・デートに誘おう(マニュアル通りの展開に持ち込むために……)

 ファフナさんの誤解は解けなかった。

 彼女は大義名分を得たかのように、つがい殿を暇あらば追いかけ回すようになった。


 俺はそれから逃げた。

 あまりにアプローチが積極的で欲望まみれであったため、コギ仙人仕込みのペッティングの術を実践できそうもなかった。


 アレを実行するには、落ち着いた状態のファフナさんが必要だ。

 丘の上に彼女を誘い、草葉に連れ込む。

 これが簡単なようで困難だった。


 流れるように残り少ない毎日が過ぎ去っていった……。



 ・



「おーー、まだ働いておったかーー」

「あ、お帰りなさい、ファフナさん。今日は早いね」


 作戦決行を明後日に控えた夜、ファフナさんが宿に帰ってきた。


「最後の打ち合わせを終えたところじゃ。明日は自由にしろと言われたわ」

「そうなんだ……。だったら明日は俺と丘に行かない?」


「な……なんじゃと……?」


 よっぽど意外だったのか、テーブル席のファフナさんが固まってしまった。

 俺はその向かいの席に腰掛けた。


 店の忙しさがやっと落ち着いてきた頃で、何かとちょうどよかった。


「やっぱりダメかな……? もっと早く誘うつもりだったんだけど……」


 誘うつもりだったんだけど、是が非でも繁殖するつもりの飛行種族から逃げるだけで精一杯だった。


「ダメではないっ、行くっ、どこにでも行くっ!! 最期の夜はそなたと過ごしたいっ!!」

「昼でもいい?」


「なっ?! 意外に、大胆だな……。昼間から、外でか……。う、うむ、あいわかった……」


 ファフナさんはこういう思考回路の人だった。

 そこに身長18cmのママが飛んできた。

 青リンゴの皿を紐で吊していた彼女は、ファフナさんの前にカットリンゴを配膳した。


「もういいよ、パルヴァスはもう上がりな。ほら、アンタの好きな青リンゴだよ」

「おお、気が利くではないか、ママー!」


 ファフナさんは遠慮しないタイプだ。

 配膳されたカットリンゴを一口でほおばった。


「生きて帰ってきなよ」

「……うむ、それはちと難しい。だからこその、つがい殿との卵だ。喜べ、やっと作れそうだ!」

「いや、そういう誘いじゃないんだけど……?」


 ファフナさんは残されるみんなのために卵を残したい。

 手段に常識がないだけで、ファフナさんは凄くいい子だ。

 酒好きの神族さんが純粋と評価していたのもなんだかわかる。


「な……っ、なんだと……っっ!?」

「アンタ、やっぱバカなんだねぇ……。デートだよ、デート。この子はアンタをデートに誘ってるのさ」


 この際それでいい。

 交尾の誘いだと思われるよりずっといい。


「デ、デート……」


 ファフナさんって変な人だ。

 あれだけ大声で交尾を迫ってきたというのに、デートという単語に顔を真っ赤にさせていた。


 尻尾をピンと立てて固まってしまっていた。


「そ……そうなのか、パルヴァス……?」

「そうだよ。これはデートだよ」


 状況的に。と付けるのは止めた。

 とにかく彼女を丘に誘い出し、教わった行為を実践しなくてはならない。


「わ、我は……デートというは、初めてだ……」


 ファフナさんは身を屈めてテーブルを見下ろした。

 視線を上げることさえ躊躇するほどに恥ずかしがっていた。


「アンタ、そのまんまの格好で行くんじゃないよ? オシャレして行きなよ?」

「な、何……? この格好では、ダメなのか?」


「しょうがないねぇ……。早起きしたらアタシが面倒見てやるよ」

「頼むっ、恩に着るぞ、ママッ!」


 別にそのままの格好でいいと思う。

 でないと俺までオシャレしなければいけなくなるし、こっちだって緊張してしまう。


「この子のこと、任せたからね」

「はい! 大丈夫だよ、ファフナさん。俺もデートは初めてだから」


 爽やかな香りのする青リンゴを手に取り、俺もそれを口に運んだ。

 明日はデートだ。俺も早起きして、しっかりと身支度をしよう。



 ・



 そう決めていたのに昨晩は興奮して寝付けなかった。


「おっはー」

「ラケシス、さん……?」


「ほらほら起きた起きたー。今日は彼女とデートの日でしょー?」

「なんでそれ、知ってるの……?」


 ラケシスさんの声に目を冷ますと、部屋が明るくなっていた。


「できる女は引継作業もできるのだー。いいなぁー、うちもデートしたいなぁー」

「つまり、ママからだね。ありがとう、起こしてくれて」


 ベッドから出て、パジャマの上を脱いだ。

 するとラケシスさんがパジャマの下に手をかけて――


「なっ、何やって……っ、わあああああーっっ?!!」

「わは……っ♪」


 着替えを手伝うという名目で、着替えを邪魔してくれた。

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