・総力戦:オーリオーンの闇計画 - ザナームの星 -

 トールサンダーはエーテル体のまばゆい輝きに埋め尽くされていた大地に、局所的な暗黒をもたらした。


 自分の見立てではその戦果は約2000体ほど。

 ミルディン殿はそれだけのエーテル体をたった一撃で消滅させてのけた。


 トールサンダーの直径の10倍をゆうに上回る超広範囲に、電流が敵から敵へとチェインしてゆくのを見つけられた。


 数にものを言わせた密集陣形に対し、超特大雷魔法で一網打尽にしてしまうミルディン殿に自分もビリビリに痺れたっす。


 さらにトールサンダーのダメージはそれだけに止まらず、多数のエーテル体の輝きを鈍らせた。


 そういった個体は動きまでもが鈍くなり、それが乱気流のように敵軍全体の足並みを狂わせてゆく。


 これが計算尽くの戦果だとしたら、怖いのは欲深き円環よりもミルディン殿なのかもしれないっす。


「どうやら、ハズレのようですね……」

「ええーっっ!? モロの直撃じゃないっすかーっ!?」


「トールサンダーで円環の騎士を弱らせたかったのですが、あてが外れました……」

「う……円環の騎士っすか……」


 円環の騎士。円環と取り引きをしていたレイウーブ君主国の出身である自分は、その存在をよく知っている。

 国は素性の怪しい全身鎧の黒騎士を傭兵として雇っていた。


「あんまりやり合いたくない相手っすけど……そいつは自分に任せるっす!」

「はなからその予定です。ですが貴女も、円環の騎士複数を同時に相手にしたくはないでしょう……?」


「それは死ぬっす……」


 だが今はパルヴァスがくれたディバインシールドと跳躍力がある。

 特に鉄壁のディバインシールド。これがあれば円環の騎士とも対等以上にやり合えるはず。


 そしてどうにかして生きて帰って、もう一度あの王子様とイチャイチャするっす!

 なんかこう、かわいいっすよ、あの王子様!

 働き者なところも好みにバッチストライクっす!


 ガルガンチュアにこれ以上変態にされる前に、自分が理想のイケメンに育て上げるっす!


「ミルラ、魔力の回復まであとどれくらいかかりそうですか……? 次も、トールサンダーを撃ちたいのですが……」

「アンタはあたしらを干物にする気かいっ!? あと30分はかかるよっ!」


「わかりました、27分でお願いします」

「アンタ真夏のオタマジャクシになったことあるかいっ!?」


「ありません」


 自分もっす。

 妖精たちは踊り場の奥に引っ込み、純度の高いマナ鉱石にへばりついてダレている。


 小さいと侮っていたけど、妖精さんたちもすごいっす……。

 できれば、服は脱がないでほしかったっすけど……。



 ・



 それからまたしばらく、自分はミルディン殿の盾となって待機した。

 出番は一向にこなかった。


 弱ったエーテル体が進軍の足並みを狂わせ、防壁への波の到達速度を鈍らせていた。

 指揮官も兵士も皆がミルディン殿を戦女神のように讃え、賞賛し、希望の笑顔を見せた。


 ミルディン殿はトールサンダーの発動を先延ばしにすることに決め、マナ鉱石にヤモリみたいに貼り付いていた妖精たちはその判断に安堵した。だがその時――


「ミルディン様大変です!! どうか神々のごときそのお力を我らアルバレアにお貸し下さい!!」


 城門前の本陣から伝令が飛び込んできた。


「円環の騎士ですか……?」

「な、なぜ……!?」


「総力戦ですから……。それで、場所は……?」

「はっ、騎馬の鎧騎士が馬を踏み台にして防壁を飛び越え、城に向けて突撃を仕掛けています!」


「それはまずいですね……」


 ミルディン殿がこちらに振り返った。


「それだけではありません! 同時に、北西部の防壁にも同様の騎士が現れ、敵軍が市内になだれ込んできています!」


「カチューシャ将軍」

「出番っすねっ、待っていたっすっ!!」


「崩壊した防衛線は、ザナーム騎士団本隊の召喚をもって対処します。貴女はもう一方の、城に迫る円環の騎士を追撃、排除して下さい」


 排除とはムチャを言ってくれる。

 けれど今の自分なら、なぜだかいけそうな気がしてくる。

 パルヴァスとデートしたあの日から、なぜかすこぶる調子がいい。


「ま、間に合いますでしょうか、女神様……?」

「はい、彼女ならば、余裕で……。カチューシャ将軍は芋畑のカマドウマなのです……」


「誰がカマドウマっすかーっ!!」

「すみません……他にはバッタくらいしか、思い付かなくて……」


 バッタの方がまだマシだったっす!

 せめてそこは戦場のツバメとか天女と呼ばれたかったところっす!


「とにかく了解っすっ、排除次第、ザナーム騎士団本隊と合流するっす!!」

「よろしくお願いします、戦場の……ジャイアントラビット……?」


「ジャイアントで悪かったすねっっ?!」


 踊り場から離れ、兵士でごった返す防壁に場所を変えた。

 それから大盾を持つ左手と、槍を握る右腕を胸の前に移動させ、その場にしゃがみ込んだ。


 彼方に見える古めかしい城。

 その正門前の広場を目標に見据えて、自分はパルヴァスの顔を思い出しながら、大地を力いっぱい蹴った。


 カマドウマじゃないっす。

 それっぽいけど違うっす。

 自分は少し大きめのウサギちゃんっす。


 ウサギちゃんは強弓から放たれた弓のように、槍を矢尻にして天を飛翔した。

 戦場での興奮も相まって最高の開放感だった。

 天井に激突しないところがまたいい。


 市街を越え、公園を越え、店店の上空に到達したところで、自分は槍を引っ込めた。


 引き替えに空気抵抗特大の大盾を正面に出し、魔球のように足下へ急降下した。


「た、隊長ぉぉーっっ、半裸の女が空から降ってきましたぁーっっ!!」

「お、俺も見たわ……な、なんだ、あの変態……っ?!」


 変態とは失礼な男どもっす。

 どんな攻撃も阻める大盾、返り血から身を守るマント、そしてリーチに秀でた槍。


 これ上身に付けたら鈍重の極みっす。

 この装備は防御と攻撃と速さを全立させた戦の完成型っす。


 城の守りは弓手が5名。

 門衛が2名。片方はこの前ミルディン殿に洗脳されていた門衛だった。


 自分は立ち上がって反転すると、城門を背に盾と槍を構えた。


「耳を澄ますっすっ、ヤツがくるっすよっ!」


 奥の通りから鋼と鋼がぶつかる音、馬の蹄の音、戦士たちの怒号が遠く聞こえてきた。

 祖国で時折姿を見た、遙か格上と認める他にない謎の傭兵。

 それと自分はこれから激突する。


「誰かはわからんが救援感謝する! だが俺たちにはこのクロスボウがある! これがあれば、重装歩兵も一撃だ!」

「おお、期待してるっすよ!」


 そうなってくれたら助かる。

 そうなって欲しいと願いながら敵を待った。


 やがて彼方に見覚えのある漆黒のフルプレートアーマーを見た。

 それが非人間的な脚力で石畳を蹴り、血塗れの追撃隊を背にこちらに迫っていた。


「敵影確認、撃てぇぃっ!!」


 城壁の上から五発のクロスボウが放たれた。

 それを漆黒の騎士は黒い長剣一本で防いだ。


 いや一本だけ肩をかすめ、肩鎧の上部を吹き飛ばすことになった。

 常々、あの鎧の下には何があるのか気になっていた。


 その答えが今わかった。

 円環の騎士の中身は、青く発光する粘液だった。


 ドロッとした液体が肩から流れ落ち、その恐怖の怪物の長剣を自分は大盾で受け止めた。


 盾の内に隠した反撃の槍を撃ち込んだ。

 ここまで肉薄すれば、どんなに異常な身体能力を持った怪物であろうとも回避は不可能。


 心臓に命中。さらに続けざまに、喉と腹を突いた。

 青い粘液が鎧からこぼれ落ち、円環の騎士は後ろに下がった。


「つ、つええぞ、あの変態っっ?!」

「変態は余計っす!」


 ファフナから聞かされてはいたが、円環の騎士に急所らしい急所がないというのは本当だった。


 下がっていた円環の騎士が再びこちらに襲いかかり、自分はそれを迎え撃った。

 結果はさっきとそう変わらない。

 いくら刺してもその存在は死ななかった。


「援護するっ、下がれっっ!」


 後ろに飛び退くと、クロスボウの嵐が鎧を貫いた。

 それを確認すると自分は大盾を捨てて槍を両手に構え、ラッシュをかけた。


 死なないなら、死ぬまで貫くのみ。

 苦し紛れの反撃はパルヴァスのディバインシールドに任せ、蜂の巣にしてやった。


「見事……」

「喋れたっすか」


「いつの日か、再び、相見あいまみえよう……」

「超お断りっすっ!!」


 トドメを刺す間もなく、円環の騎士は溶けるように崩れ落ちた。

 瞬発力を使いすぎた自分は、膝を突いて激しく息を乱すことになった。


「姉ちゃん、何者だ……? 見た目は変態なのに、つ、つええ……」

「自分っすか……? 自分は、芋――ザナーム騎士団の将軍カチューシャ。自らの意思でザナームに加わった人間第二号っす!!」


 ザナーム騎士団の名声はたった数日でアルバレア中に響き渡っていた。

 その名誉ある異種族の軍勢に、同族が加わっていたと知ると、彼らの興奮はさらに激しいものになった。


 ちっぽけな辺境の芋将軍に、賞賛の嵐が降り注いだ。


「さ、さらばっすっ! 自分、これより援護に戻るゆえ、もう煽てるのは勘弁してほしっすっ! さ……さらばっすぅぅーっっ!!」


 槍と盾を胸に、自分はカマドウマのように大地を蹴って、新たなる戦場におもむいた。


 円環の騎士の強さには個体差があるのだろうか。

 恐るべき相手だったが、さっきの個体は想定を下回る戦闘力だった。


「というか、自分……。こんなに、強かったっすかね……?」


 戦場に身を置いているというのに、まぶたを閉じるとそこには幸運の神の姿が浮かんだ。


 はぁ、早くオルヴァールに帰って、ビールでも飲みながら、働くパルヴァスにちょっかいをかけたいっす……。


 自分は召喚されたザナーム騎士団と合流し、円環の騎士率いるエーテル体との戦いに加わった。

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