mission 1 レギンの剣作戦

・キスしてくれなきゃ仲間にしてあげません

 宿屋の自室で一晩を過ごすと、朝一番にミルディンさんの仕事場を訪れた。


「あ……っ、パルヴァス! きて、くれたのですね……っ!」


 昨日は余裕がなくて気付かなかったけど、ミルディンさんの仕事場はまるで小領主の屋敷のように立派だった。


「こちらこそ朝からごめん」

「ミルディン殿、ファフナの姉御から大将をかくまってくれ」


 書類とバインダーが積み重なる仕事場で、俺はミルディンさんに大歓迎された。

 彼女は明るい笑顔でこちらの手を取って、やさしく笑ってくれた。


「そうですか、ファフナには感謝しておきましょう。あっ、きてくれると思って、お菓子、用意させておきました」

「いや、別にお菓子を貰いにきたわけじゃ……」


「キスがいいですか?」

「んなぁっ?!」

「ははははっ、ミルディン殿はキス魔であらせられるな。どうする、大将?」


「では、どうぞ……」


 ミルディンさんが背中の後ろで両手を組んで、俺の鼻先に顔を寄せて目を閉じた。

 綺麗で可憐で無防備な美少女の顔が、期待するように破廉恥行為を待っていた。


 これではファフナさんから逃げてきた意味が、ないような……。


「あの、まだですか……?」

「し、しないよっ?!」


「え、そんな……しないんですか……」

「こっちのこと全然わかんないから、詳しいことを聞きにきたんだよっ!?」


 そんなにキスしてもらいたかったのかな……。

 ミルディンさんは悲しそうに顔をうつむかせていた。


「シルバから聞いていないのですか?」

「おう、宿屋コルヌコピアのことは伝えた。だがザナームのことは、ミルディン殿やパンタグリュエルの口からがいいだろう」


 パンタグリュエル。

 昨日、ファフナさんもその名前を言っていた。

 聞くからにここの大物か何かなのだろうか。


「あの宿屋、本当に俺が貰ってもいいの?」

「はい、何か足りないものがあれば、なんでもおっしゃって下さい。城でもなんでも用意させますので」


「いやこれ以上貰えないよっ!?」


 昨日の夕方にシルバと回ってみた限りでは、あの宿屋は合計で64部屋の客室を持っていた。

 それをミルディンさんたちは無償でくれるという。


「シルバからお話を聞いたとき、私、感動しました」

「そ、そうなんだ……っ? ちょ……っ!?」


 ずいずいと詰め寄ってくるミルディンさんから一歩後ずさった。

 彼女はファフナさんほど超強引ではないけど、自然体でスキンシップが大胆だと思う……。


「これから仲間が戦いで命を落とすことになるかと思うと……私、新しい作戦を考えるだけで、とても不安で……」

「ミルディン殿はザナーム騎士団の副団長にして、参謀なのだ」


「貴方は戦士に幸運を宿してくれる。それも、自らの意思で! 私、貴方がいればがんばれます!」


 ミルディンさんはいい子だ。

 いや20倍年上の女性に言うのも変だけど、やさしくてかわいい人だった。

 俺も力になりたいと思った。彼女たちザナームの。


「ザナーム騎士団。それがミルディンさんたちの組織の名前なの?」

「ん、そうですね……。少し、違います」


 また一歩詰めてくる女の子から半歩だけ距離を取った。


「全員です」

「うむ、全員だ。俺様と大将を含めた全員がザナームだ」

「どういうこと……?」


「私たちは隠遁を止め、円環との戦いを望んだ分派です。元居た場所から、戦士だけがこのオルヴァールに移住しました。他でもない、この世界の戦いに介入するために……!」


 さっきまでの可憐な姿が嘘のように強い言葉だった。


「俺たち人間を助けてくれるの……?」

「はい、結果的に。人間が滅びれば、次は隠れ住む私たちの番です」


 昨日からずっと、捨てた母国のことが気になっていた。

 奇跡の力をもたらしてたパルヴァスが消えたせいで、エーテル体との戦いはさらに厳しくなってゆくだろう。


「ミルディンさん!!」

「は、はい……っ? あ、あの、ちょっと……」


 ミルディンさんは無自覚に迫る分にはいいけど、迫られると弱いのだろうか。

 感激に俺がミルディンさんの手を取ると、彼女はビクリと震えて後ろに下がった。


「それ、俺も手伝いたい! ザナーム騎士団に入りたい!」

「よかった……」


「ミルディンさん」

「そう言ってくれると、信じていました。では、お願いします……」


 また目を閉じて、ミルディンさんが顔を寄せてきた。

 いやいきなり、お願いしますと、言われても……。


「あの……祝福の口付けを、お願いします……っ!」

「いや、えっ……なんで、そういう方向に話が繋がるのかな……?」

「言っただろ、大将。楽園に連れて行ってやると」


「あの、まだですか……? 遠慮なくどうぞ?」


 ザ、ザナームの人たちって、いったい……。

 美少女が俺の前でソワソワと身を揺すっていた。


「俺、詳しい状況を聞きにきただけなんだ。だからこういうのは、もっと知り合ってから――」

「キスして下さい」


「んなぁっ?!!」


 なんてストレートなんだ。

 こんな可憐な女の子にそんなこと言われたら、衝動任せに責任の取れない行動に出てしまう。


「キスしてくれなきゃ、教えてあげません。仲間にもしてあげません!」

「そ、そんなのってありっ?!」


「仲間にしてほしかったら、どーぞ」


 なんて人だ。

 理知的な人かと思っていたのに、なんてわがままなキス魔なんだ……。


 だけど仲間になりたい。

 俺は人間の代表として、戦おうとしてくれている彼らザナームに報いたい。


 俺はミルディンさんの両肩に手をかけて、昨日体験したやわらかな唇に自分のものを押し付けた。


 喜びや興奮よりも混乱が勝った。

 なんでこんな、エッチな方法でしか力が発動しない体に生まれてしまったのだろう……。


 ミルディンさんに背中に手を回された。

 驚いた俺は彼女の唇から離れた。


「ふふ……っ」

「これで……これで俺も、仲間だよね……?」


「もし、ファフナにこんなことしてると知れたら、大変なことになりますね……。蹂躙、陵辱、徹底的な尊厳の破壊が――」

「怖いこと言わないでよっ!?」


「ふふ……ではお話しましょう。これから始まる、私たちザナームの反撃の序曲――【レギンの剣作戦】を」


 ミルディンさんがワンピースをはためかせてクルリと踊った。

 ご機嫌もご機嫌の絶好調だ。


 唇を大切そうに押さえながらニコニコと微笑まれると、こっちは全身が熱くなるほど恥ずかしくなった。

 そんな姿を誰かに見られたら、何してたのかバレバレだった……。

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