プロット集⑦
俺達は混乱した頭を落ち着けて、俺が所持していた転移用のスクロールを使用してみた。
クック頭目やラランさんがいないが、この際仕方がない。
団内の遭難取り決めでは、不足の事態が起きた場合の撤退は、最優先で認められていた。
だがスクロールの上に描かれた魔法陣は、全く反応せず、現状ただの紙くずになってしまった。
魔法は成立不能の場合、全く効果を示さない。水の中で火を炊こうとしても意味がないのと同じだ。
つまり、街に帰還することは現状、全くできないのだ。
「帰れないん、ですね…」
「すまん…」
「いえ、…よし!、切り替えましょう、こうしていても仕方ありません!」
「そうだな!…とりあえず、高いところ行ってみ…、あ、そうだ!」
いつもしていることなのに、つい混乱して頭から抜け落ちてしまっていた。まだまだ俺達は、駆け出しということだと痛感する。
「何か、聞こえるか……!」
「…!、やってみます!」
縋るような思いで、一縷の望みを賭けて、彼女は耳を済ませ始めた。
エルフの耳は長く自由に動かせる。
水のように柔らかく、正面範囲なら、どんな種族よりも遠くの音を、聞き分けることができた。
「何か、城門の方からドスッドスッって、足音が…」
「ふたりの声は、聞こえないんだな?」
「はい、残念ながら…」
「何かいるのか…、上の方登って、見てみよう」
「はい、行きましょう」
オレは、無限の蒼穹を住処としていた。
誇りはなく、理性もない、野生のみを己とし、ただ思うがままに空を愛し、空に愛された。
空は良い、オレよりも大きなトカゲが居なければ、オレは王者で、勝手気ままに振る舞えた。
ただ気ままに喰らい、眠り、犯し、生きた。
幸福で幸福で、たまの敗北だって幸福だった。
だがある時、罠にかかった。
そして、すべてを奪われた。
すべてだ。
かつて栄えた人の国の恥部と言っていい。傲慢さが、まさにこの姿だった。
故に、太古の国は当然のごとく、失墜し。
オレだけが、すべてを奪われたまま。呪われるように残された。
「………………」
「…酷い」
「………………」
「紙切れ、さん?」
「─────── 悪い、怒りで、アタマ真っ白になってた」
防壁の上に登り、ある程度の高さまで見渡した。
この城は切立った谷間の上にあるようで、鈎縄を使っても高くて降りられそうにない。
城を出ていくには、空でも飛べない限り、城門を通って外に出るしか手段は無いだろう。
つまり、眼下に見える彼をどうにかするしか、この城を出る方法はないわけだ。
俺たちの視界の先には、ただ人の醜悪さがあった。
一見で言えばワイバーン、亜竜だ。
ドラゴンと違いせいぜい人の3倍ほどの背丈と、手がなく代わりに翼のみがある、空の自由なるものだ。
俺の趣味には少し引っかかる程度だが、聞けば世界には、ワイバーンを騎獣として使役する国すらあるらしい。
その国では竜騎士と呼ばれ、まさに国是のごとく、亜竜と共にあるという…
なにそれ、見たい。
「ゲ、ヴィ、ギイィィぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
およそ生きている生き物が、発してはならない濁音が、眼の前に響いた。
彼は城門にぶっとい首輪と鎖に繋がれ、雄々しい翼は折られていて、耳のような4対の角は一本折られていた。
縦割れの鋭い両目も潰され、長くあるべき舌も途中で切り取られ。邪魔ったるい錆びた鎧を被せらていた。
もしかしたら、聴覚も、もう無いかも知れない。
戦争の犠牲になったのか折れた剣や槍、鏃がいくつも、痛々しく突き立てられていた。
かつての白く輝いていたであろう肌は見る影もなく。見るも無惨な姿だった。
さらにあまつさえ遊びのように、魔獣かなにかの腕が、縫い付けられていた。
縫い付けられていやがったんだ。ピクリとも動きもしねえ腕を。
竜は時に、命を終わることさえ許されない。
命として強すぎるが故に。そこを弄ばれた結果が、コレだ。
ふざけんな。巫山戯てやがる。
本物の竜がドラゴンが見たら、間違いなく冒涜的過ぎて、城ごと丸焼き確定の所業だった。
竜に連なる者の尊厳を、命を、何だと思っていやがる。
「姫さんよ、決闘しようぜ、彼と」
完全にキれた頭で、俺は彼女に提案していた。ほとんど思考もしていなかったと思う。
唯一考えていたのは、彼をどう終わらせてやれるか、それだけだった。
「そんで、彼を終わらせてやろう。せめて、せめてだ、戦いで、…終わらせてやろうぜ」
姫さんはワイバーンのために、沈痛な表情を浮かべていたが、気を取り直すと俺に向き直ってくれた。
「やりましょう、でも、できるでしょうか…?」
「手段はある、お前さんにもだ、竜の巣穴には俺が飛び込む、…任せろ」
「…はい、信じます!」
スクロールと鞘入りの剣を示し合って、決闘の準備を進めた。
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