもカヤちゃん一人で倒せるような魔物には見えないって言っていたけど、カヤちゃんが噓をつく理由もないでしょうし……」
「んぐっ、いや、実は一人で倒したわけじゃないんです。一緒に戦ってくれた人がいまして……」
はちみつパンのひとかけを飲み込み、私は補足を加えます。
ちょっとくらい見栄をはってもよかったかもしれませんが、やっぱり大事なところです。
「ほう! もしかして、ついに冒険者仲間が出来たの?」
「えっと……その人は、冒険者ってわけでもなくって、記憶喪失の男の子というか……」
「な、なるほど……?」
「えーっとえっと、もっと遡って話した方が良いですよね……?」
下手に途中から始めてしまったせいで、話がややこしくなってきてしまいました。
第一、師匠には依頼の内容すら説明していません。
もう、こないだのことを丸々話してしまった方が早そうです。
「そうね、お願いするわ」
その言葉で、私は先日のことを語り始めます。
依頼内容のこと、海岸についてからのこと、船を見つけ、男の子を見つけたこと、現れた魔物のことと、それを打ち倒したこと。
やっぱり衝撃的な一日だったこともあり、我ながらよく覚えています。
「それで、私たちは海岸で別れて……そこから先は、さっき話した通りです」
「なるほどなるほど……それはもう、カヤちゃんにとって、かなーりいい経験になったでしょうね」
「はい! ……まあ、本当にいい経験になりました……」
いろんな意味で。とはあえて言いません。
師匠も顔に苦笑いを浮かべていますから、完全に伝わっていそうです。
「しかし、そうなるとちょっと不安ね」
「えっ?」
「だって、その男の人、まだカヤちゃんを見つけられてないんでしょ? 記憶喪失で……もしお金も持ってないなら、街に着いても絶対困っちゃうんじゃない?」
「……あっ」
そう言えばそうです。
記憶喪失に街の位置だけ教えて、いったいどうすると言うのでしょう。
お金の有無は確認していませんが、彼の持ち物はそう多くはありませんでした。
もしお金が無ければ、街に着いたとしても食べ物どころか、住むところすら確保できないはずです。
「どっ、どうしましょう! 私結局……全然助けられてないんじゃ……」
「うーん……まあ、東側からエイビルムに来れば、冒険者ギルドに寄らないってことは無いでしょうし、上手く冒険者になれていれば、なんとかなるかもしれないけど……」
冒険者ギルドは目立ちますから、とりあえず寄るには最適に見えるはず。
もしかすると、あの男の子が私を見つけられていないのは、ここ数日、私が冒険者ギルドにいなかったせいかもしれません。
もしくは、順風満帆の生活を送れていて、全く困っていないとか……?
……もしそうならそれで、ちょっとショックです。
「と、とりあえず早めにギルドには行った方がいいですよね?」
「それはそうだけど、もう日も落ちてきたし、冒険者ギルドに行くのは明日にしましょう。この時間はちょっと、危ないもの」
「あ、そうですね……それじゃあまた明日、この広場でいいですか?」
この時間の冒険者ギルドは、酒場としても営業しています。
集まる冒険者は多いですが、その分危険だそうで、私にはまだ早いと、前にマスターから教えてもらいました。
というか、そろそろ帰路に着かなければ、野宿になってしまうかもしれません。
「いや、どうせなら、もっと詳しく話を聞きたいし、今日は私のとった宿屋に来てみない? 結構広くていい部屋よ? ベッドは大きいのが一つしかないけど……」
「いいんですか!?」
冒険者の宿屋。
お金が溜まったら、一度は行ってみたかった場所です。
師匠ともっと話していられるなら、なおさら断る理由もありません。
「え……ええ、もちろん」
「やった! ありがとうございます!」
ちょっと予定外ではありますが、ワクワクしてしまいます。
いつも外から眺めるだけだった、宿屋に泊まってみられるなんて!
「あっでもベッドが一つなら、私は床ですかね? でも私の身体は小さいですし、大きいベッドなら、詰めれば一緒に寝られるかも……」
「ね、ねぇカヤちゃん?」
「あっ、はい。なんですか?」
師匠はちょっと困惑した様子で、私に声をかけます。
ちょっとはしゃぎすぎたでしょうか。
それでも、実際一度は行ってみたかった場所ですし、嬉しいときはちゃんと喜ばないと……
「一応確認なんだけど、ほかの人からのこういう誘い、受けてないわよね……?」
「えっ……?」
一秒、沈黙。
「も、もちろんですよ! 第一、誘われたことすらないですから! あはは……」
「そういう問題じゃ……まあいっか」
大丈夫。実際に、師匠以外からのこういった誘いは、受けていません。
……誘う側は、最近やっちゃいましたけど。
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