超日月光
フユちゃんと結婚して、俺たちは市街地のアパートから山沿いの貸家に引っ越した。フユちゃんは家の近くのスーパーで、俺は郊外の工場で働き始めた。これでも俺は工業高校は出ているもので、工作機械は一通り扱えるのだ。朝五時に起きて夜八時に帰ってくる毎日。でも、フユちゃんのため……、それと、産まれてくる赤ちゃんのためだと思えばこのくらいは屁でもない。
「エンユー。嫁さんを幸せにしちゃるんだぞ」
最後の退勤際にオッサンから言われた言葉が、今も背中を押してくれる。
十月二十一日。残暑もようやく落ち着いて、風も少しずつ冷たくなってきた頃。昼休みにスマホを確認すると、病院から電話が来ていた。
[
「はい。先ほどお電話いただいたんですが」
[冬雪さんが、その……。破水があったという事で、救急車で当院に搬送されまして]
「えっ⁉︎」
俺は取るものもとりあえず工場を飛び出した。
「サーセン工場長!俺、午後休とります!」
「馬鹿野郎そんなん通るわけねえだろ!社会人なめてんじゃねえ!」
「子供が産まれそうなんです!」
「ならしょうがねえな!行ってこい!」
「あざっす!」
バイクに飛び乗ってヘルメットを被り、電話をくれた病院へと向かった。
十五歳の夜、俺は何も救えなかった。
モノノケを飼ってたカルトが、うっかりそいつを逃がして拠点を壊滅させた。
上層部は我先にと逃げ出して無事だった。犠牲になったのは若い信者や、『御神体』と称して食い物にされていた何も知らない子供たちだった。
「どうして子供達を殺してクズ共を救ったんだ!阿弥陀様のクソったれめ‼︎」
そこからは何もかもに失望して、何もかもを投げ出して、適当に生きて死ぬつもりだった。それが今、我が子の産まれる所に立ち会おうとバイクをかっ飛ばしている。ありがとう、フユちゃん。俺の光になってくれて。俺に守りたいものをくれて。俺は今、人生で一番輝いている!
看護師さんに案内されて、俺は病室に駆け込んだ。
「フユちゃん!」
午後の光に柔らかく照らされて、病室のカーテンが秋の風に揺れている。
「ハルちゃん」
優しく笑う彼女の腕には小さな白い布の塊が抱かれている。
「貴方の子です。どうぞ、抱いてあげて下さいな」
フユちゃんから差し出された布の塊を俺は恐る恐る受け取った。
「ああ……」
柔らかくて小さな赤ちゃんが、ふわふわのタオルに包まれて産声をあげている。まるで霊験あらたかな宝物のように、その子は玉虫色に輝いて見えた。
「赤ちゃんだ。俺と、フユちゃんの……」
小さな手のひらに
「よかったね、お父さん」
年配の看護師さんが俺の背中をさすってくれた。なぜか看護師さんも泣いていた。
「名前も考えないといけませんね」
「いや、決めたよ」
俺は赤ちゃんをギュッと抱きしめる。顔を見た瞬間、この子の名前が閃いたんだ。
「
明人が俺の腕の中で笑った。フユちゃんも微笑んで、愛おしそうに明人を見つめていた。
ハルと、フユと。 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona
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