20 エイビルムの方角


「うーん」



 無意識のうちに漏れる唸り声。

 いつの間にか、腕まで組んでしまっていました。

 悩んでいるのは本当ですし、こうした方が考えも進みはするのですが……今は考えてもどうしようもないような気もしています。



「まあ予想はできてたけど、誰も何も知らなかったわね……」

「何も知らずに冒険者ギルドに入るのって、勇気がいるんですかね?」



 結論として、ギルド内の職員さんや、その場にいた冒険者さん、それからいつも通りカウンターにいたマスターに至るまで。

 誰からもあの男の子らしき人物を見たという情報は得られませんでした。

 考えてみれば、街に入って一番に目に入る建物に、そのまま立ち寄る方がおかしいのかもしれません。

 事前に冒険者ギルドがあると知っているならともかく、もしそこが偉い人の館や、その他立ち入り禁止の建物だったらと思うと、入ってみるのは難しい気もします。

 やっぱり、冒険者ギルドについて話しておくべきだったと、いまさら後悔が襲ってきました。



「いや、多分違うわね」

「えっ?」



 横を向いてみると、師匠も腕を組み、顎に手を当てて考えていた様子です。

 愛用の杖は宿屋に置いてきたようで、素手の状態ではありますが、なんだか様になっています。



「ねえカヤちゃん、確認なんだけど、ちゃんとその人にこの街の位置は教えたの?」

「はい……いや? うーん?」



 あれ? そう言えば私、エイビルムの詳しい場所教えてましたっけ?

 たしか会った時、あの海岸がエイビルムの北東に位置することは教えていました。

 彼も、太陽を見れば方角はわかると言っていましたし……

 あれ、方角?



「あっ、あの、私……ひょっとするとエイビルムの位置じゃなくて……方角しか教えてないかもしれません」

「あー……」



 師匠は今にも頭を抱えてしまいそうな表情で固まります。

 で……でも実際、大体の方角がわかれば街にはたどり着けるかもしれませんし?

 そう! エイビルムの近くには東西を貫く街道がありますから、ずっと南方向に進んでいればいずれ街道に……



「ねぇカヤちゃん。もしかするとなんだけどその男の人、エイビルムを……というか、街を目指してすらいない可能性があるわ」

「えっ?」

「ほら昨日、話してくれたでしょう? 例の男の人、川さえ見つかれば、人の集まる場所まで行ける……って言っていたのよね?」

「は、はい」



 少し変な言い回しだったこともあり、よく覚えていますから、多分、記憶に間違いはないはずです。

 私はその言葉を聞いた時、水を確保すれば一人でエイビルムにたどり着けるという意味かと思ったのですが……



「野宿の話もしていたらしいから、ひょっとすると川を頼りに、何かしら人の集まる場所を探すつもりだったのかも。実際、川を組み込んだ集落は多いしね」

「あ、あー……」



 なんとなく、師匠の言いたいことが理解できてきました。

 もしかすると、あの男の子はエイビルムを目指していないどころか、エイビルムに関する話を覚えてすらいなかったのかもしれません。

 考えてみれば、エイビルムの話題を出したのは、彼が目を覚ました直後の一回だけ。

 あの時の彼は、かなり気だるそうにしていましたから、話したこと全てを覚えていなくても、おかしくはないです。



「川は越えないようにって言っておいたなら、北の森に迷い込むことは無いでしょうけど、不安ではあるわね……素直にあの川を昇ってしまったら山岳地帯に入ってしまうもの」



 師匠の話を聞いていくに連れて、私の中に焦りが生まれてきます。

 私が教えたのは北の川。越えてしまえば、魔物が蔓延る危険な森に続く、北の川です。

 私が住んでいる森の周辺は安全と言って差し支えないですが、山岳地帯の近くには町はもちろん、小さな村すら存在しなかったはずです。

 地形的には、ずっと北側の海岸沿いに、漁村はあったはずですが、流石にそこまでたどり着くには無理があるでしょう。



「川の分岐点までたどり着いて、エイビルム近くの川を下ってでもきてくれればいいけど……今の時期に山岳地帯となると、まずいのよね……」

「まずい、というと?」

「ほら、カヤちゃんも見たでしょう? 山岳地帯から移動して来てる、ツノイシの依頼。あれ実は、あまりにも数が多すぎるから、ずっと張り出されてるらしいのよ」

「あっ! それはまずいです!」



 ツノイシ。角の生えた大型のイノシシ。

 分類的には、魔物か野生動物か、微妙なところらしいですが、なんにせよ狂暴だと聞きます。

 しかも、農作物を荒らすうえ、群れを成して行動するそうで、場合によってはギルドを挙げて大規模な討伐隊が組まれることもあると、聞いたことがありました。

 ええ、一度、依頼を受けてみようとして、マスターに全力で止められたため、よく覚えています。



「どうしましょう! このままじゃまずいです!」

「落ち着いて。今の話は危機感を煽るためにしたんじゃないわ。あくまで、現状整理のための話なのよ」

「と、というと?」

「つまり、私たちが今すべきことは、物凄く単純ってこと」



 少し遠回しな言い方ですが、流石に、師匠が何を言いたいのかは理解できました。

 つまりは、私が原因であの男の子が、危険地帯に迷い込んでしまったのなら、私があの人を助け出せばいいのです。



「さあカヤちゃん。あなたはどうしたい? 私の助けが必要かしら?」



 ええ、正確には「私たち」で、助け出せばいいのです。



「助けが必要なら頼りなさいですよね、師匠。どうか私と一緒に、あの人を探してください!

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