・泥鱗の芋将軍 - お姉さんの誘惑! こうかはないようだ -

「ごめんなさいっっ、寝ちゃってましたっっ!!」


 目を覚ますと蜂蜜色に輝く空があった。

 湖から虹が姿を消し、小鳥たちが黒い影となって空を駆け回っているのを見上げた。


 やってしまった。

 エッチでカチューシャさんをパワーアップさせる前に、がっつりと寝過ごしてしまっていた……。


「謝るのは自分の方っすよ。具体的には説明を差し控えさせていただくっすが、一緒に木陰でお昼寝しているだけで、なんかこう思春期のパッションが燃え上がったっす!」

「……えっ? 思春、期……?」


「なんでもないっす。なんでもないことにしてほしいっす。いやー、いい休日だったっすー♪」


 カチューシャさんが立ち上がると、俺もその隣に並んだ。

 夕空は夕空を呼ぶにはいくらか暗く、見る者に夜の訪れを予感させた。


「このまま帰って一緒にビールでも飲み交わしたい、超ゴキゲンなお空っすねー」

「そうだね。でもお酒は遠慮しておくよ」


「小さいと大変っすね」

「……カチューシャさんたちが大きすぎるんだよ」


 カチューシャさんは芋畑が気になるようだ。

 結局、俺は畑を手伝うどころか邪魔をしてしまった。


「畑仕事がこんなに楽しいとは思わなかったよ。よかったらまた手伝ってもいい?」

「ホントっすか!? それ嬉しいっすっ!」


「よかった。じゃあまた誘ってね」

「もち誘うっす!」


 叩き付けるように両肩へ手を置かれた。

 いやそれだけでは興奮が収まらなかったのか、彼女は続けて顔まで寄せてきた。


「一緒に最高の芋を作って、ザナームの皆を驚かせてやるっすよ!」

「それ、すごくいいね」


 同意すると最高の笑顔が返ってきた。

 まるで十代前半くらいの無邪気な笑顔だった。

 無防備なオーバーオール姿が刺激的だった。


「あ」


 ところがその笑顔が次第に真顔へ戻ってゆく。


「今すぐ一緒に飲みたいっすけど……。はー……先にやることをやっておかないと、いけないっすねー……」


 そう言われて不覚にも身がすくんだ。

 このまま爽やかに帰りたいけど、俺たちはまだ何も達成していない。

 何より今回は俺が受け身の立場だった。


「大丈夫っす、自分に全部任せるっす」

「お……お手柔らかにお願いします……」


 カチューシャさんに背中を押された。

 行き先は柵の側にある納屋のようだった。

 彼女は納屋の扉を開き、薄暗いその中へと相手を誘導した。


「心から申し訳ないと思っているっす。しかしこれも勝利のため、救いのないこの世界を、人類を守るためっす……」

「そうだね……。俺も外の世界のみんなを助けたい。そのためならなんでも受け入れるよ……」


 光は通気口から射し込むわずかな夕日だけ。

 その夕日もいつまで届くかもわからない。

 そんな暗い納屋の奥でカチューシャさんは干し草の上に座った。

 

 そしてなんのつもりなのかよくわからない、とても不思議なポーズを取った。


「うっ……し、死ぬほど恥ずかしいっすぅ……」


 たとえるならばそれは、ひっくり返ったカエルのようなポーズだった。

 そんなおかしな姿勢で、彼女は羞恥を堪えるように横顔を向けている。


「さ、こっち、くるっすよ……」


 彼女はカエルみたいなポーズを維持したまま、両手をこちらに差し出した。


「う、うん……? くるって、どういうこと?」


 何がなんだかわからない。

 あそこに飛び込んで、俺は何をすればいいのだろうか。


「なんでそんなに足を開いてるの? これって、何?」

「な……なぬ…………?」


「ねぇ、そんな変な姿勢で何をしてるの?」


 彼女の返答は沈黙だった。

 両足を広げたカエルのポーズで、唖然と俺のことを見つめている。


「け、計算外っす……。これの意味、知らないっすか……?」

「ごめん」


 エッチについてもっと事前に勉強しておくべきだった。


「い、いやっ、パルヴァスは悪くないっす! むしろっ、そのままの純粋な君でいてほしいっす!」

「そういうわけにはいかないよ。教えて、俺はどうすればいいの?」


「は、はわわわ……?!」


 カチューシャさんがさらに激しく動揺した。


「ここまで純真無垢とは想定外っす……っ! 自分の決めたプランと違うっすっ! ヤバいっす、どうすればいいのかわかんなくなってきたっすぅぅ……っ!」


 その気持ちはよくわかる。

 俺だってマニュアルから外れると何もできない。


「わかった、じゃあここは俺に任せて」


 逆に言えばマニュアル通りのことなら、今この瞬間だってできる。


「なっ、なんとぉーっっ?!」

「大丈夫だよ、全部教わった通りにするだけだから」


 マニュアルって素晴らしい。

 これさえあればどんなことも、機械的に処理できる。


「ちょっ、ちょ待つっす?! こないで欲しいっすっっ!! ちょっ、あっ、ひょわぁーっ?!」


 カチューシャさんの隣に寝そべった。

 彼女は納屋の天井を見上げるばかりで、こちらに振り返ろうとはしない。


「これからカチューシャさんに、ディバインシールドするね」

「ひうっ?!」


「大丈夫。俺はただ機械的に、コギ仙人に教わった通りに行動するだけだから」

「なっ、何さらすっすかぁっ、あのクソワンコォっっ?!」


 コギ仙人はいい人なのに……。

 なんでみんなコギ仙人を悪く言うのだろう……。


 俺は尊敬するコギ仙人がしてくれたように、カチューシャさんの腰からお尻を撫でて、それからこちらに振り返らせようとした。


「ま、待つっすっ、無理っすっ、そんなの絶対無理っす、心臓壊れるっすぅっ!」


 ファフナさんより強情だった。

 でもマニュアルから外れることは許されない。絶対に。

 俺は力ずくで彼女を振り返らせた。

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