・パンタグリュエルの肩の上 - 巨人はサンドバッグ -

 巨人の住処に到着した。

 そうそれは住処であり、家や館ではなかった。


 巨人の住処には屋根も壁もなかった。

 あるのは石の床と、岩山のテーブルと、石と藁のベッドだけだった。


「焦らすではないか、つがい殿」

「あ、ファフナさんも呼ばれたんだ」


「うむ、他でもないそなたは我が上に運んでやろう。そこのでかいやつとカリストは、ダッシュで上がってこい!」

「い、いいよっ! 止めて、怖いから止めて……っ!」


 翼を持つファフナさんが天高くそびえるテーブルの上まで俺は運んでくれた。

 生きた心地がしなかったけど、楽なことは楽だった……。


「うちの子がバカですみません……」

「バカとはなんだ、バカとは! 母親ぶるならせめて言葉を選べっ、グレるぞ!」

「だ、大丈夫……慣れて、きてるから……」


「そしてファフナ、私たちの幸運の女神を殺す気ですか?」

「わーっはっはっはっ、死なん死なん!」


 女神じゃないし死ぬよ……!

 ファフナさんは腰の抜けた俺を手を差し伸べて、軽々と助け起こしてくれた。


「繋いだその手を少しひねるだけで、貴女は相手の手首をねじ切れる存在なのです」


 その言葉は俺たちが手を離してから言ってほしかった。

 俺が手を繋いでいる相手は、ライオンよりも遙かに危険な猛獣だった。


「なんじゃその言い方は……。ちょっとじゃれただけではないか……」

「そ、そうだね……」


「ほれつがい殿もこう言っている。少しくらい乱暴にしても気にしないとな」

「気にするよっっ!!」


 抗議するとファフナさんが笑って手を離してくれた。


「お、おはようございます……」


 ファフナさんが離れると、今度はミルディンさんが寄ってきた。

 ミルディンさんの声はどことなく小さくて頼りなかった。


「おはよう、ミルディンさん」


 彼女は俺と目が合うと、震えるように後ずさった。

 さっきまで説教していたとは思えない様子だ。


「む……?」

「な、何か……っ?!」


「何か、変ではないか? おいミルディン、また徹夜か? 顔と目が赤いぞ?」

「そ、それは……そんなの余計なお世話です……っ!」


 ミルディンさんも昨日のことを気にしているみたいだ。

 俺も昨日のことを思い出すと、また気持ちと身体がソワソワとしてくる。


 恥ずかしがるミルディンさんが眺めているだけで、妙に気持ちが浮き立った。


「きた、ようだ……。さあ……この手に……」


 パンタグリュエルがやっと喋った。

 天高くそびえるテーブルに上ってもなお、その巨人は山のように大きかった。


 ミルディンさんは巨人の爪から小指、小指から手のひらに上って、ファフナさんはまた俺を抱えて運んでくれた。


 カリストくんは下に残り、続いてカチューシャさんが人間離れした跳躍力で飛び乗ってきた。

 巨人は俺たちを肩の上まで運んでくれた。


「すまんな、このでくの坊のお調子者は、こうでもせんと我らの声が聞こえんのだ」

「いて……止め、ろ……」


 ファフナさんが巨人の首に蹴りを入れると足下が揺れた。


「自分、巨人に蹴りを入れる人とか初めて見たっす……!」

「ファフナ、気持ちはわかりますが今はおとなしくなさい」


 と言ってミルディンさんまで足下の肩を踏みつけた。

 え、この巨人って、ザナームのリーダー、なんだよね……?


「いたい、いたい、やめて……」

「頭が痛いのはこっちです」

「見た目に騙されるではないぞ、そなたら! この巨人はろくでなしだ!」


 キックと踏み付けの連打が巨人の大地を揺らした。

 なんて迷惑な親子だろう……。


「さて、日頃の腹いせにはこの程度ではとても足りませんが、本題に入りましょうか」

「我は忘れてはおらぬからな。我のつがい殿に、あんなことを吹き込みおってっ、このっ!!」


 追い打ちの蹴りを入れると、ファフナさんが翼を羽ばたかせてこちらにきた。


「これよりレギンの剣作戦から続く第二段階【オーリオーンの闇計画】について解説いたします」

「これ以上揺らさないでくれるなら、なんだっていいっす」


 すごく同感……。


「この計画の実現には、私を含むこの四名の協力が不可欠です」

「おい待て、ミルディン。まさかそなた、また性懲りもなく外に出る気かっ!? 裏方は裏方らしくオルヴァールに引っ込んでおれっ!」


 口は悪いけどファフナさんはミルディンさんが心配なのだろう。

 ところがミルディンさんはわざわざファフナさんの前に立つと、胸を張った。


「なんじゃ? ない乳自慢か?」

「ふ、ふふふ……」


「なんじゃ気味が悪い……」

「昨晩、私も、ディバインシールドしていただきました……♪」


「なっ、なんじゃとぉぉぉぉっっ?!!」


 ファフナさんはミルディンさんの両肩をつかんで、頭から胸元までじっくりと観察した。

 嫉妬というより、なんか心配しているようにも見えた。


「でぃばいんしーるど、って、なんすかー?」

「はい、絶対無敵の魔法のバリアーです。ファフナ、これで母の魅力が貴女に負けていないことがわかったでしょう」


 外交のためと昨晩は言っていたのに、ミルディンさんは得意そうにファフナさんに笑う。勝ち誇る。娘に女の顔を見せた。


「つまらん見栄を張るな、恥ずかしい」

「後で昨晩のことを、事細かに貴女へ語って差し上げましょう……」

「それは止めてお願い!」


「ほぅ……?」


 エッチって気持ちがふわふわして幸せに気分になるけど、時々居心地が悪い……。

 なんでもこの親子はいつもいつも張り合うのだろう……。


「ふふ……貴方があんなに大胆だとは私、思いませんでした……。あ、それで作戦ですが」


 本題を思い出してくれて助かった。


「ほぉぉ……?」

「後でその話、自分も聞きたいっす! なんか面白そうっす!」


 いや助かったかわからないけど、とにかく本題に戻ろう。

 俺たちはオーリオーンの闇計画の詳細を、参謀ミルディンから聞かされた。

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