・飛竜ファフナと第二次イチャラブデート - 女性の買い物時間は男性の三倍 -

 そう思いかけたところで、新しいお客さんが宿屋コルヌコピアを訪れた。


「ぅ……っっ?!」


 若い犬系獣人の人だった。

 オシャレをしているファフナさんをチラリと見てから、奥の席に座った。


「そろそろ行こうか」

「そ、そうだなっ、そうしよう……っ」


 ファフナさんは誘った俺を置いて宿から飛び出した。

 感心してしまうほどに速い逃げ足だった。


「はっはっはっ、ファフナもオシャレすれば意外にかわいいじゃないか」

「うん、俺もそう思う。ごゆっくり」


「おう、けどあんまりいじめるなよ? アイツ、頭ん中はお子さまなんだからよ」

「そうしたいところではあるんだけど、ははは……」


 そうもいかない。

 そう口にするのを止めて、ファフナさんを追いかけた。


 ファフナさんは往来の端っこにしゃがみ込んでいた。


「何してるの?」

「ぬぁっ?!」


「え、どうしたの?」

「なっ、なななっ、なんでもないわっ!」


 そう言われても気になる。

 けれどファフナさんの足下を確かめてみも、そこにあるのは水たまりくらいのものだった。


 水たまりにはザナームの緑がかった空が映り込んでいる。

 ちょっとした情景だけど、これはこれで風流だ。


「何をしているっ、早く行くぞ!」

「あ、そうだね。ここでだらだらしてたら、みんなにその格好見られちゃうもんね」


 せっかくかわいいのだから、いっそ開き直って見せつけてしまえばいいのに。


「そうだっ、やつらに見せるためにこんな格好しているのではない! すぐ離れるぞ!」


 着替えるという選択肢はないみたいだ。

 ファフナさんの後ろ姿を追って、俺はオルヴァールの中心・・に向かった。


 オルヴァールの中心には商店街がある。

 その中心核には大倉庫がそびえ立ち、そこから商店や宿へと品物が配送される。


 一時は王太子であった王族の端くれとして言わせてもらうと、このオルヴァールの都市設計は極めて秩序的で興味深い。


「ふぅ……やーっと気持ちが落ち着いてきたわ……」

「よかった。ずっとその調子だったらどうしようかと思ったよ」


「我もだ……。決戦前の慌ただしい時期で助かった……」

「そのことなんだけど、みんないつ出征するの?」


「わからん」

「え、決まってないの?」


「出撃は円環の襲撃が始まったその瞬間だ。ククク……ザナームは救いの天使となってアルバレアに降臨し、滅亡からやつらを救うであろう、ヌハハハッッ!!」


 戦いの話になって調子が戻ってきたのか、ファフナさんは両手に腰を当てて豪快に笑った。


「そうなの? 陽動なのに駐屯しないの……?」

「ああっ、ミルディンは性格が悪いからな! ヤツはアルバレアを敵に襲撃させたいのだ!」


 そんなことない。

 そう言いたいところであるけど、ミルディンさんには祖国レイクナスでの前科があった。



 ・



「む、見えてきたぞ! さすがにこの時間帯はガラガラだな!」

「早すぎたかな……? 店、開いているといいけど……」


「何、全て回るならばちょうどいい時刻であろう」

「……え? 全、て?」


「む? なんだ? 全部回らんのか?」


 そこにある店の全てを回る。

 そういう発想が俺にはなかった。


「あ、うん……。ファフナさんがそうしたいならそうしよう」

「うむっ、ではお言葉に甘えてそうさせてもらうっ!」


 昨日ミルディンさんが買い物に3時間と分析していたのは、こういうわけだったのか……。

 俺たちは道を左手に折れ曲がって商店街に入った。


「もしはぐれたらここに集まるとしよう。この道はな、まっすぐ進むとここに戻ってくるようになっているのだ」

「面白い作りだよね」


「なんじゃ、知っておったのか」

「うん、一応これでも王族だったから。ここ、素晴らしい商業地区だと思う」


 碁盤目模様の商店街の方が効率的だけど、買い物をするならこういうサークル状の商店街がいい。


 だってこれなら店を探す必要がない。

 何も考えずにグルリと回るだけで、一通りの店を物色できる。


 オルヴァールを設計した人は買い物好きなのかもしれない。


「なはははっ、わかっておるではないか! ではしらみ潰しにいくぞ!」

「本当に全部の店を回るつもりなの……?」


「上等!!」


 まず俺たちは目の前にあった武器屋に入った。

 そしてざっと見ると何も買わずに店を出て、次は防具屋に入った。


 店の人たちは開店準備に忙しく、俺たちみたいな冷やかしを気にも止めなかった。


「俺も鎧とか剣、持った方がいいのかな……?」

「うむ、全く向いておらんから止めておけ」


「ちょっと、そんなにハッキリ言わないでもいいじゃないか……」

「そなたは人を斬れるような性格ではなかろう。血生臭いのは我らに任せよ」


 ファフナさんがドンと胸を叩くと、大きな胸が揺れた。

 その胸に目を奪われたことに、ファフナさんに気付かれてしまった。


「ふっ、そんなことより次は釣具屋に行くぞ!」

「う、うん……っ」


 どんどん行ってしまうファフナさんを追いかけて、釣り具屋さんに入った。

 こういう店とは全く縁がないので、少し緊張した……。

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