・飛竜ファフナの最期の休暇

 ラケシスさんが香油で髪を整えてくれた。

 ズボンごとパンツを下ろされた恨みは忘れないけど、鏡に映る俺は男らしくキマっていた。


「え、こっち……?」

「彼女の部屋にご案なーいっ♪」


「彼女じゃないよ……」

「今日だけ彼氏になってあげなよ」


「……わかった」

「よしよし、偉い偉い」


 ラケシスさんに連れられて部屋を出ると、ファフナさんの一等室を訪ねることになった。

 ノックをすると夜の店長こと、ママの返事が返ってきた。


「あら、カワイイじゃない」


 部屋に入ると、ママは格好良くなったはずの俺をカワイイと評価してくれた……。

 そんなママの隣に見慣れない女性の後姿がある。


 いや、それはよくみると竜の翼が生えた女性だった。

 フリフリの桃色のエプロンドレスをまとったその女性は、自称ハイパワーセクシーのファフナさんだった。


「最期の休暇に……っ、こんなっ、こんなこっ恥ずかしい格好をさせられようとは……っ、なんたる屈辱……っっ、み、見るなぁ……っ!!」


 かわいかった。

 服装以上に、恥ずかしがるその姿が別人のように愛らしかった。


「はっ、アンタの普段着の方がよっぽど恥ずかしいよ」

「だよねーっ! ほらファフナ、これ見て、これっ、ちょーかわいいでしょー?」


 ファフナさんと目が合った。

 目が合うとファフナさんはすくみ上がるようにつま先立ちになって、視線を慌てて外した。


「お館様、ランチセットをお持ちしました。あら、ふふふ……」


 さらにそこへ、大きなバスケットを抱えたクロトさんがやってきた。

 クロトさんは男らしくキメたはずの俺の姿がおかしいのか、ニヤニヤと笑い始める。


「それじゃデートの始まり始まりー。二人とも行ってらっしゃーい」

「何もかも勝手にお膳立てしおって……っ、覚えておれよ、そなたら……っ」


 ファフナさんがバスケットを引ったくって、俺の手を引いた。

 とにかくここを出ようというなら俺も賛成だ。


「行ってきます。みんなありがとう」

「それはアタイらのセリフさ。ふぁぁ……夜更かししちまったよ……」

「がんばってねー、ファフナ!」


 こうなると聞かなくてもわかった。

 ここにいるみんなが知っていた。

 ファフナさんがこれから帰ってこれない作戦に挑むことを。


 だから俺も受け身になることを止めて、ファフナさんの先を行って、こちらから手を引いた。


「行こう!」

「う、うむ……普段の逃げっぷりが嘘のように積極的じゃな……?」


「ファフナさんこそ、そうしていると普通の女の子みたいでかわいいよ」

「そ、そういう目で見るな……っ、我は最強、我は常に狩る側ぞ……」


 宿屋コルヌコピアを出て、いつかのように丘の上を目指して歩き出した。

 そんな俺たちをシルバが屋根の上から見守っていた。


「オォォォォーンッッ!!」


 遠吠えで励まされた。



 ・



 これはリードを握って通りを歩く行為が、手を握って通りを歩く行為に変わっただけだ。


 緊張して落ち着かないファフナさんとは対照的に、予行演習をしていた俺には景色を楽しむほどの余裕があった。


「お、おい……」

「ん、何?」


「何を当たり前のように手を繋ぎっぱにしておる……っっ?!」

「ふふ……だってこれ、デートでしょ?」


「貴様まで何を言い出すっっ?!!」


 あれだけ毎日交尾を迫ってきた女性が、手を繋ぐだけでこんなに恥ずかしがるなんて、なんだか可笑しい。


「大丈夫、俺に任せて」

「ならばせめて、いつもの格好に着替えさせてくれぬか……?」


 いつもの服に着替えたら、いつものノリのファフナさんに戻ってしまうかもしれない。


「そっちの方が普通でかわいいよ?」

「嘘だ! 皆が白い目で我を見ている!」


「それはファフナさんがかわいいから、みんなが注目しているだけだと思う」

「チャ……チャラいこと言うなぁぁ……っっ!! もう知らんっ、もう何も聞きとうないっ!」


 自分より大きなお姉さんが真っ赤になってうつむいた。

 コギ仙人が言った通り、彼女は迫られると弱い人だった。


「わ、我を……我を丘の上に連れ込んで、貴様どうするつもりじゃ……」

「ふっふっふ……っ」


「なんじゃその笑いは……っ?!」

「見晴らしのいいところで遅めの朝ご飯にしよう」


「おお、確かに、腹が減った……。して、その後は……?」


 想定外の純情さだ。

 ここで正直に答えたら、逃げられてしまうかもしれない。


「その時になればわかるよ」

「なぜごまかすっ?!!」


 ファフナさんと一緒に、丘の上を目指して左右に織りなす長い道を歩んだ。

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