金欠冒険者と用心棒 ~薄幸でも冒険できますか?~
ビーデシオン
第一話:流れ着いた男の子
1 とある秋の日
とある北方の街、エイビルム。
人や馬車が行き来する道を抜け、門を通って大通りに出れば、一つの建物が目に入るはずです。
それは、付近の商店などに比べ、ずっしりとした石造りで、まるで街を守る砦のように誇らしげに建っています。
両開きの扉を開けて一歩踏み出せば、外見とは裏腹な、木造のフローリングが迎えてくれます。
見渡せば、丸テーブルに団体用の長テーブル。カウンター席に、奥の方には見せ物用の舞台まであり、一見すればここは酒場のように見えるでしょう。
実際に、半分はそうらしいですが。
ここがただの酒場で無いことは、壁際に集まる人だかりを見ればわかります。
格好は人それぞれですが、皆、剣や槍、杖などの武器らしきものを、腰や背中、または自分の手に直接身に付けています。
決して酔っ払いたちが酒場で喧嘩をしているわけではありません。
黒光りする木材で縁取られ、壁にかけられた大きな掲示板に、彼らの視線は向いていました。
一定間隔で……ところどころ乱雑に掲示板に貼られた紙には
『北の山岳地帯から移動してきているツノイシを討伐してほしい』
『村から街までの道を整備したいので護衛ついでに手伝って欲しい』
等々、様々な依頼文が書かれていました。
ここは冒険者ギルド。野獣や魔物の討伐、薬草や山菜の採取、馬車の護衛に、街の清掃まで。どんな依頼でも受ける、なんでも屋たちが集まる場所です。
掲示板に書かれていたのは冒険者への依頼。そして掲示板に集まる彼らは皆、冒険者。
彼らは朝早くから今日を生きるために、自分たちにできる依頼を、掲示板を睨みながら探しているのです。
しかし、エイビルムの冒険者全てが今この場にいるわけではありません。
ギルド内は広く、掲示板の前の人混みもかなりの数ですが、全体として、この倍はいるでしょう。
前日の依頼を終えて休んでいる人に、引き続き依頼をこなしている人。
もしかしたら依頼を受けに来るはずが、寝坊してしまったという人もいるかも知れません。
かくいう私も何度かやりました。
しかし、今日は大丈夫です。
今日のために昨日は早く寝て、朝食をとりながら街に向かえるよう、携帯食を用意、万が一にも迷う事がないよう、街への道には目印を立ててあります。
無事にギルドに辿り着き、あとは私にも受けられる依頼を見つけるだけです。
実のところ、普段はこんな朝早く冒険者ギルドにくることはありません。
以前一度だけ訪れたことがありますが、その時は人混みに圧倒され、結局依頼を受けることもできずに帰ってしまいました。
ですが、今日の私は覚悟が違います。絶対に依頼を受けなければならない理由があります。
私の身体は他の冒険者に比べて小さく、人混みを押し除けることはできません。そんなことをしようとすれば、逆に私が潰されてしまうでしょう。
ですが私にも、人混みの中をくぐり抜けることはできるはずです。
覚悟を決め、人混みの中に入ります。
意外にも、入ってみれば押し出されるような事もなく、私はまるですり抜けるように人混みの中を進み、掲示板の前にたどり着く事ができました。
あとは私に合った依頼を見つけるだけ……そう思っていると、私の頭に奇妙な感覚が舞い降りました。
他の依頼用紙の下に隠れたその紙は、まるで私を誘うかのように、存在感を放っています。
この感覚の説明はできませんが、とにかくあの依頼なら間違い無い。
そう確信した私は、他の冒険者に見られる前にと勢い良く右腕を伸ばし……
『がばっ』
思い切り布団を吹き飛ばしました。
「…………」
冷たい空気が全身を覆い、私は夢から目を覚まします。
昔、お母さんに聞いたことがありました。
季節の変わり目はどうしても身体を起こし辛く、寝過ぎてしまいがちだと。
今の私は、まさにそれでした。
「うわあああああああ!!」
私は勢い良く起き上がり、装備立ての前に立ちます。
詰め物をした布のズボンに、膝ほどまである羊毛のギャンべソン。
ギャンベゾンの上から腰に巻く、ポーチ付きのベルトに、お気に入りの四角い帽子。
着替えている暇などありません。私はその全てを寝間着の上から身に付け、足元の杖とバックパックを握って走ります。
寝室の扉を開け、玄関へ向け走ります。
どの程度日が上っているのかはわかりませんが、早朝で無いことは確かです。
急いでエイビルムに向かわなくては!
「あっ……!」
一つ、大切なことを忘れていました。
私は扉から手を離し、寝室の方……正確には、寝室の隣の、仕事部屋に向き直ります。
私はゆっくりと仕事部屋の扉を開け、部屋の隅の方を向きました。
「行ってきます」
扉をそっと閉めた後は、革のブーツを履き、走ってエイビルムに向かいました。
……用意した携帯食は、忘れました。
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