・パルヴァス王子とエッチしなさい(母)

「そうですか。実はまだ、エッチでパワーアップ計画を、彼女に伝えていないのです」

「そ、そうなんだ……」


 誰かに聞かれたら変な勘違いをされてしまう言葉だ……。

 辺りを見回しても人影がなくて、ホッと胸を撫で下ろした。


「反攻作戦は7日後の夜。悠長にしている時間はありません」

「え、そんなに早いの……?」


「はい……それ以降は、彼女と会えません……」


 ミルディンさんは胸を抱えてうつむいた。

 その姿は酷く憔悴していて、深い罪悪感と葛藤に苦しんでいるように見えた。


「だったら俺の口から伝える」

「ありがとうございます、そのお気持ちが嬉しいです。ですが、これは私の役目です」


「いいんだ。俺、もっとみんなの力になりたいから」

「嬉しいです、本当に……。そのやさしい言葉だけ、受け取らせていただきます……」


 ミルディンさんが受付の左手にある階段を上った。

 何をする気だろう。

 俺はその白く細い後ろ姿を追いかけた。


「そう言わずに俺に任せてよ……っ」

「いいえ、私の口からでなければなりません」


 何を意固地になっているのだろう。

 階段を併走して上っても、彼女はこちらに振り返りもしない。

 いよいよ様子がおかしかった。


「ミルディンさん、寝たのいつ? その顔、寝てないでしょ!?」

「ちゃんと寝ました。1時間ほど……」


「寝たって言わないよ、それはっ?!」

「私は私の作戦のために多くの者を犠牲にしました。これまでも、この先も、それは変わりません」


 話が急に飛んだ。

 彼女はそれに気付いてすらいない。

 寝不足で頭がハイになっているんだと思う。


「……それは君の立場上仕方ないよ」

「それは支配階級の欺瞞です! 仕方ないで済まされる側の気持ちを、貴方は考えたことがあるのですか……っ!?」


「あるよっ、あるけどその前に落ち着いて!」


 ファフナさんの一等室は二階左廊下の一番奥にある。

 ミルディンさんは彼女の部屋に押し掛けるつもりのようだ。


「パンタグリュエルですね……!?」

「へ……っ?」


「パンタグリュエルが話したのですね!?」

「だ、誰? 何を……?」


 やっとミルディンさんがこちらに振り返ってくれたかと思えば、なんかキレられた。

 可憐で弱々しい第一印象とは、正反対の姿だった。


「私たちの秘密を!!」


 そう言われて真っ先に脳裏に浮かんだのは、白と茶色のお尻が素敵なコーギーだった。


「な、なんの話かな……?」

「私があの子の母親のうち一人であることを、貴方は知っていますね?」


 す、鋭い……なんでわかるの……?

 さすがはザナーム騎士団の参謀……。

 それとも、女性の勘……?


「答えなさい!」

「は、はい、知っています……っ」


「正直でよろしい。では次の質問です。誰からその話を聞きましたか?」


 そこに居るのは厳しさとやさしさをかね揃えた一人の指導者だった。


「信じられない話かもしれないけど……。変なコーギーが教えてくれたんだ……」


 どうせ信じないと思って素直に答えた。

 ところがミルディンさんはピタリと足を止めて、目を大きく広げてこちらに顔を寄せた。


「やっぱり!!」

「え、何が!?」


「言っておきますが私はこういう女です!」

「ど、どういう……?」


「貴方をレイクナス王国からさらうよう命じたのは、他でもないこの私です! 私は目的のためなら手段を選ばない残忍な悪魔なのです!」


 そのせいでレイクナス王国で戦死者が増える。

 最悪は滅亡を招くかもしれないと、彼女は気にしているのだろうか。


「その件については、俺としては感謝しかないんだけど……あっ?!」


 ミルディンさんが突然走り出した。

 そうなるとさすがに追いつけなくて、ついに一等室の目の前にやってきてしまった。


 ミルディンさんはファフナさんの部屋のドアノブに手をかけた。


「ちょ、ちょっと、ストップ! 起こすのは可哀想だよ!」

「私はあの子の母親のうち一人です! よって、叩き起こす権利があるのです!」


「落ち着いて! ファフナさんが起きちゃうよ!」

「ここを開けなさいっ、ファフナ! いつまで寝てるつもりですかっ!」


 宿の部屋には内側からかんぬきがかけられるようになっている。

 ファフナさんはドアノブを鳴らし、ノックを連打した。


「ダメだよっ、ファフナさんは朝方までずっと訓練してたんだ! もっと寝かせてあげようよっ!」

「ファフナはそんなやわな子ではありません!」


 ミルディンさんにこんなパワフルなお母さん属性があるなんて、意外だ……。

 その姿に呆気に取られていると、扉の向こうでかんぬきが外される物音がした。



「やかましいわ、貴様らーっっ!! 痴話ゲンカならよそでやれいっっ!!」



 そりゃ、起きちゃうよね……。

 扉の向こうからキレ顔のファフナさんが現れた。


「なんじゃ、そなたらか……。我に何か用か?」


 相手が俺たちだと気付くと、シュンと落ち着いた。


「単刀直入にお伝えします、ファフナ」

「ちょ、ちょっと、ミルディンさん……っ、待って……っ!」


「ファフナ、このコルヌコピアの化身と、すぐにエッチなことをしなさい」

「ちょぉぉぉーっっ?!!」


 それが母親の言葉だろうか。

 ミルディンさんは俺の肩を背後から両手で抱いて、ファフナさんの前にズイと突き出した。


「なんじゃ……? おいミルディン、いったいどうした?」


 ファフナさんは俺をスルーして後ろのファフナさんのおでこに触れた。


「熱があるな、帰って少し寝ろ。そなたは働き過ぎだ」


 うん、俺もそうした方がいいと思う。

 ファフナさんが落ち着いた対応をしてくれて助かった。


「察しの悪い子ですね……。わかりました、ここはザナーム騎士団の参謀として命じます」

「ぬ……?」


「ファフナよ、パルヴァス王子とエッチしなさい。ありとあらゆるスケベーな行為を試みて、新たな扉を開くのです」


 何を言っているのだろう、この人は……。

 俺もファフナさんも眉をしかめてミルディンさんに当惑した。


「言いたいことはわかるけど……。もう少し、言い方、選んでくれると嬉しいかな……」


 言い方がアレなだけで、ミルディンさんと俺の目的は同じだった。


「やれやれ……また徹夜か、ミルディン。我がつがい殿よ、部屋を訪ねてきてくれてまことに嬉しいが、今回は場を改めることしよう……」

「あっ、こらっ、何をするのです、ファフナ! もうっ、私を下ろしなさいっ!」


「ちと送り届けてくる……。いやすまぬ、本当にコレが迷惑をかけた……」

「そうした方がいいかも……。あ、その前に一言、俺からも伝えたいことがあるんだ」


「うむ……?」

「俺、どうも成長の限界を解放する力があるみたいなんだ」


「おお、それはまことか!?」

「問題はその祝福を授ける方法なんだけど……。その……あ、相手と、キスする必要があって……」


「ほぅ……」


 ニヤリとファフナさんが笑う。

 ミルディンさんは暴れるのを止めて、俺たちを注視していた。


「それで、他にも君を強くする方法があるかもしれないんだ! だから今度、俺と一緒に、丘へ――」

「やはり我らは相思相愛であったか」


「へ……っっ?!」

「ククク……あいわかった、その気持ち確かに受け取った」


「い、いやっ、違うっ!」

「しかしすまぬ。今はこの分からず屋を寝かせねばならぬ。また後ほど会おう」


「待ってっ、誤解だってっ! そういう力が本当にあるんだってばっ!」

「……思い込みの激しい子です。この誤解を解くのは、そうそう簡単なことではないでしょう」


「さらばだ、つがい殿!」

「ファフナをよろしくお願いします。このたびは大変、お騒がせいたしました……」


 ファフナさんは一等室の大きな窓に寄ると、そこから翼を羽ばたかせて、ミルディンさんをさらっていった。


 まるで嵐のように激しい親子だった……。

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