2 青い目の少女

 とある秋の日。日がそろそろ上り切る頃。


 ギルドへの依頼受付の方は忙しくなる時間だろうが、冒険者たちの間は静かなものだ。

 空のジョッキを片手に居座り続ける地味な格好の男や、朝から飲み過ぎで机に突っ伏している男など、まばらに人は残っているものの、ギルド職員を含めても皆、どこかしらの席に座っている。

 俺にとっても、雑務をこなしながらカウンター裏に座り続けるだけの、退屈で平和な時間だ。



『ガチャッ』



 それも、彼女が来るまでの話だが。


 その青い目の少女は、少しぼさついたセミロングの銀髪を、扉から入る風になびかせながら現れた。

 ただし、身長は平均的な冒険者に比べるとかなり小さい。

 一瞬、そこそこの身長に見えたのは、頭に被った四角い帽子のせいだろう。

 茶色い羊毛の下地で、横四面にそれぞれ、灰色の三角模様が描かれた帽子。

 それを丁度、正面から二つの面が見えるように被っていることや、帽子の灰色に対して、髪色が銀であること。いきなり吹いた風に身体を丸めていることもあって、人によってはあるものを連想するかも知れない。

 まるで猫のようだ、と。


 そんな彼女も、右手に杖を持っていることからわかる通り、エイビルムの冒険者の一人だ。

 少女はギルド内を少し見渡してから、一直線に掲示板へ向かう。


 とはいえ、この時間となると、受けられる依頼はほとんど残っていない。

 隣の受付の方に依頼の申請に来る人こそ多いが、依頼内容や報酬の設定、記載漏れが無いかなど、様々な確認を済ませてから張り出さなくてはいけないため、時間がかかる。

 終わったそばから貼り出すのも面倒なので、うちのギルドでは基本的に、依頼の新規貼り出しは早朝のみと決まっているのだ。


 そういうわけで、エイビルムの冒険者たちはほとんどが早朝に集まり、依頼をとって出かけて行く。

 昼前となると、依頼も冒険者もほとんど残っていない。

 こんな時間に残っている依頼など、面倒なものか、報酬が割に合わないか、余程危険なものか……



「マスター。十二番、お願いします」



 または、その全てが当てはまるものかだ。



「ダメだ」

「えっ?」



 少女が困惑の声を上げるが、当然だ。



「お前、本当に依頼内容読んだのか?」

「もちろんです。プレーンスライムの討伐でしょう? 私だって魔法は使えますし、それくらい一人でもできますよ」



 確かに、プレーンスライム自体は変異もしていない、ただの生まれたてのスライムだ。

 ただ雑草や木の葉を溶かして取り込み続けるだけ。動きはのろまで、近付かなければ襲ってくることもない、ゲル状の水まんじゅうのようなものだ。

 遠くから魔法を撃ったり、いっそのこと杖で叩き潰したりでもしてしまえば彼女でも簡単に倒せるだろう。



「じゃあ、そのプレーンスライム以外はどうするんだ?」

「うっ……」



 だが、彼女にこの依頼を受けさせるわけにはいかない。

 十二番の依頼は、次のようなものだ。



『南東の森から現れるプレーンスライムが、街道を荒らしている。直接南東の森に行って、数を減らしてもらいたい」



 エイビルムは森に囲まれた街だ。

 正確に言うなら、西側や街の周辺は整備され、平原のようになってはいるが、北や東、そして南に少し進めば森が広がっている。

 中でも南東の森は大きく、深部はほとんど陽の光が差し込まないほど、鬱蒼としている。

 まあ、川を超えて北にずっと進めば、山岳の前に似たような森が広がっているのだが、それは置いておこう。

 南東の森はプレーンスライムが生まれるには絶好の場所だが、それ程深い森なら当然、別の脅威も現れる。



「凶暴な野獣や、それが変異した魔獣。プレーンスライムと同じように生まれた魔物や、それが変異した上位種。南東の森に行くなら、ほぼ確実に遭遇するだろう。そうなった時、お前一人でどうにかできるのか?」

「それは……」



 少女が俯く。

 手に持っている杖からわかる通り、彼女は魔法使いだ。

 そして魔法使いというものは、奇襲に弱い。

 精神を集中し、魔法を作り出し、発動するまでにどうしても時間がかかってしまう。

 熟練すれば、思う通りの速度で魔法を作り上げることもできるのだが、目の前の少女にそれができるなら、俺は依頼を止めたりしない。



「……最近簡単な依頼が全然無くて、ここ数日なにも稼げてないんです! このままじゃ今年の冬も越せません。だから……お願いします!」



 少女はそう懇願しながら頭を下げた。



「…………」



 俺は扉の方をチラリと見る。

 もうしばらくすれば、エイビルムには冬が来る。

 冬になれば、ひどい日には腰ほどまで雪が積もることもある。

 そうなれば、彼女にとっては依頼どころでは無くなるだろう。


 それは彼女以外の冒険者も同じ。

 冬の時期こそ稼ぎ時と言う屈強な冒険者もいるが、大多数の冒険者はわざわざ危険な冬の依頼など受けたりしない。

 秋のうちに稼げるだけ稼ぎ、冬の間は各々の宿にこもって春を待つのだ。


 そういうわけで、今の時期、エイビルムの冒険者たちは、依頼貼り出しの時間ピッタリに押し寄せる。

 彼女はいつも、依頼貼り出しのしばらく後にギルドを訪れるが、そんな時間になればほとんどの依頼は受注済みになる。

 一人でも受けられるような簡単な依頼など、真っ先に無くなってしまうのだ。



「……第一、うちのギルドじゃ許可証無しの冒険者が一人で討伐依頼を受けるのは禁止してるんだよ。南東の森なら尚更ダメだ」

「そんなぁ……」



 少なくともうちのギルドにおいて、個人での討伐依頼受注、危険地帯への踏み入り、一部の危険な依頼の受注には、ある程度の実力を認められた証である、「許可証」が必要だ。

 全てのギルドがいちいち許可証を発行しているわけではないが、うちはそうしている。

 実際、これのおかげで駆け出し冒険者が死傷するケースを減らせてはいるため、今後も決まりが変わることはないだろう。



「どうしてもと言うのなら、仲間を最低でも一人、できるなら二、三人作るか雇え。討伐依頼を受けられるのはそれからだ」



 冒険者は基本的に何人かの仲間と共に依頼を受ける。

 当然、報酬は山分けになるものの、一人では足を滑らせて高所から転落したり、索敵を怠って奇襲され、それが原因で深い傷を負い、動けなくなってしまえばそこまでだ。

 しかし、仲間がいれば回復薬や魔法で治療してもらい、依頼を継続するか、傷が酷ければ街まで連れて帰ってもらうことができる。



「うぅ……」



 しかしながらそれこそが、目の前の少女にとって最も難しい事なのだと、俺は知っている。

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