11 冒険者さんと商人さん


「ふ……ふふふ……」



 バックパックの肩紐に手をかけ、道を歩いていると、自然とそんな声が漏れてしまいます。

 辺りは薄暗いですし、こんな時間にニヤニヤしながら街道を歩くのは、あまり良く無いことではあると思います。

 しかし、そう分かっていても、意識しなければ声を漏らしてしまうほど、今の私は気分が良いのです。


 私は漂流物と魔物の乗った荷車を納品したあと、浜辺での出来事から二日経ち、私は先程、ギルドから報酬を受け取りました。

 もともと、依頼内容にしては報酬がいい方ではありましたが、私が受け取れたのはなんと、元々の倍……いえ、三倍にも届きそうな額の報酬でした。


 流石に冬を家に篭って越せるだけの金額ではありませんでしたし、折れてしまった杖も買い直さなければいけません。

 実質的に見れば、それほど大きな黒字では無いのでしょう。

 ですが、それでもお金が貰えるというのは嬉しいことです。


 なにより、依頼主の言っていた、特別報酬がもらえたということ。

 それがなんだか、すごく褒められたように感じられて、私はニヤつきを抑えられなくなるほど、嬉しくなってしまっていました。



「ふふ……これだけあれば、久しぶりにまともな買い物ができますね……」



 今日は最低限の買い出しくらいしかできませんでしたが、明日は新しい杖を見にいきましょうか。

 夕方、捨てられる直前の干し肉やパンを買ったりするのでは無い、しっかりした買い物が久しぶりにできると思うと、やっぱり嬉しいものですね。



「誰かいないか!」



 突然、誰かの声。

 顔からニヤつきが引き、咄嗟に声のした方へ目を向けます。

 見てみると、薄暗い街道の少し先に、松明らしきものを持った一つの人影がありました。



「どうかしましたか!」



 慌てているような声色ではありませんが、助けが必要なのかもしれません。

 大声を出しながら、駆け足で街道を進みます。

 それほど距離も離れていないので、すぐに人影の正体がわかりました。

 腰の左側に2本の長剣を下げ、茶色いパッド入りのベストと、鉄のつば広帽を身につけた男性。

 剣を抜いてはいないので、敵対の意思があるわけではないでしょう。

 というか多分、この人も冒険者です。



「こど……? いや、君も冒険者か?」

「はいそうです。どうかしましたか?」



 む、今一瞬子供と言いそうになりましたね。

 まあ、わかってもらえたならいいですけど。



「ああ、荷馬車の護衛でここまでは順調に来れたんだが、今回に限って治癒魔法を使えるやつが居なかったせいでちょっとまずい事になってな」

「怪我人が出たんですか?」



 ここはエイビルム東側の街道ですから、東の遺跡からの荷馬車でしょうか。

 東の遺跡へ行く街道は、遺跡周辺もそうですが、道中もかなり危険だと聞きます。

 治癒魔法使い無しでここまで順調に来たとなると、この冒険者さんも相当の腕利きでしょう。


 ですが、そう考えるとおかしいです。

 遺跡群の近くや、道中ならともかく、エイビルム近くの街道は安全なはずです。

 街道沿いの森は切り開かれていますし、この辺りには盗賊もいません。

 今更怪我をすることも無いはずですが……



「いやそれが、怪我をしたのは荷馬車を引いてた馬なんだ。もともと疲れてたのもあったんだろうが、依頼主の商人さんが日が暮れる前に街に着きたいって言い出したせいで、脚を痛めたみたいでな……」

「あーなるほど……」



 人間の怪我なら薬や包帯でもどうにかなりますが、動物の怪我となれば話は別です。

 ましてや、馬の脚の怪我なんて、そう簡単に治るものではないはず。

 程度にもよるでしょうが、脚を折ってしまった馬は、そのまま衰弱して死んでしまうという話も聞いた事があります。



「君、冒険者なら、手の空いてる治癒魔法使いを知らないか?」



 あいにく、私に冒険者の知り合いはまだいません。

 ですが、治癒魔法使いになら心当たりがあります。



「腕が良いかは分かりませんが……治癒魔法なら、私も使えます。馬のいる場所まで案内してもらえますか?」

「本当か!?」



 つば広帽の冒険者さんは少し驚いたようにそう言うと、ついてきてくれと言って道を進み始めます。

 どうせ帰り道ですし、断る理由もありません。

 私は言われるまま、男性の後をついて行きます。



「おお、戻ってきたか!」



 しばらく歩くと、道の傍で焚き火をしている数人の人影が見えました。

 そう言って立ち上がったのは、少しふくよかな体型をした、若そうな男性でした。

 冒険者らしい服装はしていませんし、この人が例の依頼主さんでしょうか。



「む、その子は?」

「商人さん、この人も冒険者だ。治癒魔法を使えるらしいから、連れて来た」

「馬が怪我をしたと聞いたので。早速ですけど、見せてもらえませんか?」

「……そうか」



 商人さんと呼ばれた男性は、少しだけ疑うような視線を向けてきましたが、その後は特に何も言う事は無く、私を馬の方に案内してくれました

 私は動物の身体に詳しいわけではありませんが、地面に座り込んだ馬の表情は苦し気というわけでもなさそうです。

 私が近づいて、怖がるような様子もありません。

 私は心の中で、これなら治せそうだと安心して、馬の脚の一本に手を当てました。



「自然に漂う無垢なる魔力よ。彼の者に同化し、傷を癒せ……ナルリア」



 馬の脚を覆う、微かな光。

 折れた杖を人前に出すわけにもいかないので、素手のまま魔法を使います。

 いつもより集中力は必要ですが、これでも十分効果はあるはずです。

 私は他の三本の脚にも治癒魔法をかけてから、立ち上がります。



「念のため、全ての脚に治癒魔法はかけましたが、元々そこまで大きい怪我でもなさそうです。もしかしたら、単純に疲れてしまっただけかもしれないので、念のため、一晩安静にさせてから出発してあげてください」



 私は振り返ってそういいますが、商人さんの返事はなく、表情は少し不満気です。



「な?言っただろ、馬を休ませた方がいいって」



 何か機嫌を損ねる事をしてしまったでしょうか。

 そんな考えが浮かぶ前に、つば広帽の冒険者さんが商人さんに声を掛けました。

 ですが、その声で商人さんの表情はさらに不満気になります。



「いやしかしな、こいつは魔法を使うというのに杖は取り出さないし、治癒魔法をちゃんとかけたのかも怪しい。馬の様子だってさっきと」

「おい」



 商人さんの言葉を遮るように、今度はつば広帽の男性が不満気な声を上げました。



「あんた、いくらなんでも助けてくれた人にこいつはねぇだろ。俺達には金払ってるからいいとしても、この人は頼まれてやってくれたんだぞ?商人なら最低限の礼儀くらいは持てよ」



 つば広帽の男性が言葉を続けるにつれて、商人さんの表情はますます不満そうになっていきましたが、最後の「商人なら」という言葉で、突然、ハッとしたような表情に変わりました。



「いや……済まなかった。少し気になってしまってな……馬を診てくれたこと、感謝する」

「えっと……どういたしまして。杖を使わなかったのは、ちょっと今持ってなかっただけです。ごめんなさい」



 折れた杖を人に見せるよりは素手の方がいいかと思いましたが、たしかに少し不可解だったかもしれません。

 魔法の使い方を間違えないとも限らなかったですし、反省するべきでしょう。



「持ってない? 魔法使いなのに、杖を持ち歩いてないのか?」

「いえ、普段は持ち歩いてるんですけど…………直近の依頼で折ってしまって、実は今、こんな状態なんです」



 少し悩んでしまいましたが、私は正直にカバンから折れた杖を取り出します。



「あーなるほど、それはしょうがないな」



 つば広帽の冒険者さんがそう言って目線を送ると、商人さんも頷きました。

 納得してもらえたということは、案外よくあることなのでしょうか。

 それならまあ、買い替えることになるのも、自然な流れではありますね……



「なああんた、せっかくだし商品を見せてやったらどうだ? 確か杖もあっただろ」

「うっ……まあ、どうせ一晩は暇だからな……」

「えっ、杖が商品なんですか?」



 随分タイミングのいい言葉が聞こえて、思わず声を上げてしまいます。

 行商人が積んでいる商品にしても、杖何て珍しいと思いますが……

 見世物用の杖とか、そういうやつなのでしょうか?



「ああ、遺跡のあたりから来たからな、武具もいくつか運んでるんだ」

「ほう」

「って言っても、大体は中古品だけどな」



 流石に、武具といっても他の冒険者達のお下がりのようです。

 ですが、商品として運んでいるということは、それなりに使えはするのでしょう。

 案外、安くていいものもあるかもしれません。



「ほら、この辺りが魔法使い用の杖だ」



 いつの間にか戻ってきていた商人さんが、大きな布巻きを地面に広げます。

 冒険者さんが持つ松明に照らされて、その中身が明らかになりました。

 魔物の角らしきものや、小さな宝石や金属が付いた、十本ほどの杖。

 私は鑑定ができるわけではありませんが、どれもそれなりに良い物のように見えます。



「ん……?」



 ただ、一つだけ。

 そんな中でも、一つだけ、特別目に付く杖がありました。



「金属製の杖ですか……」

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