・飛竜ファフナと第二次イチャラブデート - バレッバレの朝 -

 翌朝、することもないので普通に働いた。

 お酒や食べカスが散らかった食堂をモップで掃いて、朝日を浴びながら石畳の軒先をほうきで掃いた。


 今日も気持ちのいい碧空だった。

 透き通るような朝日が小さな世界を照らしていた。

 それが作り物の空だと知ってもなお、感動せずにはいられない光景だった。


 宝石世界オルヴァールの脆さを知ってからは、さらに奇跡的に感じられるようになった。


「あらオーナーさん、今日はデート?」

「うん、そうだよ」


 今日の寝起き、いつものようにラケシスさんが髪を男らしく整えてくれた。

 その髪を見たお客さんたちは、口々に同じようなことを言う。


「あのファフナの遊び相手させられるなんて、王子様も大変だニャー……」

「そんなことないよ、ファフナさんは明るくて楽しい人だよ」


「つまらないとは言ってないニャ。アレと付き合うと、訓練も遊びも疲れるニャ……」

「デート、がんばってね」


「骨は拾ってやるニャー、生きろ、若者」


 そんな彼らも慌ただしく朝食を口に押し込むと、飛び出すようにこの宿を出て行った。

 戦いの時が近付いているのだと、否応なくその後ろ姿から感じた。


「王子様……そろそろ、デートの準備をされては……?」

「アトロの言う通りです。お館様、こちらはもう大丈夫ですので、少し休まれてはどうでしょうか」


 それから朝のラッシュを乗り切ると、三女のアトロさんと長女のクロトさんが気を使ってくれた。


「ありがとう。でもゆっくりしていると、色々意識しちゃって落ち着けないんだ」


 今日のエッチは添い寝や棒プレッツェルゲームとは、次元が違う。


「それって……」

「え、何?」


「意識するほどに……すごいこと、ファフナにするつもり……。ということなのですか……っっ!?」


 女の子っ、てこういうことになると鋭いから困るな……。


「アトロ、お館様を困らせるものではありません」

「でも姉さんだって、すごく気になってるくせに……っ」


「当然です。お館様、何かございましたらわたくしめにどうかご相談を」

「姉さん、ずるい……!」


 相談と言われても、もうやることは決まっている。

 覚悟を決めてやり通すだけのことだ。


「すごいこと、か……どうだろう?」

「そこ、気になりますっ、どうなのですか……っ!?」


「昨晩ミルディンさんに話した時は……『軽蔑して止まない、変態極まる、最低最悪の、許されざる方法』なんて評価をされてしまったけど……」

「ま、まあっっ?!」


 クロトさんの普段は上品な声が上擦った。

 落ち着いているように見えて、すごい興味の持ちようだった。


「それは……わくわくです……♪ 素敵ですよね、ファフナ様……」

「うん。普段は騒がしいけど、芯の通った立派な武人だと思う。仲間のために命を捨てるのもいとわない高潔な人だ」


 ファフナさんを誉め称えるとクロトさんが少し悲しそうに笑った。

 ファフナさんはザナーム騎士団の中でも最年少だ。

 その命を犠牲にしてでも勝とうとしているのが俺たちだった。


「あ、はい……それもあるのですが……。どちらかというと、私はあの曲線美が……。……はふぅ……♪」

「う、うん……?」


 アトロさんは今日も自分の妄想に恍惚としていた。


「世迷いごとにございます。この子の言うことはお気になさらず」


 妄想は自由だ。

 妄想は心を豊かにする。

 そっとしておくことにした。


「ちょっとそこーっ!! チョー忙しいのに何遊んでるしぃーっ、働けぇーっ!!」


 と、やっていたら二階から洗濯カゴを抱えたラケシスさんが降りてきた。

 ラケシスさんはシーツでてんこ盛りの洗濯カゴから、顔を横に生やしていた。


「とにかくこうしていた方が楽なんだ。一緒にお昼前までがんばろう」

「おーっ、我ながら格好良くキマってんねぇー、彼氏ぃー♪ てことで、洗濯付き合ってー!」


「うん、もちろんだよ」


 そういうわけでファフナさんが訓練場から帰ってくるお昼前まで、俺は働きながらその時を待った。



 ・



 お昼前、ファフナさんが来店した。

 この前のデートで着せられたヒラヒラのエプロンドレスを身に付けて、いつの間にやら食堂の端っこで小さくなっていた。


「いらっしゃい、ファフナさん。いるなら声をかけてくれたらよかったのに」

「ぅ…………」


 テーブルの下の足は内股。

 普段はふんぞり返っているのに今は猫背。

 ファフナさんは見るからに緊張していた。


「ぁ……ぅ……ぁ、ぅ……ぁ、ぅ、ぅ……」


 人目が気になるようだ。

 他のお客さんが入ってこないか、店の入り口をチラチラとのぞいている。


「その服できたんだね」

「ぁ、ぁぁ……」


「またママに着せられたんだ? 大丈夫? 落ち着かないならいつものに着替えてくる?」

「ぃ、ぃゃ……ちが……ぃゃ……ぅ……」


 何を言っているのか聞き取れないけど、全く大丈夫ではないことだけわかった。


「パルヴァス……そなたは……この格好は、き、嫌いか……?」

「うん……? すごくかわいいと思うけど、それが何?」


「ぅ……っっ!?」

「へ?」


「う、嘘では、あるまいな……?」


 普段あれだけ豪快な人が女の子らしい格好をするだけでここまで乙女になるなんて、服の力ってすごい。


「私もっ、とても、カワイイと思います……!」

「あ、アトロさん」


 アトロさんがベルガモット・ウォーターをテーブルに2つ配膳してくれた。

 それはベルガモット・ピールをお湯で抽出してから冷やしたもので、お好みで砂糖を入れたりもするアイスドリンクだ。


「ふ、ふふふ……。ノーマルカップリングも、たまにはいいものですね……」

「へっ?」


「あ、いえ……。パルヴァス様、店のことは私たち三姉妹にお任せ下さい……」


 イスを引いてくれたのでファフナさんの向かいに座ると、アトロさんは何やら楽しげな小走りで厨房へと帰って行った。

 きっと、楽しい妄想がこれから始まるのだろう。


「これは、柑橘の香りを移したアレか……。酒の方が今は助かるのだがな……」

「はは、デート開始直前に一杯ひっかける人なんて、聞いたこともないよ」


「我は一人そういうやつを知っているぞ……」


 言われてみれば俺も、一人やりかねない常連客を抱えているかも……。


「うむ、味は苦まずいが美味い……。この服同様、我の人生にはまこと似合わぬがな」

「そんなことないよ。そうしていると名門貴族のお嬢様みたいだよ」


「や、止めい……」

「休日くらい、戦士以外の生き方をしてもいいと思うよ」


「ぬ……ぬぅ……。そ、そうだろうか……?」


 否定されるかと思いきや、すごく素直な反応だった。


「カチューシャさんだって、休日はただの畑好きの田舎のお姉さんだよ。休日だけの別の顔があってもいいんじゃないかな」

「むぅ……。そうかも、しれんな……」


 普段はジョッキを掲げている手で、ファフナさんはちびちびとドリンクを飲んでいた。


 ここでしばらくダラダラするのもいいな……。

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