・ザナームの月 - 絶対服従の切り札 -
「それ、何……?」
「私たちは何も無策であのような暴れん坊を飼っているのではありません」
渡された鱗からはミルディンさんの体温を感じた。
「これはファフナを産んだ母竜の鱗です。母竜はファフナの教育係も務めました」
「これ、お母さんの鱗なんだ……」
「アレが貴方に逆らうようなら、これを突き付けて下さい。ファフナは震え上がって腰を抜かすことでしょう……」
「え、でも、お母さんの鱗なんだよね……?」
「はい。やさしさと厳しさをかねそろえた、とても恐ろしい方です……」
いったいどんなお母さんだったのだろう。
透けるように輝くとても綺麗な鱗だ。
「ファフナはこれを見ると足腰が立たなくなります。貴方はその隙に、クリーム舐め舐めプレイを敢行して下さい……」
「で、でも、そういうのは、やっぱりよくないような……」
恐る恐る鱗から顔を上げて隣をのぞくと、ミルディンさんの厳しい表情があった。
「私は母竜よりファフナの管理を任されています。私たちが許しますので、その軽蔑して止まない変態極まる最低最悪の許されざる方法で、ファフナに新たなる加護を授けて下さい」
その目は俺まで軽蔑するような冷たいものだった。
ちょっと、こんなの話が違うよ、コギ仙人……。
「あの子は円環の深部に挑むのです……。あの子の無事を願うならば、この程度の変態行為、痛くもかゆくもありません……」
でもそう、大事なのはそこだ。
大事なのはファフナさんの生還だ。
「俺はファフナさんが無事に帰ってきてくれるなら、なんだってするよ。わかった、この鱗、少しの間借りるね」
銀の竜鱗をベッドサイドのチェストに入れようと、引き出しを引いた。
「ん……? あれ、なんだろ、これ?」
「あ、それですか……。それは、私が先ほど持ち込んだ物です……」
「なんだろう……暗くてよく見えないけど……ん、これって、プレッツェル……?」
「はい……」
「え……?」
「ずるいです……」
「え、何が――」
「カチューシャ将軍ばっかり、ずるいです……。私とも、棒プレッツェルゲームして下さい……」
「え、ええええーーっっ?!!!」
そう、きたか……。
ミルディンさんは棒プレッツェルを手に取った。
「私も縦横無尽の跳躍力が欲しいのです。パルヴァス、これはザナームの参謀としてのお願いです。私と棒プレッツェルゲームをして下さい。あの話を聞いただけで私はもう、羨ましくて羨ましくて、デレデレで私に報告するカチューシャ将軍に落雷を落としたくなったほどです……!」
参謀であるミルディンさんが持っていたら、便利な加護であるのは事実。
なんかかなり嫉妬が混じっているようにも見えるけど、それはそれ、これはこれ。
「さ、さあ……っ、どうぞ……っ!」
「わかったよ、いくね」
これは必要なことだ。
動機はともかくやる価値は高い。やろう!
「えっ?! け、決断が、早くないですか……っ?」
「俺、コギ仙人と予行演習したことならグイグイいけるみたい」
俺はミルディンさんがくわえる棒プレッツェルに食いついた。
ミルディンさんは誘っておいて、自分から少しもかじってくれなかった。
「ま……待って……」
待ってと言われたので待った。
しばらく待ったけど動きがなかったのでまたかじった。
「や、やぁ……っ、あ、だめ……そんな……っ!?」
これではお互いに口が疲れてしまう。
さっさと終わらせてしまうべきだ。
「あ、ああっ!? た、だめ……だめって言ってるのに、あっ、ああああ……っっ?!」
ミルディンさんに術を施した。
甘い物を食べてしまったから、また歯を磨かないといけない。
「あ、気を付けて、下手にジャンプすると天井に頭ぶつけるかも」
「私……帰ります……」
「え、ああうん……。なんか、ごめんね……?」
「こ、こないで下さい……っ」
胸を押さえながらミルディンさんは窓際まで逃げた。
「パルヴァス……貴方は、エッチな人です……っっ」
「あっ、ミルディンさん危ないよっ! あーっ?!」
ミルディンさんは照明魔法を発動させると、窓から空へと天高く跳ねた。
絵になるようなすごい跳躍力だった。
だったけど……この前見たように、ザナームの天井にぶつかって墜落してしまったようだった。
「見たか大将?」
ミルディンさんが落ちた辺りを確かめていると、窓の前にうちのシルバが飛び込んできた。
「シルバ!」
「闇夜を跳ね回るミルディン殿はまるで月の女神のようだ」
「この世界に月はないけどね」
「犬としてはそこが残念なところである」
「ところで散歩の帰りで悪いけど、少し散歩に行かない? なんか寝付けそうもないんだ……」
「ああ、その言葉を待っていた! 行こう、大将、今夜三度目の散歩に!」
おかしいな。
今夜はシルバと一度も散歩に行っていないんだけど……。
「なんだ、大将? 行かないのか?」
「シルバって、モテるね……」
「ウォォーンッ、それはそうだが、大将ほどではないぞ! それに大将との散歩が一番だ!」
それ、散歩仲間全員に言ってそう……。
俺は窓から一足先に外へ行くシルバを追って、楽しい夜の散歩に出かけた。
この素晴らしい宝石世界を守るためなら、俺はいくらでもクリームを舐め舐めしてみせる。
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