・パンタグリュエルの肩の上 - 欲しがりな輪っか -

「一つ質問してもいい?」

「ん、なんすかー?」


「カチューシャさんはどうしてザナームに加わったの?」


 せっかくの機会なので道中、カチューシャさんに気になっていた質問をした。

 住宅街を離れるとそこは見渡す限りの農園地帯で、道の隣には立派な上水道が併設されていた。


「ああ、そんなことっすか。前々からおかしいと思っていたからっす。国境を警備する者なら、誰もが薄々感じ取っていたっすよ」


「何を?」

「欲しがりな輪っかとの契約を暴露した、前王が正しかったのではないか、という違和感っすよ」


 カチューシャさんはどこで拾ったのやら、さっきから木の棒きれを振りながら歩いている。

 槍はロバ車の荷台に乗せて、ガキ大将みたいにはつらつと笑っていた。


「一応突っ込むけど……欲深き円環ね」

「ん……? だから合ってるじゃないっすか?」


 そう言って彼女が振り返ると、カリストくんが驚いて目をそらした。

 そのマント1枚で棒きれを振り回す女性はほぼ半裸もいいところで、胸がプルンプルンとスライムみたいに揺れていた。


「う、うん、そうだね……」


 戦いでは大盾を持つそうだけど、大盾がないとちょっとだけ変質寄りの格好だった。


「これから会うパンタグリュエルって人の予言だとね、カチューシャさんはザナームに加わらなかったはずなんだ」

「そんなの知るわけないっす。国で戦うより、ここで戦う方が正しいと思っただけのことっす」


「そ、そう……」


 細かいことを気にしない彼女には、予言の不一致なんてどうでもいいことだった。


「ま、しいて言えばそうっすね……。死を覚悟して謎の軍勢に投降したら、耳が長くて酒臭いおっさんに説教されたからっす」


 作戦中でも酒臭い、神族……?

 それに、おっさん……?


「それってもしかして、うちでいつもビールいっぱい飲んでく人?」

「おーっ、そのおっさんっすっ! 訓練前に酒飲むバカとか初めて見たっす!」


「俺もだよ」

「あ、あの……あの方は神族の中でも、かなりアウトロー寄り方なので……」


 そうか、なるほど。

 あくまで推測の域を出ないけど、なんとなく因果関係がわかったような気がする。


 俺がオルヴァールにこなかった世界線では、ザナームの人たちは人間との協調を選ばなかった。


 酔っぱらいのおっさんと俺の接点が歴史を少し変えたんだ。

 そう一人思うことにした。


 それにしてもこうなると、ますますパンタグリュエルという存在が気になってくる。

 巨人だとは聞いているけど、いったいどんな賢い巨人なのだろう。


「いやぁ、それにしてもいい天気っすね……。そこの上水路で水浴びでもしたい気分っす」

「え……っ? い、いえ、ご冗談を、カチューシャ様……」


「ダメっすか?」

「…………ダメです」


「あー、大丈夫っすよ、自分は裸とか気にしない方っすからー♪」

「せ……生活用水を汚されるのは困ります、ご容赦下さい……」


 きっとパンタグリュエルは老齢だ。

 ふさふさの白いヒゲをたくわえていて、体付きは痩せ形だ。

 リーダーに選ばれるくらいなのだから、紳士的な人となりが目に浮かぶ。


「ハゲるっすよ、パルヴァス」

「え……っ?」


「細かいことばっか考えてたらいつか病気になってジメジメキノコになってハゲるっす。子供は子供らしくするっすよー♪」


 何を言っているのかと俺は思ったけど、カリストくんは話を真に受けて自分のおでこを触った。

 カリストくんって、もしかして俺が思っているよりお兄さんなのだろうか……?


「えっ、ちょっ、止め……っ?!」

「細かいことは参謀殿に任せて、お子様はのん気に笑うっす!」


 カチューシャさんに髪の毛をグチャグチャにされた……。

 朝にラケシスさんが整えてくれたのに、これからザナームのリーダーに会うというのに、酷い頭にされてしまった……。


「パルヴァス様、どうぞこちらへ」

「髪は止めてよ、髪は……っ」

「なはははっ、最近の子はませてるっすねぇー!」


 隣のカリストくんがクシを取り出して髪を整えてくれた。

 これをきっかけにカリストくんと友達になれたら、カチューシャさんの暴挙を忘れてもいいかな……。


「ファフナが二人に増えたかのような気分です……。髪、サラサラで綺麗ですね……」

「ありがとう、カリストくん。カリストくんの髪も長くて綺麗だよ」


「ぁ……っ、恐縮です……!」

「むふふっ、なんか尊いっす……」


 ロバ車は彼方まで続く上水道にそって、ゆったりと道を進んでいった。

 この上水道の先、俺たちが暮らす住宅街の反対側にはいったい何があるのだろう。


「少しさっきの話に戻るっすが……」

「え、うん?」


「レイウーブ王国は人類を裏切っていたっす……。屈辱っす……。恥ずかしくて死にたくなるっす……」

「死ぬことないと思うけど」


「だから自分、ザナームに加わったっす。武人として、これからは真の戦いに身を投じて生きたいっす!」


 カチューシャさんがそうまくしたてると、信頼するようにカリスト君が微笑んだ。

 俺に横顔をのぞかれていることに気付くと、彼は表情を消してしまったけれど。


「お二方、正面をご覧下さい。彼方にそびえるあれこそが我らの総大将、巨人パンタグリュエルその人です」


 言われて正面を確かめた。

 どこまでも続く農園地帯の彼方に、巨大な塊が岩山に腰掛けているように見えた。


 どうしてパンタグリュエルの住処が住宅街からこんなに離れているのか、その姿が無言で証明していた。


「な、なんすか、あれ……?」

「パンタグリュエルでございます」


「いやいやいやいやっ、でか過ぎっすよ?! あんなのっ、ほぼ山じゃないっすかっ!? 山が茶をすすってるとかーっ、これってどんな光景っすかーっ!?」


 その巨人はあまりに高く巨大過ぎた。

 体毛の濃い赤毛の巨人が岩山のテーブル席に腰掛けて、石のティーカップで何かを飲んでいた。


 ザナームのリーダーでありながら、表に全く姿を現さない理由がわかった。

 巨人パンタグリュエルはあまりに巨大過ぎるせいで、自分の住処から身動きの取れない、現実を超越した神話の生き物だった。

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