頭上を駆ける
1
「いや~良いお湯だったな」
「そんなに上等な湯であったのか?」
「いや、水質に関わらず風呂上りは良いお湯だったっていうもんなんだよ」
「そうなのか、不思議であるな………」
会話から分かるように、僕らは風呂から上がっていた。脱衣所にはやはり誰もいない。さっきのおじいさんはまだ風呂に入っている。大丈夫かな。あんなヨボヨボで。実は死んでんじゃないの。
「そういえばジュラ、お前僕の家に来た時からその服着てるけどさ、どこで入手したんだ?」
「む?」
シャツに袖を通しつつ僕は、同じく袖を通しているジュラに問う。
さっきの発言で気になる点があったのだ。ジュラは自分の身体を「人間に寄せた」と言っていた。それはつまり、こいつの本来の姿が人間のものとは離れているということを示唆している。それはそれであまり考えたくないことだが、もしそうだとしたら、ジュラが今着ている、ジュラの体格にフィットしたシャツとズボンはどこから持ってきたのだろうか?
「これか、これは自作なのだ。ヨの皮で作った」
「へぇジュラの皮でいや待て待て待ておい待ておい待て。皮!!!」
さらりとエグい情報をぶちかますな! 皮! 皮と言ったか!?
「うむ。あとは鱗やら毛やらでな。なに、衣服を編むくらいはどうということでもない」
「えぇ………てことはお前、自分の皮着てるわけ?」
思わず人皮を着ている自分を想像してしまい、喉から何かがこみ上げた。あまりにキモすぎる。フナ喰いとはだいぶベクトルの違う気持ち悪さだ。
「うむうむ。この星に来る途中でな、身体を人間のものに換装していたのだが、ヨは裸だったのだ。この星の住民は普段は服を着ているということを失念していてな。どうしようかと困ったところで、ちょうど脱皮の周期が来たのでな、ささっと服を作ったのだ」
「お前、脱皮すんの………?」
情報量の嵐。
「人間とて、古くなった組織は交換されてゆくのだろう? それと同じだ」
ジュラは何と言うことも無さげに言うが、僕からしたらあまりに異常だ。いや、こいつの非常識な生態は今に始まったことでは無いが。今一度こいつとの距離感を考え直した方が良いかもしれない。こいつはどうしようもなく宇宙人だ。
「しかし、皮と鱗と毛で服をねぇ………。ちょっとモ●ハンみたいだ」
「モン………?」
「この星のゲームだよ」
*
「おお、今日は星は見えるな」
「む、そうであるな。ヨの母星は流石に見えぬが」
銭湯から出て、時刻はとっくに深夜だ。町の明かりは落とされ、街灯が無い位置からは僅かに星を見ることができる。
「最近はどこもかしこも夜でも明るいらしくて。この町は全然都会じゃないけど、それでもこれしか星が見えないんだ」
「ヨも感じていたところではある。この星の街は夜でも明るすぎるな」
ジュラも同意見のようだ。
星空なぞ、昔はどこからでも見れたものらしいのだが、今では見られる場所の方が少ないようだ。天体観測のために山奥まで遠征する人たちもいる。星々は人の生活圏から追い出され、開拓されていない場所にかろうじて瞬いているという様相だ。満点の星空の存在価値は、最早絶滅危惧種の域だ。星が見える場所はそれだけで観光地というステータスを与えられ、都会の夜光から逃れたい人々の羨望を集めて止まない。
「この星の上空に到達したときに見たのだが、この星の都市の明るさは凄まじいと感じたのだ。太陽が出ていないのに、まるで昼のような有様。あれでは地上からは星など見えるはずもない」
ジュラはずいぶん高い(物理)視点から講釈を垂れている。でもまあ、実際その通りなわけで、僕はうなずくことしかできない。宇宙人からまでも叱責されるこの星の未来がちょっと不安になる。
それからはしばし二人で少ない星を見ながら帰路を歩いた。最初は「そういえばなぜハクアは今までバドミントンをしてこなかったのだ? あんなに面白いのに」「ん? シンプルに友達がいねぇから」などと適当に会話していたが、しだいに互いに口数が少なくなり、足音しか聞こえなくなった。
「おっ」
ふと、静止していた夜空に一筋の光が流れる。
「ジュラ、見たか今の、流れ星だぞ。日本では流れ星が落ちるまでに三回願い事を唱えると叶うって風習があって………ジュラ?」
ジュラは僕の言葉に耳も貸さず、真剣な面持ちで夜空を見上げていた。どうしたのだろう。この手の話題には大喜びで食いつきそうなものなのだが。
「どうした? やっぱフナの生食はまずかったか?」
今頃腹に来たのだろうか。
「いや」
「あの流れ星に、何かあったのか?」
「違う」
「じゃあどうしたってんだ………?」
「違うのだ、ハクア。あれは流れ星などではない」
ジュラが、こちらを見る。
「あれは宇宙よりの生命体だ」
ジュラの青い目は、闇の中でも鮮明に光を放っていた。
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