3 冒険者に向いてない

 普通の冒険者なら、依頼をこなしているうちに自然と知り合いはできるものだ。

 余程悪い噂でもされていない限りは、冒険者が集まっている時間に募集をかければ、数人は集まるだろう。

 実際に、朝早くの冒険者ギルドを訪れると、毎日固定の仲間を持たず、その場で募集している冒険者も見かけることがある。


 しかし、彼女はどうだろうか。

 まず、彼女は許可証も持っていない駆け出しだ。

 なおかつ彼女は、冒険者にしては小柄で、命を預ける仲間としては頼りない印象を受ける。

 その上、彼女がギルドを訪れるこの時間には冒険者もほとんど残っていないから、顔も売れていないはずだ。

 駆け出しで、頼りない、見慣れぬ、少女。

 仮に彼女が朝早くに募集をかけたとして、冒険者が集まるだろうか?


 一応、ギルドには仲間募集専用の掲示板もある。

 ギルド経由で貼り紙をしてもらい、仲間の募集をすることもできるのだが、貼り出しには手数料が掛かる上、タダで仲間になってもらえるとも思えない。

 そうなると当然報酬も必要になるわけで……彼女にそんな金があるなら、わざわざ危険な討伐依頼を受けようとはしないだろう。



「…………」



 少女は黙ったままだ。

 それどころか、また俯いてしまっている。

 このまま俺まで黙っていてはどうにもならないが、今の俺にできることも少ない。



「…………なあ、カヤ」



 俺は少女の名前を呼ぶ。

 ギルド職員としてはあまり褒められた行為では無いが、仕方がない。



「俺は……お前は冒険者に向いてないんじゃないかと思ってる」



 俺は一息付いてからそう告げる。

 相変わらずカヤの顔は上がらないが、俺が声をかけると一瞬ピクリと反応したのがわかった。

 しかし、彼女から反論の言葉がなければ、続けるしかない。



「詳しい理由は言わないが、大体お前も察してるはずだろ。この機会に冒険者なんてやめたらどうだ? 確か、昨日から通りのパン屋が店番の募集をしてたはずだ。探せば他の仕事も見つかると思うぞ?」



 彼女の容姿は、冒険者というにはあまりにも……

 はっきり言って、冒険者よりもパン屋の店番の方が何倍も向いているだろう。


 俺が言い終えると、再びカヤの肩がピクリと動いたのがわかった。

 どちらに転ぶとしても、あと一息と言ったところだ。



「これから冬になるにつれて、冒険者たちはどんな依頼でも受けるようになる。お前一人で受けられる依頼なんて、真っ先に他の冒険者が受けて無くなる。今の時期に稼げなければ、待っているのは凍死か飢え死にだ。だからそうなる前に冒険者なんてやめて……」

「嫌です」



 俺が全て言い終える前に、カヤは顔を上げ、口を開いた。



「私は冒険者になりたくてこの街に来たんです。討伐依頼を受けられないのはわかりました。それでも……」



 最初は力強く反論しようとしたようだが、言葉を紡ぐにつれ、カヤの声は小さくなっていってしまった。

 掲示板に張り出された紙は、あと数枚しか残っていない。その中に彼女が受けられるような依頼は……無かったはずだ。



「はぁ……。まあ、そう言うと思ったよ」



 正直に言うなら、このまま冒険者をやめる方に傾いて欲しかったが、まあ無理だろうとも思っていた。このまま放っておけば、本当に飢え死にしかねないとも。



「だが、討伐依頼を受けられないってわかったんなら、それでいい」



 俺はカウンターから一枚の紙を取り出す。

 これは掲示板に貼られているものと同じ……正確には、まだギルドの印が押されていない依頼の紙だ。



「実はお前が来る少し前、新しい依頼の登録があった。確認はお前がグダグダ言ってる間に済ませておいたが、見たところお前一人でも十分こなせそうな依頼だ。正式に受注できるまでに、少し時間はかかるだろうが……」

「受けます!」



 俺の言葉を遮ってカヤが答える。

 さっきの表情が信じられなくなるほど、カヤの青い目が輝いている。



「最後まで聞いたらどうなんだ……」

「あっ……すいません……でも、良いんですか?」



 良いんですか。というのは、依頼貼り出しのことだろう。

 うちのギルドが基本的に朝にしか依頼の貼り出しを行っていないというのは、冒険者たちに隠していることでもない。彼女も知っているはずだ。



「あまり例の無い事だが、うちの朝貼り出しっていうのは職員の負担を減らすためであって、規則か何かで決まっていることじゃない。依頼者にすぐ貼り出して欲しいと言われれば貼り出すし、実際にこの依頼もそうだ。だからまあ、そのくらいのゆるい決まりなんだよ」

「じゃあ、ギルド的な問題は……」

「全く無い。まあ、あったとしても責任は……俺が取る事だ」



 とは言ったものの、正直に言って今回の事は特例のようなものだ。

 後が怖いが、まあ、今回だけなら大丈夫だろう。



「ありがとうございます!」

「その言葉は受け取っておくが、依頼を達成できるかどうかはお前次第だ」

「はい!」



 少し皮肉っぽい言い回しになってしまったが、カヤは全く気にしていないようだ。

 こういうことに少しくらい突っかかってくれたほうが安心できる気もするが、いちいち指摘していては俺が疲れてしまう。



「あっ……それで、依頼内容は……?」

「まだ教えられないが、そう危険なものじゃないぞ。待ってろ、今最終確認を済ませて来る」



 あわよくば、この依頼で痛い目を見て、本当に冒険者を辞めてくれれば良いのだが。

 とは思うものの、今回の依頼に危険は無いはずだ。

 おそらく、何事も無く帰ってくるだろう。

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