プロット集⑫
この村に滞在中、彼は私に、1つのことを勧めてくれた。
それは、必ず一緒にいること。
原因は自惚れでなく、私の厄介な美貌だった。
実際に村の若い男のひとが数人、値踏みを通り越して、節度がなく、嫌悪感をそそる目線で、こちらを見ているのに気づいていた。
私の耳には、無礼で心ない言葉だって届いている。直接言われたわけじゃないから、気にしていないけど。警戒はする、当たり前だ。
エルフとして生きるなら、うんざりするほど慣れていたことではあった。
「…一緒に居るか?、姫さん。嫌なら自己責任だが」
彼は私の顔色と状況から、察してくれたようだ。私よりもずっと大人だからだろう。
自己責任。冒険には付き物の言葉。
普段なら団の名前があるし、二人きりなんてことは無いけど。
正直、剣を帯びていても、とても怖かった。冒険の恐怖とは種類が違う。
1人寝ているところを、何人もの男のひとに襲われたら、私はきっと何もできない。
なら、唯一気遣ってくれた彼と一緒に。私は居たいと思った。
「怖い、…です、できれば一緒で…」
「わかった、あの二人に会えるまでは、俺に独り占めされてろ。遊べとは言ったが、種類が違うだろ?」
「うん…ごめんね、気苦労でしょ?」
「そこはありがとう、だろ?」
「…ありがとう、紙切れさん」
彼は照れ臭そうに鼻の下を擦った。
…こういうところ。大人なのに全然子供っぽくて、かわいいの。このひと。
女将さんに部屋を用意してもらって、私たちは過ごしていた。私はいつもの通りベッドに座って、冒険日誌を書いている。
彼は机にスクロールを広げて、魔法陣の緻密な書き込みを行っていた。転移用のスクロールで、魔獣の血を薄めて書き上げているようだ。
スクロール。
刻印魔術を様々な素材で描き、その効果を何倍にもすることで成立する。
私も簡単な魔描魔術や刻印魔術はできるけど、高度なものになると、とてつもない集中力が必要なんですよね。
すごいものだ、文章を書くならともかく、とても同じように集中できるとは思えない。
ひと段落したのか、伸びをしたあと、彼は私に話しかけてきた。
「悪かったな、色々と無理させてよ」
「いえ、迷惑をかけているのは、その…」
「役得だろ?、いいさ」
「うん…」
興味本位で魔法陣を書き込んでいるところを、拝見させてもらったけど。
彼は本当に真剣そのもので、こっちが声をかけるのを、躊躇ってしまった。
つい、チラチラと彼の真剣に作業する横顔を、盗み見てしまう。
もう日誌は書き終えているのに。きっと彼は気づいていない。
伏し目がちに鋭く見開かれた目は、そのまま鞣し紙を切り裂いてしまいそう。
専用のメガネをかけてるのも、…イイ。
私は彼の書き込む姿からは、目がまるで離せない。
…いけない、先生のように、真剣に書に向かう男のひとを目にすると。いつもコレだ。
ちゃんと節制しないと。
「疲れたか、子守唄でも歌ってやろうか?」
日記を片付けて少しあくびして、目を擦ると、彼が優しげに語りかけてくれた。
「子供扱い?」
「いいや、令嬢扱いだぞ?、成人はしてるんだろ?」
「え、うん…」
私は今年で21歳になる。ダロス公国では成人だけど、身体は14、5歳の頃から変わっていない。
きっとこれからも、ほぼ変わらないだろう。
彼は36歳だと言うけれど、エルフの私にはよく、わからなかった。
人間種の比率で歳を取っている、とのことだったけど、みんながさせている、お酒や煙草のイヤな匂いは皆無だ。
敏感なエルフの鼻には、とてもありがたくて。
正直、一緒にいて、苦痛はまったく無かった。
「眠る前の子守唄なら、誰だって歌って欲しいものだよ。きっと」
「…そうだね、お願い」
彼の心地よい調べと、睡魔の精が深くて、どっぷり寝入てしまって。
久々に、先生の夢を見なかった。
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