・竜族ファフナは繁殖したい

「雄羊宮と比べると小さく荒削りではあるが、悪くはあるまい?」

「……ちょ、ちょっと待って、シルバ」


「今日からこの宿屋は、大将の物だ」

「これがっ?! お、大き過ぎない……っ!?」


「気に入らないなら手を入れさせよう。ここではどんなワガママだって通るぞ」

「ま、待って、シルバ……ッ!」


 シルバは宿屋の窓から中へと忍び込んだ。

 俺は飼い主として正面の扉を引いて、あまりに大きすぎる宿屋に飛び込んだ。


 すると――


「ブギュ……ッッ?!!」


 何かやわらかな物に激突した。

 それはスベスベとしていて、クッション性のある何かだった。


「待っていたぞ……」

「え……?」


「我がつがい殿よ」

「つが……わっ、うわあああっっ?!!」


 その何かは女性だった。

 驚いて後ろに飛び退くと、大胆不敵に笑う不思議な女の子がそこにいた。


「ほぅ、恥じらい深いのだな」

「申し訳ありませんっ、俺としたことがとんだ失礼をっ!」


 その女性は頭の左右に角が生えていた。

 髪は珍しい黒髪で、その瞳は人ならざる金色に輝いて見える。


 背中の後ろに竜の翼を持っていた。


「なぜ謝る? いくらでもこの胸に飛び込んでくるがよい」

「いえ、そういうわけには……」


 それとその女性は胸がとても大きかった。

 それに背が高くて、俺の目線の高さに胸があって、大胆にその立間が露出されている。


 服装は赤く染めた革鎧。

 縛っただけの布切れを鎧の下着にしていた。


「うむ、気になるならば触ってもよいぞ」

「は、はいぃぃぃーっっ?!」


「母がよく言っていたのだ。恥じらいを忘れた雄はつまらぬと」

「ファフナの姉御、あまりバカなことばかり言っていると、大将に嫌われるぞ」


 シルバが俺たちの間に割って入ってくれた。

 そうか、この人が俺を外に出してくれたファフナさんなのか……。


「貴方がファフナさんでしたか。俺はパルヴァス・レイクナス。雄羊宮から助け出して下さり、まことにありがとうございます」

「ふ……ふふ……ふふふふ……」


「え、ファフナ、さん……?」


 なぜファフナさんは笑いを噛み殺しているのだろうか。

 何か変なところでもあるのかと、俺は身なりを確かめた。


「竜は宝を奪い、姫をさらう者。そなたはその本能を刺激する素晴らしい獲得物であった」

「お、王子ですけど……?」


「なおよい。姫などさらっても面白くもなんともない」


 と言ってファフナさんがずいと詰め寄ってきた。

 間に立って阻んでいたシルバを迂回して、真横から素早い身のこなしで。


「な、何か……?」

「おい止めろ、品性下劣な女だと思われるぞ!」

「ぬ、ぬぅ……っ」


 ファフナさんの突き出た部分があごに当たると、俺は驚いて距離を取った。

 するとシルバが庇うようにまた間に入ってくれた。


「おほんっ、パルヴァスよ」

「は、はい?」


「単刀直入に言う」


 なんだろう。

 キツいことを言われるのかもしれないと身構えた。

 あの道化師が語った話では、人間は竜族に憎悪されても仕方のないことをした。


「我と、つがいになってはくれまいか?」

「……は、はいっ? つがい、って……」


「我は造り出された新しき竜族。訳ありて、至急増えねばならぬ……」


 圧に負けて後ずさると、シルバも同じように下がった。

 詳しい事情はわからないけど、彼女が何を望んでいるのかは、もはや疑うまでもない。


「俺様がファフナの姉御の気を引く。いったん逃げるぞ、大将……」

「わ、わかった……っ」


 少しずつ宿屋の出口の方にポジションを変えてゆく。

 ファフナさんは強者の余裕か、俺たちのすることを気にも止めなかった。


「どこへ行かれるか、我がつがい殿」

「少しシルバの散歩に行ってくるよ」

「すぐに戻る、姉御は酒でも飲んでいろ」


「そうか、初めては外がよいか、気に止めておこう」


 なんか会話が成り立っていない……!

 頭の中がアッチのことでいっぱいみたいで、怖い……!


「パルヴァスよ、我は確信したのだ。竜族が再び繁栄するには、そなたが必要不可欠であると」

「そ、そうなんですね!」


「今日のところは見逃そう。あまりガツガツゆくと、雄に嫌われると母に教わった。だが明日からは保証できぬ」


 いちいち母親の言葉が出てくるところに少しの親近感と、衝動を抑えて鼻息を荒くする姿に恐怖を覚えた……。


「ああ、ミルディンやパンタグリュエルに訴えてもムダだぞ。我は至上最強、我は古き竜族が生み出した決戦兵器。何人たりとも我を止めること叶わぬ」

「わ、わぁい……」


 パンタグリュエルって誰だろう。

 そう疑問に思う余裕もなかった。


「覚えとけ姉御っ、俺様の育ての親に手を出したら尻に噛み付いてやる! 逃げるぞ、大将!」

「ごめんファフナさんっ、そういうのはもっと、お互いを知ってからがいいと思う!!」

「うむ、それは叶わぬ」


 俺たちは逃げた。

 雄羊宮を吹き飛ばしたドラゴンの前から、宿の外へと逃げ出した。


 彼女は本気だ。

 明日からは本気で俺のことを襲うつもりだった。


 女性としてとても魅力的な姿をした人だけど、内に秘めた激しい熱情が恐ろしかった。

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