12 パチパチと鳴る
普通、魔法使い用の杖はほとんどが木製です。
ところどころに金具が使われた杖はありますが、単純に高価ということもあり、柄の部分が全て金属で出来た杖は、めったに見かけられません。
しかし、商人さんが開いた布巻きの中には、柄の部分が光沢のある銀色で、杖頭には小さな円盤のような物が付き、円盤の上には、青い宝石のようなものが付いた杖がありました。
長さとしては、私の肩に届くかどうかといったところでしょうか。
円盤もそう大きくはないので、片手でも持てるでしょうが、両手で扱っても問題ないくらいのサイズ感です。
私がそうして杖を眺めていると、つば広帽の冒険者さんが、私の横に並ぶように立ちました。
「それが気になるのか。銀色に青い宝石で、君に合ってるんじゃないか?」
確かに私の髪は銀色で、目は青色です。
配色で言えば、合ってはいるのでしょう。
ですが、柄が金属製で、宝石も付いた杖となると、当然あの問題がついてきます。
「それは高いぞ」
商人さんの声。
使っている金属が多ければ高い。当然のことです。
それに、魔物の角などに比べ、宝石は出回りにくいですから、この杖にもそれ相応の値段は付くでしょう。
「ですよねぇ」
「助けてもらったんだし、1つくらい譲ってやってもいいんじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。中古品とは言え、金属製で宝石付き。それなりの金にはなるものだぞ」
商人さんの言うことはもっともですし、譲ると言われても困ってしまいます。
「だが、金があるなら、今この場で売ることはできる」
「お金……」
今回の依頼の報酬はかなりのものでした。
少し無理をすることにはなるでしょうが、買えないことはないのかもしれません。
金属製なら滅多に壊れるようなこともないでしょうし、正直悩んでしまいます。
「悩んでるな、どうだ商人さん。タダで譲ることはできないかもしれないが、どうせ中古品なんだし、今この場で杖を試すくらい、許可できないか」
「うーむ……まあ、それくらいなら」
「いいんですか?」
私の言葉に、商人さんは頷きました。
だったらまあ、試してみてから決めるのでも、遅くはないかもしれませんね。
「なあ、そこに水差しあっただろ?持って来てくれ!」
焚き火の方に居る他の冒険者さんに向け、つば広帽の冒険者さんがそう言います。
見張りをしていた何人かの内、一人の男性が、言われた通りに水差しらしきものを持って来てくれました。
「結構水残ってるけど……まあいいか」
つば広帽の冒険者さんは、松明を持っていないほうの手で水差しを受け取ると、少し離れた地面に設置します。
「なんでもいい。あの水差しめがけて魔法を撃ってみるといい」
「えっと、大丈夫なんですか?」
「ああ、どうせ俺のものだしな。最近ちょっと欠けたところだから丁度いいさ」
「なるほど……では遠慮なく」
だったらまあ、遠慮なく行きましょう。
ただ正直なところ、私が撃てる魔法はそれほど多くありません。
それこそ火球を放つ魔法くらいでしょうか?
「……あの、火の玉を放っても大丈夫ですかね?」
少しだけ不安になったので、再度確認します。
「うん?大丈夫だろ。荷馬車は離れてるし、的もどうせ水差しだから、割れれば消火される」
「そうですかね」
たしかに、中身が水なら燃える要素もありません。
先ほど、結構な量残っていると言っていたので、燃え広がることもないでしょう。
「言っておくが、狙いは外すなよ。恩があるとはいえ、荷馬車を燃やしたら弁償だからな」
商人さんはそう言いますが、半分は冗談なのでしょう。
そう言う声は決して重くはなく、どちらかと言えば軽いものでした。
「わかりました。では……」
私は金属製の杖を手に取り、精神を集中させます。
杖が身体と一体になるような感覚。
これだけでも、この杖がかなりいいものなのだとわかります。
「揺らぎ続ける魔力の火種よ……」
魔法を作り始めると、一気に何かが膨れ上がるような感覚。
今までの杖や素手と違い、少し意識を通すだけで、魔法が完成してしまいそうなほどです。
このままでは暴走しかねないので、少しだけ調整します。
少し抑え込むようにすると、普段のように魔法を完成させられる気がしました。
「燃え盛り、炎を生め! フーラ!」
「「おお……」」
おそらく冒険者さんと商人さんの、感嘆のような声。
完成したのは、普段より少し大きな火球。
しかし普段より圧倒的に、作り出すのが簡単でした。
幸い暴走することもなく、杖から離れた火球は真っ直ぐに水差しに向けて飛びます。
『ブワアアアアアアッ!!』
「えっ?」「うん?」「あ?」
直後、水差しが爆散し、炎が噴き出します。
私、つば広帽の男性、商人さんが固まります。
四方に散る破片を、呆然と眺めます。
やがて、破片から伸びる爆炎が、荷馬車の真上にかかりました。
破片が落ちて、地面から火の粉が上がりました。
少しして、音さえ立てずに、荷馬車が明るく照らされました。
『ヒヒィィィン!!!』
近くに寝ていた件の馬が、立ち上がって暗闇に駆け去りました。
「どっ! どういうことだフリエンデ!!?」
「やべぇ! おいあれ俺の水差しじゃねぇのかよ!?」
「えっ? えっ?」
怒鳴る商人さん。
焦る冒険者さん。
困惑する私。
「くっそ! わかんねぇけどとりあえず消火だ!」
「しょしょ、消火しましょう!! えっと……えっと……」
とりあえず提案する私と冒険者さん。
その場にいた全員で荷馬車を取り囲んで……えっとえっと、私にできることは、多分魔法!
「えっと……水を生み出すには……」
「おい! 全然消えねぇぞ!なんでだ!?」
「そうだ! グレイナー、水流の魔法……!」
「多分油壷!? バッカ!欠けてても水差しと油壷は間違えねぇだろ普通!!」
「地に沸き流れる恵みの魔力よ……」
「お前ら何してる!! 早く消せーッ!!」
「水だ! あるだけ全部水もってこい!!」
「今ここに戻り、水流を生め……」
騒がしくて、熱くて、眩しくて、気が散ります!!
でももう少し……もう少しで完成しますから……。
「もし商品がダメになったら、お前ら全員で弁償だからなー!!」
弁償……!?
あっ、まずい、集中が。
これ、多分、魔法暴走します。
暴走したら、この杖もダメになっちゃいます。
それならせめて、完成させた方が……!
「グレイナー!!」
咄嗟に荷荷車に杖を向けて、魔法を完成させます。
完成して、急に水流が噴き出して、気づきます。
明らかに量が多すぎる。
そういえば、魔法の調整、忘れてました。
『ドドドドドドドドドッ!!!』
***
パチパチと鳴る焚き火の前を、ぼんやりと見つめる。
思い出すのは、あの銀髪の女性のこと。
左手に持った火打金が、彼女のことを思い出させた。
「カヤ……か……」
彼女は今ごろ何をしているだろうか。
彼女は別れ際に、困ったら自分を探せと言っていた。
もしかすると、それは建前のようなものだったのかもしれないが、それでも、彼女の言葉は嬉しいものだった。
「もし、また会うことがあれば、必ず約束を果たそう」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟く。
できるなら、次に会った時は、彼女を助けられるように。
そこまで考えて、ふと、一つの事を思い出す。
彼女は、もし街に着いて困ったら、自分を探してくれと言っていた。
街というのは、人の集まる場所の事だろうが……
「そう言えば……街というのは、どこにあるんだ……?」
あの時、聞けば良かっただろうか。
まあ、人は川の近くに集まるはずだ。
海から川沿いに進み始めたのだから、このまま歩いていれば見つかるだろう。
そう思って俺は、火を少し弱めてから、目を閉じた。
***
結局、火は消えたのか、商品は無事なのか、結論を言いましょう。
消火は成功しました。商品の安否はわかりません。
どうして安否がわからないのでしょう?
それはもちろん、水流によって商品が押し流され、散ってしまったからでした。
どうしてそんなに散ってしまったのでしょう?
それはもちろん、水流によって押し流された荷馬車が……
「「「…………」」」
バラバラになって、四散したからでした。
「あの…………弁償、ですかね?」
念のため、私は確認します。
「ああ…………そうだな」
商人さんは、しばらくしてから、私に答えました。
「そ、そんなぁ……」
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