・泥鱗の芋将軍 - 誕生、天翔る盾槍戦士 -

「それ、卑怯っす……」

「ごめん」


「こういうの……子供の頃よく妄想したっす……。は、はうっ?!」


 彼女は背丈を合わせるためにかがんでくれた。

 そんな彼女の口元にプレッツェルの反対側を運んだ。


「新たな発見っす……人は羞恥心だけで死ねるみたいっす……」


 カチューシャさんもプレッツェルを口にわえてくれた。


「じゃ、いくよ」

「みゃぴぃぃ……っ。お、お手柔らかに、お願いするっす……んひぃっ?!」


 目をつぶって、カリカリカリとプレッツェルを少しずつかじって進んだ。

 だけどカチューシャさんはちっとも食べ進めてくれない。


 きっと固まってしまっているのだろう。

 マニュアル通りには主導権が必要なので、かえって好都合な展開だった。


「ま、ままま、待つっす……っ、も、もう、長さがっ、あっあっ、あーっ?!」


 激しい鼻息がかかってくすぐったい。

 もうちょっとでゴールだと彼女が教えてくれたことだし、俺はカリカリを加速させた。


「ぁ…………」


 プニュリとやわらかな感触が唇に触れた。

 最後のプレッツェルの端っこまで、彼女から全てを美味しく奪い取った。

 機械的に行動しただけだけど、なんかすごくドキドキした。


「は……はへ……あへぇぇぇぇ…………」


 カチューシャさんは足下にへたりこんでしまった。

 顔が酔っぱらいみたいに真っ赤になっててかわいらしかった。


「思春期の……小娘に……戻ったかのような、は、はぁ……っ、切ない、気分っすぅ……」


 豪快なカチューシャさんが内股になってちっちゃく縮こまっていた。


「俺は教わった通りにしただけだから、そんなでもないかな」

「それは言わぬが花っすよぉ……」


 とにかくこれで目的は達成した。

 俺はマジカルメガネを取り出して、カチューシャさんを鑑定した。


―――――――――――――――――

発動中の効果:

 【跳躍力向上・極大】

 【落下耐性向上・極大】

 【ディバインシールドLV500】

―――――――――――――――――


 結果は喜んでいいのか悪いのか、ちょっとわかりかねるものだった。


「なんすか、その趣味悪いメガネ……?」

「これは鑑定魔法が発動する魔法のメガネなんだ。今のエッチで【跳躍力向上・極大】と【落下耐性向上・極大】って効果が付いたみたい」


「跳躍……? ポーンッと飛んだら、バッタみたいに跳ね――」


 その効果はすぐに実証された。

 カチューシャさんが笑いながら軽く跳ねるような動作をすると、彼女の身体が鷹よりも速く空に舞った。


 彼女とおぼしき物体が空高く舞い上がり――


「ギャフゥッッ?!!」


 オルヴァールの遠いようで近い空に激突して降ってきた。

 効果【落下耐性向上・極大】があるとはいえ、ちょっと肝が冷える着地だった。


「お……おお……っ!」


 重力を無視して彼女は軽やかに大地へ降り立った。

 もとい、降りはいつくばった。


「お、おおおおーーっっ♪ なんすかぁこれぇーっっ♪」

「これはすごいね」


「小さい頃っ、自分っっ、こういうの憧れてたっす! 鳥になったみたいな気分っすよーっ!」


 かなり特殊な強化だけど、なんだかこれはすごい。

 上手く使いこなせば、かなり戦局に貢献できるのではないだろうか。


「ありがとうっす、パルヴァス! この力自分っ、パルヴァスの分も戦うっす! 少しでも仲間の被害を減らしてみせるっすよ!」

「ありがとう。でもごめんね、一緒に戦えないヘナチョコで」


「何言ってるっすかっ、パルヴァスは最高っすよ! ……さ、後ろに乗るっす!」


 カチューシャさんはリアカーに手をかけて、軽くなった荷台に乗るようにうながしてきた。

 夜も近いので俺は素直に荷台に乗って、暗く陰ってきた空を見上げながら帰路についた。


「あ、ところでだけど」

「るんるんるーんっす♪ あ、なんすかぁー♪」


「納屋でやってたあのカエルみたいなポーズ」

「んがはっ?!」


「あれって、結局なんだったの……?」


 あれもエッチの一つなのだろうか。

 でもあんな格好だと、お互いに色々動きにくいような……。


「あ、あれっすか……あれは…………」

「うん、教えて。あれって何?」


 背中越しの流し目がこちらを見た。

 なぜだかわからないけど、とても後ろめたそうな様子だった。


「あれは、セ……」

「せ?」


「いや、カ! カっす!」

「か?」


「カエルのまねを……衝動的に、したくなっただけっす……」

「あ、そういうことだったんだ」


 嘘を吐くにしたってもう少し上手い方法があると思う。

 俺はカチューシャさんがしようとしていた『セ』から始まる何か追求するのを止めた。


「自分、カエルが好きなんすよー……っ! 時々、自分のこと、カエルかなーとか思う時もあったりしたりしてー……っっ!」

「そうなんだね」


 今度シルバに――いや、ママに聞いてみよう。

 『セ』から始まるエッチなことについて。


「げーこげーこ……げこげこげーこ……。カエルっす……自分はカエルっす……。やましいところは何もないっす、カエルごっこがしたかっただけっす……」


 それはよっぽど後ろめたいことのようだった。


 カチューシャさんは暗くなった空ばかり見上げて、足取りは軽やかな快速で、世界の裏側から裏側へ、片道6.5キロメートルの小さな世界を駆けていった。

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