太古の証明

1

「む、何だこれは………。おーい、ハクアよ!」

「ぅ“る”さ“ぃ”な“ぁ”………何時だと思ってるんだ」

 ある早朝、静謐を壊すジュラの声量で、僕は眠りから引き離された。乾いた目で時計をなんとか見ると、午前5時47分。こいつ、だんだん起きるのが早くなってないか? おじいちゃんを通り越して赤ちゃんだ。

 やはり這うように声の元へ向かうと、ベランダにはジュラがいた。

「おはようハクア、これはなんだ?」

「あ“………?」

 ジュラはベランダの足元を指さす。そこには茶色い円形の布地が敷かれていた。ラグというやつだ。

「それは、ラグだ」

「駱駝?」

「“ラグ”だ。お前、毎朝ベランダに雑魚寝してて身体痛そうだったから、昨日駅前のホームセンターで買ってきた。好きなだけ寝ろ」

「お、ぉおう………。気を遣わせてしまったな、ヨのために………。では、ありがたく使わせてもらうぞ」

 早速、ジュラはラグに座る。

「どうだ」

「良いぞとても! 柔らかい!」

「そうか。じゃあな。僕は二度寝するから」

 言い終わらないうちに僕はベランダの窓を閉める。あれはジュラにとって良い土産になったようだ。良かった………と思い至る前に、僕はまた眠りに落ちた。



「おお………良い場所だここは………」

「前河原に行ったと思ったら、今度は山か」

 結局早く起こされた僕とジュラは、町の外れにある山に来ていた。山と言っても大層なものではなく、ただの小高いものだ。徒歩で来たがアパートからはそれなりに離れており、中々の距離を歩く羽目になった。

 辺りは鬱蒼………というほどでもない密度で木々に囲まれている。見上げれば天井は緑色だ。葉が日光を遮っているおかげで涼しく、そして暗い。虫や鳥の鳴き声で満ちた空間だ。

「ふむふむ、人工物だらけの地帯だと思っていたが、こんなにも自然が残っておったのか」

 こんな所まで来たのは、もちろんジュラの希望だ。まったく、朝に唐突に「山に行くぞ」と言われる身にもなってもらいたい。

「ところでハクア、ハクアは蛇は平気か?」

 ふいにジュラが言う。

「え、別に大丈夫だけど、何で?」

「いや、今にも蛇が出そうな茂みがあちこちにあるのでな。一応聞いておいた」

「そうか」

 何だその気遣い。もっとその優しさを発揮してほしかった場面は今までに山程あるんだが。


「なぁジュラ、なんでこんなところに山があるって分かったんだ?家から結構距離があるけど」

 もうだいぶ山頂に近づいてきた頃、僕は問う。

「そんなこと、地形検索を行ったまでだが?」

 ジュラはさも当然という風に言う。

「そういえば来た時も言語検索とかやっていたが、それって何なんだ? お前の特殊能力なのか?」

 宇宙人特有のSF的なパワーなのだろうか。

「これらの能力は我が星の技術の粋なのだ。異星を訪れる際にスムーズに順応できるようにな、言語・地形くらいなら瞬時に脳にインプットできるという優れものだ。おかげで現地人であるハクアとも問題なくコミュニケーションをとれるし、初見の地でも迷うことはない。いやはや、我が星はすごいな」

「ふーん」

 自分から聞いといてあれだが、現実離れしすぎててあまり興味が沸かない。

「うーむ、我が星トップクラスの技術の賜物なのだぞ。もっと珍しがれ」

「そうは言っても途方も無さ過ぎてなぁ………。あ、そうだ。地形を検索できるなら、この山に埋蔵金とかが埋まってたらそれも分かるわけ?」

「分かる。この能力は地中までスキャンできるからな。ここに埋蔵金などは無い」

 適当に言ったのにガチで返答された。

「ヨがここに来た理由はな、ハクア。この山からは気配を感じるのだ。気配というか匂いというか………。ちょうど、ハクアの部屋にある琥珀のような気配がな。それを直接確かめたかったのだ」

 草木をがさがさとかき分けつつ、ジュラは言う。

「え」

 琥珀と同じ。それってつまり、同じ時代から残されたものが、この山に埋まっているということか………?

「待っていろ、今ここら一帯の地形を看破して、気配の正体を暴いてやる………」

 ジュラは少し開けた草地に立ち、目を閉じる。

 瞬間、明らかにジュラの周囲の空気が変わった。ジュラを中心として、見えない何か波動のようなものが生み出されていく感覚とでも言ったら良いのだろうか。僕は、自分の横を何か大きな生物が走り抜けたような錯覚をする。風も無いのに木々はざわめき、鳥たちは慌ただしく飛び立つ。ジュラの髪の毛が逆立ち、ジュラの全体がうっすらと発光しているように見える。凝視しなければ分からない程だったジュラの体表を覆う空色の模様は今や煌々と輝き、一定のリズムで明滅を繰り返していた。

 丁度、心臓の鼓動のように。

 僕がその光景に息を飲んでいる間に、ジュラの光は収まり、周囲の様子も元通りとなる。なんだか未知の力に触れてしまった気がして、僕は冷や汗をかいた。

「地形検索・完了。解析結果———」

ジュラが青い双眸をゆっくりと開き、言う。

「ほうほう、これはこれは………。ハクア、気配の正体が分かったぞ」

 ニヤリとした顔でジュラが振り返る。

「え、な、何?」

 急に話を振られて僕は少したじろぐ。

「真下だ。ちょうど、ヨが立っている位置の真下に、とんでもなく大きな化石が埋まっている。これが、ヨが感じていた気配の正体だ」

「え………」

「推定するに、頭から尾まで全長20mは下らない肉食恐竜の化石が、地下5000mに埋まっておる。形成されたのはざっと6600万年程前か………」

「そ、そんなでけぇの!?」

 教授から習った恐竜の全長の2倍以上はある。そんな化石は発掘されたら学会は大騒ぎになるのではないか。いやそもそも、全身が残った化石なんてそうそう見つかるものではない。ここの地下にはとんでもないものが眠っているようだ。埋蔵金なんかよりよっぽど価値がある。

「ふむ、これだけ大きければ、なるほど遠方に居たヨもその気配を感知できたことであろうよ。よし、帰るぞハクア。目的は達した」

「お、おう。もういいのか? せっかく時間かけてこんなとこまで来たのに」

 いつもは何にでも興味を持つジュラがこんなにあっさり帰宅を望むとは。てっきり僕は野ウサギでもとっ捕まえて喰うくらいのことはしでかすだろうと覚悟してきたのだが、拍子抜けだ。いや、そんなことはしないに越したことはないが。

「あぁ、最大の興味が満たされたのでな」

 サクサクと草を踏み分けジュラは歩きだしてしまい、僕もそれを追う。

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