・三姉妹と働きたがりの王子様
「あ、仕事の邪魔をしてごめんね。今は何をしていたの?」
そう聞くと、ラケシスさんが手伝いを期待するように明るく笑ってくれた。
「うちは洗濯。姉さんと妹はランチの準備。どっちを手伝ってくれるのー?」
「ラケシス。お館様はレイクナス王国の王子にして、この宿のオーナーです。せめて言葉使いくらいはちゃんとしなさい」
「だからさー、王子様はそういうのやだってー。そうだよねーっ?」
「うん、むしろ普通に接してくれると凄く嬉しい」
「ほらねーっ! いいやつだよ、この王子様!」
ラケシスさんがパンパンと王子の肩を叩くたびに、クロトさんの眉が上がったり下がったりした。
「それに雄羊宮では、何もさせてもらえなかったんだ。……厨房、手伝ってもいい?」
クロトさんにお願いした。
するとクロトさんはまた困ってしまった。
「ラケシスとアトロは神族の跳ね返り者。神に身を捧げる気もない、とんでもない不貞神族です。これ以上、お館様にご迷惑をおかけするわけには……」
「これはうちらの身体だしっ!」
「身体を横取りするなんて、そんなの、円環と何も変わらないと思う……」
困り顔だったクロトさんの眉が怒りにつり上がった。
このままでは姉妹の間で宗教戦争が始まってしまうかもしれない。
「お願い、クロトさん! 邪魔にならないようにするから、手伝わせて!」
「わ、わたくしは何も、意地悪をしたくて言っているのではありません……」
「えーっ、してるじゃーん?」
「してません!」
「姉さんの意地悪……」
ここの人たちは皆が戦士だ。
いざとなったらこの三姉妹も前線に立つ。
そう聞かされた。
そんな命がけの共同体で、俺だけ働かずにふんぞり返って暮らすなんて有り得ない。
隠遁を止めて戦いの道を選んでくれた彼女たちに失礼だ。
「うぅぅ……わたくしだって本当は、こんなにかわいらしい王子様を同僚にできるなんてラッキー♪ これからバラ色の毎日が始まるのねーっ、うふふふっ♪ と、思っているところを淑女として堪えているのに――はっ?!」
別人のように幸せいっぱいに笑うクロトさんが、元のお堅い女性に戻った。
人の意外な一面を見てしまった気分だ。
「おほんっ! 仕方ありません……厨房へどうぞ、お館様……!」
そう決まったので俺はクロトさんの側に寄った。
するとクロトさんが急に赤くなって逃げた。
「ならば俺様は洗濯を手伝おう。また後でな、大将」
「おっけー、カッコイイ狼ちゃん借りてくねー」
「照れるではないか」
「だってシルバ、カッコイイもん。ご主人様に愛想が尽きたら、うちの犬になりなよー」
「シルバは俺の狼だよ」
どうやって狼の手足で手伝うのか未知数のシルバと、明るいラケシスさんを見送った。
シルバは楽しそうに彼女の足下にまとわりついていた。
彼はもう少し狼として誇りを持つべきだ。これは嫉妬じゃない。シルバの飼い主は俺だ。
「あのね……パルヴァス様。姉さん、厳しそうに見えて、ガチのショタコンだから……ごめんね」
「ショタコン……? って、なんですか?」
「ぇ…………。あ、えと、あの……母性の強い女性が抱える、病理にして不治の病です……」
ぼかすような言い方だった。
俺はクロトさんとアトロさんと一緒に厨房に入り、宿に滞在する戦士たちのために働いた。
・
昼過ぎ。午前の訓練を終えた戦士たちが宿に帰ってきた。
昨日も驚いたけど、滞在者たちの8割近くが女性だった。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
「これは驚いた。オーナー自らが働いているのか」
神族に限っては男性が多い。
神族は男性の方が強いからだそうだ。
「はい、幸運の加護を皆さんに差し上げるには、こうするのが最も手っ取り早いので」
「ほう、小さいのに感心だな。人間も君のような子ばかりだったら、あそこまで惨めに落ちぶれることはなかっただろう」
「いや、これでももう28……。あ、ご注文は……?」
「ペペロンチーノに枝豆とビールを頼む」
「ひ、昼間から……?」
「何か問題でもあるかな?」
「い、いえ……承りました」
壮年風の容姿をした神族の戦士からオーダーを受けて、厨房へと戻った。
次から次へとお客さんがやってきて、広いはずの店内はすぐに満席。
目が回りそうな忙しさに、クロトさんにしばしば気遣いの言葉を投げかけられた。
これが労働。これがサービス業のピーク。
働くって大変だった。
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