堆積する辞書
1
目が覚める。やはり干した布団は良かった。
昨日は久々に猛ダッシュした疲れと、珍獣が部屋に襲来した心労でぐったりと寝てしまった。しかし今日とて大学があるのでいつまでも寝てはいられない。
暗く狭い部屋を寝たまま見回す。いつも通りの部屋だ。しかし今回に限ってはこれはいつも通りではない。
ジュラがいない?
奴より後に起きたのは失策だったかもしれない。目を離すと何をしでかすか分かったものじゃない。布団から立ち上がると、全身の骨がパキパキと存在主張する。とりあえず棚の琥珀が食べられていないことを確認し、まずカーテンを開ける。朝の陽射しに目がくらむが、果たして、
「む。ハクアか。おはよう」
「なにしてるんだ………?」
ジュラがベランダに大の字になって転がっていた。
「なに、ヨらの一日はこれで始まるのだ。故郷のものとは違うが、存外この星の陽光も良いものだ」
要は日向ぼっこのようだ。猫みたいだな、と思う。飼ったことないから分からないけど。とりあえずベランダにいただけなら咎める必要もない。なら僕は僕で一日を始める準備をしなくては。即ち朝食作りだ。
とりあえず卵でも茹でておこう。一日に一つ以上の卵を食べるのは健康に良い………と、エライ人が言っていた気がする。テレビか何かで。
茹で終わる。調理工程が少なくて非常に良い。殻を剥いていると、ジュラが近寄ってきた。
「なんだ、お前にやる物は無いぞ」
「その食材、剥いた部分は食べないのか?捨てるくらいならヨが食うが」
「卵の殻なんて食うなよ。病気になるぞ」
「だが、これも栄養になりそうだぞ」
ジュラなら卵の殻くらい簡単に食べるだろう。昨日こいつが琥珀を食べようとした際、口内にびっしりと牙が生えているのが見えた。あれなら琥珀すら嚙み砕くだろう。
結局殻は与えなかった。何か変な病気にでもなられたら面倒だ。
「じゃあ僕は大学に行くわけだが」
「勉学だな。殊勝なことである」
ジュラはまた窓際の日向のところに座っている。よほど太陽光が好きらしい。
正直、こいつを家に一人にさせたくない。宇宙人なわけだし、何かとんでもないことをしでかしそうな気がする。見張っていたいが、しかし大学を休むわけにもいかない。どうしたものか………。常識的に行動しろと命令したいが、昨日飛来したばかりの宇宙人が日本の常識を理解できるとは思えない。
「ジュラ、お前は今日一日どうするつもりだ。視察とやらか?」
視察に来たことが嘘なのは分かっているが、一応問うてみる。
「うむ、そうさな………。周囲一帯を調べる必要があるからな。この部屋にとどまっているわけにもゆかぬ」
「外に出るわけだな。ならこれだけは言っておく」
「なんだ?」
ジュラが不思議そうな顔をする。
「出入りは静かにこっそりとしろ………大家さんには絶対に見つかりたくないからな。あと、隣人にバレて通報されたくもない」
「世知辛いのだな………」
当然だ。大家さんも隣人も、宇宙人を匿ってる奴の近くにはいたくないだろう。二人(一人と一匹?)で住んでいることがバレて家賃二倍とかになったら目も当てられない。
リュックを背負い玄関からでる———前に、
「部屋を汚すなよ。だが、本棚にある本やら漫画やらは読んでても良いぞ」
さすがに丸一日放っておくのはいくら宇宙人でも酷に感じたので、それくらいは許すことにした。ほとんどラストの良心だ。
「感謝するぞ」
「琥珀は食うなよ」
「えー」
狙ってたのかよ。やはり油断ならない奴だ。
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