純白
1
僕とジュラは河川敷から帰路についていた。フナは途中で食べるのを止めさせ、食べ残しは河に流した。フナには可哀相ことをしたと思うが、世界では毎秒数万では下らない魚が釣られていると思うので、それに比べたら全然誤差だろう。
ジュラは、帰路でもあらゆるものに興味津々だ。さっきのフナ喰いの件も、僕が何故止めたのか分かっていないようだった。資源を大事にしたいから残さず食べたいとほざいていたが、そんなことより世間体の方が何倍も大事だ。あの瞬間が道行く誰にも見られていなくて本当に良かったと、今更ながら安堵する。
「汗だくだ………風呂に入りたいな」
高い気温と晴天が、僕にそう呟かせる。
晴天のもと数時間もバドミントンをしたことでかなり汗をかいた。さらに目前で猟奇的な食事を見せつけられてかきたくない変な汗もかいた。汗だくだった。自分の体にこんなに代謝機能があったのかと感心する。
「おいジュラ、お前は………って、何してんだ?」
ジュラは小石を握りしめ、電線に留まっているスズメを睨んでいる。
「あの枝に留まってる鳥、まだこちらに気が付いてないぞ。石を投げれば落とせるかもしれん………」
「あっそ、やめろ」
パァンと僕が一発拍手を打つと、スズメは驚いて飛び去ってゆく。
「なにをするのだ!」
「野鳥いじめんな」
「で、ハクアよ、なぜヨを呼んだのだ?」
ジュラが問うてくる。
「おっと本題を忘れてた。ジュラお前さ、銭湯にでも行かないか? 汗かいただろ」
「汗はかいていないが………セントウ? セントウとは何だ?」
「あー銭湯の説明からか………」
こいつは妙なことばかりするし、何より常識というか知識が欠けている節がある。
「銭湯ってのは、いわゆる公衆浴場だ。家にもある風呂の何倍もデカいやつで、金払って入るんだよ。家の近くに良い銭湯があってよく行くんだけど」
「なんだそれは! 面白そうだな! 行くぞ銭湯!」
僕が軽く説明するとジュラはすぐに興味を持った。
「よしじゃあ行くか———って、やっぱちょっと待て」
言いかけ、僕は止まる。
「?」
「やっぱ夜に行くか。一旦家に戻るぞ」
「えー行かんのかー。行くぞー今すぐ行くぞー」
あそこの銭湯は日中は割と混むのだ。またこいつが大衆の目前で奇行に走ると僕が困るので、空いてる時間帯に行くことにした。
*
「ここが、銭湯………」
深夜、営業時間ギリギリになって僕らは目当ての場所に着いた。アパートから徒歩数分の好位置にある銭湯。創業何年だか知らないが、古い建物でなんとなく歴史を感じさせる姿だ。昔ながらといった感じ。暗い路地に唐突に現れる明かりには安心感があるものだ。
「ハクアはよくここに来るのか?大衆浴場なのだろう?学友と来たりするのだろうか」
「いや、僕にそんな友達は居ない。故に独りさ」
「そ、そうか、悪いことを聞いたな」
「悪いって言うな。余計悲しくなるだろ」
などと言い合っていたが、玄関口で立ち止まっていても迷惑だろう。僕らは早速入ることにする。
「いくぞジュラ———待てよ、そういえばお前男か? 男湯に入る?」
「ヨに性別など無い。ニンゲンにはあるようだがな」
「そ、そうなのか………」
無性別なら男湯に入れてしまっても問題ないのか?
「んで、ここが脱衣所。この籠に服を入れて浴槽に向かうわけだ」
「ほうほう」
男湯の暖簾をくぐり、脱衣所まで来た。
脱衣所の籠を見るに、僕ら以外の客は一人しかいないようだった。終業ギリギリに来店したのが功を奏したようだ。
僕は早速上着を脱いで籠にぶち込んでいく。ジュラもそれにならいシャツを脱ごうとする。
「いや待て、ジュラ。そういえば僕はお前の裸を見たことないぞ」
「おやそうであったか。確かに見せた覚えも無いが………何か問題か?」
「お前、見た目と顔面は人間くさいが、身体も人間なのか………?」
僕はジュラの身体を見たことが無かった。こいつは宇宙人だ。一応服は着ているが、こいつの裸まで一般的な人間のものかは確かめたことが無い。どこで入手したのか、来た時から服は着ているが、それを脱いだところを見たことが無い。何故かこいつは風呂に入らないのだ。なのに臭くもないから不思議だ。風呂にも入らず臭かったら目も当てられない、いや、鼻も当てられない。
ジュラは大まかなシルエットは人間と同じだが、細部は違う。指が四本だったり、牙が生えていたり。もしこいつの裸が一目で宇宙人と分かるような見た目だとしたら、銭湯に連れてきたのは失策だったかもしれない。いざ服を脱がせて、尻尾とか生えてたらどうしよう。
「お前が銭湯に入れる身体か、一旦確かめる必要があるな」
「では、脱ぐからハクアがそれを判断してくれ」
いうなり、ジュラ上下を脱ぎ捨てて裸になる。
「………」
「どうであろうか?」
僕は一瞬言葉を失った。
ジュラの身体が、なんというか、生物じみていなかったから。
ジュラの身体は、ざっくり見れば、人間だ。しかし、細部は圧倒的に人間ではなかった。
全身が完全に真っ白だ。顔や腕の肌が白いやつだとは思っていたが、その完全な白さが全身にくまなく延長している。肌も、注視すればおよそ人間のそれとは全く異なることが分かる。角質を感じさせないすべらかな肌で、毛の一本も生えていない。剥きたてのゆで卵の様という例えは貧乏すぎるか。どことなく近未来的な印象だ。身体は極度に流線形で、最近完成したという、時速数百キロで走行するような新幹線を想起させる。人間型の陶器のようだ。しかしよく見れば、凝視しなければ分からない程細く、空色の線の文様が肌の流れに沿ってジュラの身体を走っていた。
ジュラからは本来人間にあるべき凹凸が捨象されている。一方で、あるべきでない凹凸もある。その背面、肩甲骨と尾骶骨のあたりか。不自然な盛り上がりがある。
「これは………人間か………?」
「んぅ………ヨとしてはかなり人間に寄せたつもりであるが、変か?」
「い………や………ギリギリ変ではないだろう。浴槽への入場を許可する」
「やったー」
正直、かなり判断に迷ったが、四捨五入すれば人間と同じだろう。いけるいける。
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