プロット集⑤
冒険者ギルド「鱗の団」面接会場には様々な人種、一見若い連中が集まっていた。
この世界には、人間より遥かに長く生きる人種も多くいる。
もしかすると見かけが人間なだけで、全く別人種というのもあり得る。ハーフとかもいる。
当然俺が知らない人種だっているだろう。
村の若い連中と来ようかとも思ったが、生憎今年は、「鱗の団」に、俺の出身村の希望者が、全くいないとのことだった。
港があるとはいえ、小さな村だ、そういう事もあるだろう。
俺が待合室に入った時、空いている席が、プルプル震えてる爺さんと、エルフの姫さんが座っている場所だけだった。
俺は遠慮せず爺さんと、エルフの姫さんの隣に座った。
「どうしたい爺さん、そんなに震えて…」
「ヤニと酒がキれてのぅ、気にせんでくれ」
「そうかい、…爺さん魔術師か?」
「母親の玉袋ん中からじゃ、ベテランじゃろ?」
「そりゃ間違いなく、ベテランだわ」
爺さんと下らないこと極まりない雑談をして、順番を待っていたが、隣のエルフの姫さんは面接に気が気でない様子だった。
明らかに緊張で脂汗をかいて、前髪ばかり気にしている。印象通りきっと若いんだろう。
男好きされそうな、肩口で切りそろえられた黒髪。不安気に揺れているが、妖しさを醸す黒い瞳。
整った顔立ちで、雨濡れの黒百合のような。並の男が腰引けるだろう。妖しい魅力に溢れていた。
腰に差しているロング・ソードと腕のバックラーが無ければ、街を歩いただけで、寄ってくる男女は多いだろうな。
ロング・ソードは鍔が小さく、刃先もあまり長くない。
鞘からの抜き打ちもしやすそうな、かなり実践的な品のようだ。
服装は質素なハード・レザーの俺と違い、ベストのような女性用の愛らしいソフト・レザーと、厚手のブーツだった。
使い込んだ印象は受けない。だが着慣れている印象は受ける。それは俺も同じことだが。
右の長い片耳のみに、小さな輪のついたイヤリングを付けている。
時々、澄んだ音がリィィ…ンと響いて、とてもよく似合っていた。
…このイヤリングの形だと、既婚者だろうか?
婚約者がいるのも、あり得るだろう。
その可能性は高そうだ。エルフだから年齢でわからんし。
可愛らしいのは、スカート・ベルトでしっかり足を覆っていることだな。
剣闘士だとこのあたりに、刃を仕込んでたりするんだが。そういう品ではなさそうだ。
そりゃあこれだけ衆目に美麗なら、見られることを意識しちまって緊張するだろう。
失礼にも周りの野郎どもも、チラチラ見てる見てえだし。無理もない。俺もそうだが。
これだけ美人だと、若い連中が腰引けちまって、言葉もかけらンねえのは、理解もできる。
クッソつまらん、決闘で剣を持ち忘れるような、間抜けた所業だったが。
そうだな…、まずは面白いことして笑わせるか。
「なあ、妖精の姫さん、歌でもどうだい?」
「え?」
爺さんとの会話を1度切り上げるタイミングで、妖精の姫さんに話しかけた。
彼女は一瞬、自分に向けられた言葉だと理解できず、キョトンとしていた。
俺は返事も聞かず、題名「ドラゴンを狩るために生まれた者」の冒頭だけを、歌うつもりだった。
この詩はこの地域の祭りで歌われる。どんなガキでも知ってる詩で、誰もが知っている名曲だ。
誰もが笑顔で聞くべきものだ。
周囲の迷惑にならない程度の声量で、力強く。当然。あえて笑われるほどの真剣さで歌った。
「フン!ヴォォ!ヴァ!、フン!ヴォォ!ヴァ!」
冒頭は力強く息を声と共に、何度も繰り返して吐き出すだけの、シンプル極まりない詩だった
妖精の姫さんは、最初は何だコイツ…と言った表情で見ていたが。
何度か俺が真剣に繰り返すと、その必死さにおかしくなったようで、口を押さえてコロコロ笑い始めた。
「ふふっ、…すいません、笑ってしまいます」
「いいぜぇ、どんどん笑いな!」
笑かす為にやったんだ、目論見は成功だな、周囲のガキどもは若干白けた目をしてやがったが。
待合室の番号を呼ぶ係員は、最初こそ何か言いたげだったが、最後は姫さんよりも笑っていた。
隣の爺さんは腹抱えて苦しそうだった。ウケすぎだった。
「悪いな騒がしくして、でも緊張は解けただろ?」
妖精の姫さんは、一瞬、キョトンとしたあと。
にんまりと柔らかく、眼尻を下げてくれた。うん、やはり女のこういう顔は、良いもんだ。
「姫さんの冒険譚の、始まりなんだ」
冒険の始まり、そしてそれは尊くも、すぐに終わってしまうかも知れない。
だからこそ華やかであるべきだ、こんなに花が似合う御仁なら、尚の事。
「姫さんに幸在れだ、お前さんの思いを小粋に語ってやりゃあいい。そうすりゃ合格できる」
そう一言告げると番号が呼ばれて、彼女の冒険を始める時間となった。妖精の姫さんはパアンッと頬を張って、気合を入れた。
へっ、ガッツあるじゃないか、いいな、この娘。
「簡単だろ?」
「はい!」
「なあ、野郎ども!」
「「おう!」」
待合室に歓心するような吐息と、勢いのいい返事が2つ響いた、爺さんと係員の声だった。
答えたのはそのふたりだけで、他の連中の反応は様々だった。
しばらくすると、やりきった顔で妖精の姫さんは帰ってきた。
足が若干プルプル震えてるように見えたが、見逃すのが紳士の気づかいだろう。
「やり切りました…」
「おう、よくやったよ」
「頑張ったのう…、飴をやろう」
爺さんと3人でくだらない話題で、笑いながら雑談していると、俺の番が来たようだ。
姫さんは俺に向き直って祝詞のような言葉を返してくれた。
「あなたに幸あれです、あなたの歌声に、言葉に、ドラゴンが笑うと良いですね」
「ヘヘっ、良い返しだ、じゃ、憧れに言ってくる」
副頭目だろうか?、女性ドワーフの割には細身で、セクシーで低身長な美人が案内してくれた。
そこには、まだ青年だった頃の憧れが、傍らにデカい骨みたいなメイスを置いて。窮屈そうに椅子に座っていた。
「何か眩しいですか?」
「いや、大丈夫だ、…始めよう」
いかんいかん、ガラス越しにトランペット眺めてるガキじゃねえんだ。仕事を始めねえと。
おおよその身元を再確認したあと、早速面接が始まった。彼の開口一番の切り口は、風変わりなことにこんなんだった。
「虫の鍋ってどう思います?」
「意外とうまいんだよな、幼虫鍋」
「土の鍋は?」
「2度と食いたくないな」
「同感です、では草の鍋は?」
「青臭くて食えたもんじゃないな、ありゃあ。
いずれにせよ、塩が欠片でもあれば上等だが、拾った岩塩はだめだな、腹壊しちまうよ」
「いいですね、悪くない答えです」
「…敬語もいらないよ。同い年だろ?」
「ん?、何で歳を?」
「名前付きになったら答える、いいだろ?」
冒険者の験担ぎに、3度依頼達成未満の者は、名前で呼ばず、役職や通称で呼び合うというのもがある。
主に目的は3つだ。
名前を知らないことで、呪いから守ること。
コイツは風習に近いが、実際に効果があるらしい。
死んじまった時に、すぐ忘れられること。
んで、仲良くなりやすくなること。
最後のはまあ推測だが、じゃねえといくら何でも、寂しいからな。
「俺からも聞こうか。お前さん、これがいくらに見えるよ?」
俺は紙幣を1つ財布から取り出して、彼に得意げに手渡した。クック頭目はほとんど反射的に、当然値段を答えた。
「違うぜ、コイツの価値は銅貨2枚程度だ」
「はぁ?、違うだろ?」
また何ってんだコイツはという顔で、彼は俺を見下ろした。今日はこの顔で見られるのが多いな。
まあ当然の反応だ。だが違うんだな。
「作る値段だよ、それがその程度なんだ」
紙幣や貨幣ってのは、国の社会的信用で値段が決まる。同じ国でも下手したら街ごとで価値が違う場合もある。
なにせ逆に偽物の銀貨が流行りすぎて…、なんて話も、他国の歴史にあったりする。
金融に対する信用とは、まさに欲深さの現れだった。
「そっか、知らなかったな……」
「良かったな」
「なにが?」
「…お前さんの竜のお宝が、増えてくれたじゃねえか」
「…ふっ、ヴァッハッハッハッハッ!!」
竜の喉持つ豪放な笑い声が響いた。コレだ、俺はコレが、心底欲しかった。
竜は財宝を溜め込み、守る性質がある。それは知識も同様で、創作物などを求める竜もいると聞く。
俺はコイツを笑かしたくてここまで来たと言っても、半ば過言ではなかった。
成功が心底嬉しくて、拳を強く握りしめた。
「いいぜ決めた! 俺は歓迎するぜ!、アンタの事はなんて呼べばいい?」
「紙切れでいい、3回達成の暁には、名前で呼んでくれ、クック頭目」
「冒険譚ヘ、ようこそだ。紙切れ」
俺達は熱い握手を交わして、その日分かれた。団に入ることを許されたのは。俺と姫さんと爺さんの、3人だけだった。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
少しでもこのプロット集が、読者様のご参考にしていただけるなら幸いです!
他にも「冒険者の仕立て屋さん」シリーズはあるので、是非御一読して頂ければ嬉しいです♪
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