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 久々に心が折れそうだった。

 なに、ちょっとヘマが重なっただけだ。予習不足で授業が分からず、課題を提出し忘れ、教授に詰められたところに答えられず、ヤンキーに肩をぶつけられ、コンビニで日用品を買い忘れただけのこと。字に起こすと余計空しい。

 ちょっと大学に残って勉強していたため遅くなってしまった。空はやや暗い。重たい精神状況も相まって、足取りも遅くなる。

 誰が悪いかという話をすれば全部自分が悪いのだが、なにもうまくいかない、やりきれない日というのは偶にあるものだ。自分を追い抜くクルマのテールランプにすらイラつく。今日は早く寝てしまおう。



 しかし現実は僕を寝かしてくれない。

 ようやく家に帰ってくれば、部屋がありえない程散らかっていた。さながら天変地異だ。

「………」

 当然日中の間僕は大学にいたので、この惨状を生み出したのは同居(宇宙)人ということになる。

「ジュラ」

 僕は渦中にいる者に声をかける。部屋の内臓を全てぶちまけた中に、小柄な人影が突っ立っている。

「———おかえり、ハクア」

「また盛大に散らかしてくれたな」

「すまない」

「片付けるこちらの身にもなってくれ」

 怒る気にもなれず、僕は鞄を置いて粛々と整頓を始める。その様子を見てジュラもいそいそと片付けを始める。

「お前なぁ、間借りしている以上は少しは家主を気遣えよ」

「ごめん」

 散らかった本などを纏めてゆく。ジュラの行動に合わせて散ったのか、銀色の粉も散らばっていて非常にうっとおしい。

「僕がこの家に住んでて良かったな。他の人だったら、追い出されてたかもな」

「む」

「そもそも、理由も明かさずに居候なんて、基本は怪しまれるからな」

「そ、それはしょうがないであろう。言えない理由があるのだから………」

「来た理由も、理由も言えない理由も言えないなら、せめて品位で挽回して欲しいものだがな」

「———今日、何か嫌なことでもあったのか?」

「あったし、現在進行形であるな」

「うぐ」

 この宇宙人、明らかに隠し事をしている時点で点数が下がってるのに、その上言動も頭が痛いものばかりだからやってられない。せめて「理由を言えない理由」くらいは聞き出したいものだが、それすら言わないからな、この宇宙人は。


「ジュラ、今回の件の罰金として、お前が地球にいる理由を聞かせてもらおうか」

「え?」

 片付けの途中で、僕はジュラにこう切り出した。

 ジュラが来てもうすぐ三週間になる。ここらでこいつの目的を知りたかった。多少強引な手段に訴えてでも。

「来た理由を言えないなら、せめて来た理由を言えない理由を教えてくれよ」

「む、むぅ………それも、言えないのだ。それを言えば、理由を明かしたのと同義になってしまうのだ………」

「僕以外の誰にも言わないからさ。ほら、僕友達いないし」

「そうは言ってもな………。うぐぐ、これは困ったぞ………」

 ジュラは分かりやすく困っている。青い瞳がうろうろと彷徨う。ちょうど、初めてこの部屋に来たときのような感じだ。しかし、ここで詰問の手を緩めてはいけない。なんとなく、ここでジュラについて知っておかなければ、何かまずいような気がした。

「じゃあ、こういうのはどうだ。来た理由を言ったら、どうなってしまうんだ? それなら僕に言えるか?」

「む、むむむ、言うと、だなぁ………」

「………」

「………言うと………大変なことになる」

「あっそ」

 つまり、言えないのと同じだ。

「お、追い詰めるな! ヨとて言えるなら言ってしまいたいわ!」

 どうやら、ジュラサイドにも事情があるようだった。そんなことはハナから知っていた。つまり、何の成果も得られなかったということだ。僕は溜息を吐く。

「はぁ………。理由も言わず居候して部屋も散らかし放題とは、良い身分だな。お前のせいで僕は苦労が絶えないよ」

「あ、あんまりではないかその言い方は! ヨとて………」

「とて、何だよ。そんなことを言ったら僕とて大変なんだぞ。お前のワガママに付き合って、勝手に自分の物を持ち出されて、何度も散らかった部屋の片づけをして、人前で奇行を見られないようにして、朝は日の出と同時に起こされて!」

「ぬぐぐ………!」

 ジュラは涙目になってこちらを睨んでくる。

「お前は一体何をしに来たんだ!」

「ヨとて好き好んでハクアにメイワクをかけているわけではないのに!!! 分かれ!!! ハクアのバカ! 言語取得! Idiot!  дурак!  Dwaas!  Dumbom!  바보!  Narr!」

牙を剥き出しにして叫び、ジュラは駆け出してしまった。

「おい! どこに!」

「もう知るか!!!」

 涙目のまま、ジュラはドアを蹴飛ばして出て行ってしまった。

「ったく………」

 少し、いやかなり言いすぎてしまったか。今日はダメな日だ。精神に余裕が無く、勢いで相手を罵ってしまう。自分の嫌いなところだ。だから僕には友達がいないのだ。

 僕は自分の心をナイフで刺しながら、暗く散らかった部屋に座り込んだ。


 何度も部屋を散らかしていると言ってしまったが、実のところジュラは最近は部屋を散らかさなくなってきていたのだ。大げさに棚の物を引きずり出しても、ある程度はそれらを戻すようになってきていた。僕としても、ジュラの家での行動をそれなりに信頼するようになっていた。それなのに、今日は部屋が壊滅的だったのでショックだった。ジュラはどうして今日は部屋を荒らしたのだろうか。

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