第二話:彼を探して
17 無いと思いたかった
冒険者ギルドの扉が開く。
入ってきたのは、銀髪で、四角い帽子を被った少女。
少女は、ギルド内を見渡すことすらせず、一直線に掲示板へ向かう。
いつものことだが、俺がここに立っている時間となると、彼女が受けられるような依頼は残っていないはずだ。
彼女は掲示板を一通り見終えると、俺のいるカウンターに向けて歩いてきた。
「あの、マスター」
「お前が一人で受けられる依頼なら、もう無いぞ」
既に貼り出しているのはもちろん、まだ確認中のものの中にも、彼女が一人で受けられるような依頼は無い。
もちろん、貼り出していないものの中に、彼女が受けられそうな依頼があったとしても、そう頻繫に受けさせることはできないのだが。
「そうですか……」
俺がそう言うと、彼女も察したのか、そう呟いて黙ってしまった。
前のように俯いてはいないものの、少し落ち込んだ表情に見える。
彼女が黙っている間に、俺は改めてギルドの中を見渡した。
いつも通り、まばらに人は残っているが、俺に用がありそうな冒険者はいない。
少しくらい、喋っても大丈夫だろう。
「まあ、そんな顔するな。この前の依頼はうまく行ったんだろ?」
「えっ? あっ、はい」
俺がそう言うと、少女は少し驚いたような表情になる。
俺から話題を振られるのが、珍しいからだろうか。
はっきり言って今の時間は退屈だ。
たまには話に付き合ってもらってもらおう。
「まさか魔物の死骸が流れ着いていたとはな」
「流れ着いてたのは死骸じゃありませんよ。生きているのを倒したんです」
「ハッ。お前一人で倒せるような魔物には見えなかったぞ?」
「それは……まあ、その……」
思わず少し笑ってしまったが、彼女の反応を見る限り、真っ向から戦って倒したというわけではないのだろう。
ギルドに運ばれた死骸は俺も見る機会があったが、とても彼女一人で倒せるような魔物には見えなかった。
その上、あのカニのような魔物の甲殻にはヒビが入り、大きな何かで甲殻を断たれたような傷もあった。
思うに、彼女の言葉は噓か、もしくはあの魔物が余程弱っていたかのどちらかだろう。
とは言え、俺も目の前の少女を不機嫌にしたいわけではない。
「まあでも結果的に、依頼主は大喜びだったらしいぞ」
「えっ? そうなんですか?」
俺がそう言うと、少女は少し嬉しそうな表情になる。
なんというか……やはり彼女はとても分かりやすい。
「ああ、依頼主が言うには、見たことがない魔物だったそうでな。これは素晴らしいモノだだとか、依頼を出してみて良かっただとか……まあとにかく喜んでいたそうだ」
俺がそう言うと、目の前の少女の表情は、かなり明るくなったように見える。
「そんなに……」
少女はそう呟いて、口元に笑みを浮かべた。
まあ、あの依頼主はその他にも、すぐに解剖しなければだとか、味も見ておいた方がいいだろうかだとか……まあ、色々なことを言っていたそうだが、その辺りは伝えなくてもいいだろう。
わざわざ喜んでいる彼女の邪魔をすることは無いし、彼女が喜びそうなことはまだ残っている。
「それにだ。もしかするとこれが一番嬉しいことかもしれないが、依頼主は追加報酬を支払うとも言っていたそうでな」
「うっ」
「実際に報酬はかなりの額になるそうだ。聞いた限りだと本来の二倍か、三倍にも届くそうで、お前も受け取ればしばらくは……うん?」
そこで気付いた。
追加報酬という言葉を聞いた瞬間から、少女が微妙な表情で固まっている。
「……どうした?」
まさかとは思う。
まさかとは思うが、嫌な予感がする。
「えーっと……実は今日はそのことで、マスターにお願いがあったんですけど……」
「……報酬の受け取りは別窓口だぞ」
一応、分かってはいるだろうが、言っておく。
正直に言えば、そういうお願いでは無いことも、俺は分かっている。
「そうじゃなくて……私、今回の依頼で杖を折ってしまったんですよね」
「……そうか」
見てみると、今日の彼女が右手に持っているのは、前に見た杖ではない。
柄は金属製で、杖の先についているのは角ではなく、控えめな大きさの青い石のようなものだ。
それが、金属でできた円盤のような台に載っている。
何となく察しそうになるが、そんな事はないと思いたい。
「それで、代わりの杖を探してたらこれを売ってる行商人さんを見つけて……」
「…………」
そんな事はないと思いたかった。
「お試しで触らせてもらったら、思ったより威力が出て、商品を壊してしまって……弁償はいいって、護衛の冒険者さんが言ってくれたんですけど、お詫びに杖を買い取ったら、お金が無くなっちゃいまして……」
「……結論を言ってくれ」
杖を買ったらお金が無くなった。
経緯は俺が思っていたよりはマシだったが、概ね想像通り。
問題は、それで何故俺にお願いができるのかということだ。
答えはすぐに、震える声の少女自身が教えてくれた。
「その………こないだ言っていた、パン屋の店番……紹介してください……っ」
「…………」
そのこないだ、俺の提案に力強く嫌だと返した少女はどこに行ったのか。
俺は額に指を当てながら、自分でも信じられないほど大きなため息を付いた。
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