・スケベの伝道師ガルガンチュアは尻がモフい

 昼食時のピークが過ぎた。

 さしもの三姉妹も疲れ果てて、客席の一角に腰掛けてバテていた。


 お手伝いの丸っこいスライム族さんたちも、今は端っこで水たまりみたいになってつぶれている。

 そんな誰も招きたくない店内に、新しいお客さんがやってきた。


 お客さんはイスに上がり、両手をテーブルにかけてこちらを見る。

 俺はメモ帳とペンを持ってお客様の前に立って、それから――


「い、いぬ…………???」

「オンッ! 犬に見えるのならば犬じゃろうて」


 お客様が犬であることに気付いた。

 そう、それはまぎれもなく犬。

 首輪もしていない野良コーギーが、舌を出してこちらを見上げていた。


「えっと、お客様、ですよね……?」

「ワッフッフッフッ、この姿に驚かぬとは、シルバの友人というだけあるのぅ」


「貴方もシルバの知り合いでしたか」

「うむ、シルバは気持ちのいいやつじゃ。お芋と、カリカリ、ミルクを頼む」


「はい、すぐにご用意いたします」


 オーダーを受けて厨房に入ると、クロトさんがもうカリカリとミルクを手配をしてくれていた。


「あのコーギー、常連さんですか?」

「はい、残念ながら」


「どういう意味?」

「わたくしの口からはちょっと……。お館様、しばらくあの方のお相手をお願いできますか?」


「わかったよ」


 ミルクとカリカリをトレイに乗せて、コーギーさんのところに戻った。


「ご注文のカリカリとミルクです。ふかし芋はもう少しお待ち下、さ……い?」

「オンッ、待ってたぞい」


 これ見よがしに首輪とリードがテーブルに置かれていた。

 そのテーブルにカリカリとミルクを配膳すると、コーギーさんがガツガツと食事を始めた。


「あの、そのリードと首輪は……?」

「ワホホホッ、食べ終わったらワシと散歩に行かんか?」


「え……? ええ、まあ、少しなら……」

「おい、クロト! パルヴァスにも昼食を!」


 そういえば忙しくてご飯を忘れていた。

 ラケシスさんとアトロさんもまだのはず。

 そう思って奥の席をうかがうと、二人の姿が消えていた。


 逃げた……?


「まあそこに座りなさい」

「え、ええ……。ですが貴方はいったい……? ただコーギーには見えません」


「ワッフォッフォッフォッ、ワシか、ワシはガルガンチュア」

「立派なお名前ですね」


「またの名をスケベ仙人」

「……え」


「人はワシをスケベ仙人と呼ぶ。ワヒョヒョヒョッ、親愛を込めてコギ仙人と呼ぶがよい」


 ふかし芋が配膳されると、コギ仙人にフーフーしてくれと頼まれた。

 熱々も好きだが、犬舌なので熱いのはダメだと。


「キャァァーッッ?!!」

「な、なにっ!?」


 フーフーしてると隣からクロトさんの悲鳴が上がった。


「わひょひょひょひょっ、驚かせてしまったかな。ちょっと脚をペロペロしてやっただけじゃ」


「ご勘弁下さい、ガルガンチュア様……ッ! お館様、早くこの駄犬――お客様を散歩に連れ出して下さいましっ!」


 テーブルの下から、やってやったぜとしたり顔のコーギーが上がってきた。

 スケベ仙人を自称しているだけあった。


 クロトさんはこのワンコがよっぽど苦手なのか、その後に俺の昼食を手配すると、この飲食フロアから逃げ出していった。


 なるほど、スケベって、ああやればいいのか……。

 足下に忍び込んで、不意打ちで脚をペロペロ……。

 勉強になるなあ……。


 でも何か間違っているような気もする……。


「若いのよ……。スケベが、知りたいんじゃろぅ……?」

「な、なぜそれをっ?!」


「ワシはスケベ仙人、なんでも知っておる。丘の上の公園までお散歩に付き合ってくれたら、スケベのイロハを教えてやろう」


 昼食は美味しそうなBLTサンドだった。

 なんだかうさんくさいワンコだけど、至急スケベを知らなければならない俺は、昼食を終えるとコーギーにしか見えない仙人様に首輪を巻き付けた。


「ワヒョッヒョッヒョッ、そんなに見るな」

「あ、すみません」


 散歩に出てみると、まるで食パンが歩いているかのような大きなお尻が揺れていた。

 コーギーのお尻って、なぜだか見飽きない……。

 ずっと見ていられた……。


「おい、前を見ろ、こけるぞ? ワフッ!」

「あっ、とっとっとっ?!」


「ほれ言わんこっちゃない! どんくさいやつじゃのっ!」


 コギ仙人と小さな丘を登った。

 丘の上は広い公園になっているようで、昨日から遠目に気になっていた。


「オルヴァールは戦いのための拠点とはいえ、こういった物も必要であろう?」

「いいところですね。小鳥もいっぱいいる」


「ワフッ、そろそろよいか。後ろを振り返ってみよ」

「後ろ……? ん……あ、あれ……っ?」


 もうじき丘の頂上といったところから、丘の麓を見下ろした。

 すると目が変になった。

 視界の左右が下方に歪んでいた。


「どうなって……あれ、これって、地面が、歪んでる……?」

「オルヴァールは円周13キロメートルほどの小さな球体世界。あの道を真っ直ぐ進むと、一周回って元の場所に戻るようになっている」


 そんなメチャクチャな世界があるわけないじゃないか。

 そう思うけど、宝石の中の世界という時点で最初から全ておかしい。


「要塞としては規格外。だが反撃の牙城としてはあまりにも小さい」


 休める手頃なテーブルがあったので、コギ仙人とそこに落ち着いた。

 そこから俺は奇妙な球体世界ばかりを見下ろした。


 彼方にはどこまでも続く農園が広がっていた。

 果樹園に小麦畑。ブドウ畑のようなものも見えた。

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