・ザナームの月 - ミルディンさんは娘のデートプランが気になる -

 昨日カチューシャさんと遊びに行ったばかりで気が引けたけど、今日の昼、ファフナさんをデートに誘った。


『い、行く……。いつ敵が大攻勢に出るかもわからん情勢だ……。煮るなり焼くなり好きにするがよい……っ!』


 ファフナさんは二つ返事で誘いに応じてくれた。


 エーテル体。またの名を魔軍と呼ばれる軍勢が、アルバレア自由主義連邦国近郊への大集結を始めた。

 その報告をザナームに届けたのは、他でもないファフナさんだった。


 戦士たちは訓練の予定を繰り上げ、ミルディンさんは最強の飛竜ファフナの強化を宿屋のパルヴァスに急かした。

 今やオルヴァール中が決戦を目前にした緊張下にあった。


 ここで暮らしていると救いのない外の世界のことを忘れてしまいそうになる。

 けれど脅威は俺たちのすぐ側に迫っていた。


 アルバレア国を守れなければ、レギンの剣作戦でマナ鉱山を爆破した意味も失われる。

 今回の作戦上では陽動となっているけど、アルバレア国防衛戦は、事実上の総力戦だった。


「今日の日記、ちょっと暗いかな……。ん……『とにかく明日のデートが楽しみだ』……っと」


 日記帳を閉じて机を立った。

 シルバには独り言が多いと笑われる。

 そのシルバも今夜は店の女の子たちと夜のお出かけだ。


 俺はベッドに腰を落ち着かせた。

 そして――急発生したとある事情により、深いため息を漏らしてから掛け布団をそっと上げた。


「大きなため息ですね……。何か、心配事でも……?」

「やっぱり……」


 ミルディンさんが掛け布団の中で膝を抱いて横たわっていた。


「息を潜めていたつもりなのですが、気付かれていましたか……」

「シルバは今、店の子たちとデート中だからね」


「はい、私も時々、あのワンコにはデートしていただいております……。働きすぎだと、心配をしてくださりまして……」


 部屋の主を布団の中に誘っても応じないので、ミルディンさんは身を起こして俺の隣に座った。


「もう少し、貴方をからかいたいところなのですが……。少し、よろしいですか?」

「オーリオーンの闇計画の話?」


「はい……。カチューシャ将軍に施して下さったあの【跳躍の加護】ですが……。素晴らしいの一言に尽きます」

「あ、よかった! 微妙だと言われたら、どうしようかと思っていたよ……」


「いいえ、とんでもありません……! あれは戦略的に見て、極めて有意義な加護と言えるでしょう……!」

「そうなの……?」


 今夜のミルディンさんは興奮していた。

 もしかしたらまた、徹夜漬けで気が少し変になっているのではないかと身構えた。


「はい。これで総大将自らが要所要所に赴き、直接指揮をしては、直ちに離脱することが可能になりました」


 それはそれでカチューシャさんが過労死しそうにも聞こえる。


「防壁を軽々と越えられるところがまた、防衛戦である今回の作戦にもってこいです」

「防壁も軽々の一っ飛びか……。今からもう、カチューシャさんの大活躍がまぶたに浮かぶよ」


「それもパルヴァスのおかげです……っ! 本当にありがとうございます……!」

「本当に偉いのはこれから前線で戦う戦士たちだよ」


「ふふ……やはり、貴方とは気が合います……。私も常々、そう思っておりまして……」


 そう言いながら彼女はなぜ距離を詰めてくるのだろう。

 ジリジリと寄ってくる彼女から、刺激しないように少しずつ気付かれないように逃げた。


「あ、あの……っ、ところで用件は……っ?!」

「あ、そうですね……。肝心の本題を忘れてしまっていました……」


 またおかしなことでなければいいけど……。

 幸い、ミルディンさんの表情はとても真面目なものだった。


「私はファフナの遺伝子提供者。母親のようなものです」

「えっと、つまり……?」


「今晩こちらをお訪ねしたのは、具体的にファフナをどうするおつもりなのか、確認のために参りました……」


 ファフナさんが心配なのか、いつになく神妙な面持ちだ。


「デート、明日ですよね……?」

「え、そこまで知ってるの……?」


「知っていますよ……。ペッティングによるディバインシールドLV500も、今日の夕方時点で完了済みということも……」


 何もかもが筒抜けで冷や汗をかいた。


「明日はうちの子を、どんなデートに誘うおつもりなのでしょうか……?」

「一緒に買い物に行こうと思う」


「まあ……っ!」


 そんなに興奮することではないと思うけど、ミルディンさんはこちらに身を寄せて話の続きを期待した。


「外に出ていた仕入れの人たちが、今日帰ってきたんだよね?」

「なるほど、そういうことですか……。商店街で一緒に、掘り出し物を探すというわけですね……」

「うん、ダメかな……?」


「いいえ、とても素敵なプランかと思います……。そういうお出かけ、私も憧れて――あ、すみません、今は忙しいので無理そうです……」


 ミルディンさんは俺の枕を拾って胸に抱いた。

 その姿は母親を名乗るにはあまりに可憐過ぎた。


「あの商店街の規模からして……そうですね、買い物は3時間ほどになるのでしょうか……。あ、その後は……っ?」


 枕を抱いたままのミルディンさんがこちらに身を乗り出してきた。

 普通3時間も買い物なんてしていられないと思うけれど……。

 話がそれるのでそこは黙った。

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