・ザナームの月 - 俺の枕、返して…… -

「ひとしきり見終わったら高台の公園に誘ってみる。そこで少し休むことにするよ」

「戦利品の開封タイムですね……!」


「う、うん……そういう流れにもなるのかな……?」

「なりますっ、なるに決まっています……! それでそれでっ、休んだ後はどうするのですか……っ!?」


 女の子ってどうしてこういう話が好きなのだろう。

 ミルディンさんは止まらないワクワクを枕を抱き潰して抑えていた。


「あの……枕……潰さな――」

「そんなことどうでもいいです……! 続き、続きをお願いします……!」


 ああ、俺の枕が無惨なことに……。

 今夜はぺったんこの枕で寝ることになりそうだ……。


「少し早くなるだろうけど、夕飯に誘おうと思う……」

「夕飯……素敵ですね! ですがすみません……こんなことなら、デート向きのご飯屋さんを作らせておくべきでした……」


「ラケシスさんに、夜の商店街にはお酒の飲める屋台がくるって聞いたんだ。それに誘ってみる」

「それは……。40点ですね……」


 俺の大事な枕を投げ捨てて、ミルディンさんは興奮から冷めたように酷評した。


「まあ、そうだよね……」

「ロマンチックな夜とはほど遠いです……」


 でも相手はファフナさんだ。

 ファフナさんがロマンチックな夜を望んでいるかどうかわからない。

 むしろ愉快で騒がしい方を選ぶと思う。


「ですがあの子は昔から、そういった店が大好きでした……。ちっともドキドキもロマンもありませんが、喜んで餌に喰らい付くことでしょう……」

「ありがとう、そう言ってもらえると安心するよ」


「ですが一言……」

「ん、何……?」


 ミルディンさんは枕を拾い直して、そこに白い頬をしきりに擦り付けた。

 いやそれ、俺の、枕なんだけど……。


「ファフナの胃袋は底なしです。あまり甘やかすと、財布が空になるまで喰らいつくされますので、どうかご注意を……」

「そうだね、それは知ってるよ。でもその後にファフナさんにすることを考えると……。はぁ……っ、おわびとしては安いものかな……」


 ファフナさんはうちの酒場で一番食べる。

 最低で10人前、多い日は30人前食べる。


「どこで加護を与えるご予定ですか……?」

「この部屋に誘うつもりだよ」


「あら……ふふ、そうなのですか……。『ハニィ、俺の部屋にこないか?』というやつですね、ふふふ……っ♪」


 ミルディンさんはやっぱり寝ていないのだろう……。

 また俺の枕を虐待して、足を子供みたいにバタバタと揺すって笑っていた。


「場所がここ、宿屋コルヌコピアである必要があるんだ」


 そう説明すると、何か心変わりでもあったのか、ミルディンさんのばた足が止まった。


「……あの子に。私のあの子を……どうしてしまうつもりおつもりなのですか……?」


「コギ仙人に教わった通りにするだけだよ。教わった通り、クリーム舐め舐めプレイに踏み込む!」


 ん……あれ……?

 俺、何か間違ったことを言ったのだろうか……?

 ミルディンさんが枕を床に落としてしまった。


 大事な枕だから俺がそれを拾い上げても、ミルディンさんは固まったまま動かない。


「は……っ?! すみません、私としたことが、ちょっと意識が逝っていました……」

「大丈夫……?」


「クリーム舐め舐め……」


 ボソリとそうつぶやき、また固まった。


「パ――ガルガンチュアが、そんな……そんなことを貴方に吹き込んだのですか……?」

「うん。実践もしてくれたんだ。お腹にクリームを塗って、舐めてみろって」


 またミルディンさんの魂が抜けてしまった。

 やがてその惚けた表情が、しかめっ面の不機嫌なものに変わった。


「なるほど状況は把握できました。あれを、去勢するよう命じればよいのですね?」

「な、なんで!?」


 枕を奪われた。

 有無も言わせぬ素早いひったくりだった。


「パルヴァス・レイクナス王子、このたびはザナームの者がとんだご迷惑をおかけしました……。あのバカ犬は責任を持ってこちらで去勢しておきますので、なにとぞこのたびのことは、ご容赦を……」


 枕は雑巾みたいにミルディンさんにねじられて、今にも壊されてしまいそうだ……。

 それ、俺の枕……それ、俺の……。


「そんな去勢なんてダメだよ。それにむしろ、コギ仙人には感謝しているんだ。コギ仙人がエッチに詳しいワンコだから、予行演習の相手になるんだ。他のワンコじゃ――わぁっっ?!」


 何が不満なのか、ミルディンさんが床を突然踏み鳴らした。

 それも1度や2度ではなく、執拗にガンガンと踏み付ける。


「懸念が1つあります。それは過激過ぎます。いくら使命と言えど、ファフナが誘いに乗るか未知数。いえ、高確率で逃亡を図るでしょう……」


 考えないようにしていたけど、確かに過激だ。

 確かに逃げられてしまうかも……。


「断られたり逃げられた場合、どうするおつもりですか?」

「無理矢理はダメだよね……。その時はプレッツェルゲームに切り替えるよ」


「飛翔能力を持つファフナに跳躍力を与えてもシナジーがありません。勝つために、他の、より強力な……」


 ミルディンさんが考えに没頭してくれたおかげで、俺の枕は破壊からまぬがれた。

 すっかりシワクチャになってしまっているけれど……。


「わかりました、それもこれも勝つためです……。ファフナが抵抗した場合の切り札を貴方に授けましょう……」

「待って、でも強引なのはダメだよ……」


「残念ですが、あの子の覚悟が決まるのを待つ時間はありません」


 そう言ってミルディンさんが懐を探った。


「こちらをどうぞ」


 出てきたのは銀色の鱗だった。

 大きさは握り拳ほどもあって、キラキラとした金属光沢があって綺麗だった。

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