ドラゴン国立公園

 テーブルに食器を置ける程度の面積を確保して、面と向かって静かに食事をする。 

 それがもう当たり前になりつつある。

 シアンは森の中でひとり暮らしをしているせいか元からあまり喋るタイプではない。会話を拒否するほどではないけれど、基本的に用事がないときは口を開かない。私も口達者で社交的な方ではないから、シアンとの距離感はちょうどいいくらいだった。


 凝った料理を作らないシアンは、いつもパンに何か挟むか載せるかするものしか作らない。私も拘りはないし、食べさせてもらえるだけありがたいので何も言わない。

 コーヒーだけ苦手なので、シアンがパンに挟むものを用意する横で冷蔵庫から牛乳と砂糖を取り出し、自分の分のコーヒーにそれらをたくさん入れるのが習慣になっていた。


「ドラゴンの季節だから、久しぶりに公園まで行こうか」

 ハムとレタスのサンドを食べながらシアンが突然そんなことを言い出した。

「ドラゴンって、あの、空想の生き物の?」

 ファンタジーの本や映画の中にしか出てこない生き物ではないのか。

 私がそう言うと、シアンは信じられないものを見るような顔をした。

「君ってやっぱり別の場所から来たんだね。まあ、連れてきたの僕だけど」

「本当に、ドラゴンなんているんだ」

「まあね。見たことないならシースイにはちょうどいいかも」


 シアンは残っていたサンドイッチを口に放り込んでコーヒーを流し込む。私も自分の分を急いで口に入れた。

「じゃあ、電車に乗って出かける準備しておいて」

 下げた食器を洗いながらシアンが言う。わかったと返事はしたけれど、私には大した準備はない。外套を羽織るくらいだ。シアンはというと、いつもと同じパーカーを着てフードをかぶるだけだった。家でも外でも装いは変えないタイプらしい。

 電車に乗って二時間近く。遠いな、とは思ったが居眠りをするとすぐに着いた。


 駅から歩いてすぐ、たくさんの人が柵で囲われた小道を進んでいた。看板には「展望台まであと四百メートル」とあった。普通の観光地みたいだ。

 こんなにたくさんの人を見るのは久しぶりで緊張する。身体が冷え、お腹のあたりがずんと重くなる。私はシアンのパーカーの裾にしがみつくようにして歩いた。

 人の波に流されるまま進んでいくと、柵に囲われた円形の広場に辿り着く。ここが展望台なのだろう。人が集まっている。少し坂を上ったからか風が強くなった。

柵の向こうはだだっ広い平原で、遠くにはなだらかで殺風景な丘陵が見える。


「シースイ、あれ」

 少し身を屈めたシアンが丘陵の向こうを指差す。ちょうど突風が吹いた。

 周囲から一気に歓声が上がり、シャッターを切る音があちこちでした。

 シアンが指を差す方向へ目を向けると、岩山のような大きな塊が空を飛んでいた。

 よく見るとそれは岩のように硬そうな皮膚に覆われたドラゴンの身体で、大きな翼を広げて平原へ降り立ったのだ。


「冬眠していたドラゴンは春になると目覚めてここへ来る。雑食で、普段は木の実や果物、花を好んで食べる。力は強いけど温厚で、肉はたまにしか食べない。この国立公園はドラゴンの生息環境を守るために自然が保護されている区域だよ。僕も久しぶりに来た」


 私を気遣って説明してくれるシアン。元いた場所と似たような生物保護の政策がこちらでも取られていることに親近感を覚えた。私の知っている場所とは色々と違うこともあるみたいだが、暮らしていけないほど価値観が違う場所ではないようだ。

 けれど私の目には、私の常識では空想とされてきた生き物が実際に動いている光景が映っている。新鮮さと驚きが、私の視界をよりクリアにする。


「シアン、もしかして、私がドラゴンを見たことがないから、ここに?」

 シアンを見上げると、彼は困り眉でフードの端を掴んで深くかぶり直した。

「久しぶりだから見に来ただけ。……楽しい?」

「うん、とっても」

 ありがとうと言うと、シアンはそう、と素っ気なく返事した。


 眼下に広がっている山と草原と、飛んできては降り立つドラゴンの群れ。

 硬い皮膚に覆われた実在の生き物は、私の目の前で草原に生える花を静かに食べている。

 翼を広げて飛んでくる姿や、四肢で草原を歩く姿を、私は目に焼きつけるようにじっと眺め続けた。

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