・さよなら監禁生活、こんにちはキス魔 1/2

 パルヴァス・レイクナスは王国の至宝だ。

 その至宝自身が役目を捨てて逃げ出そうとしたところで、その実現性は絶望的と言ってもいい。


 何せ雄羊宮には総勢200名の近衛兵に、腕利きの魔術師たちが常駐している。

 加えてレベル上限解放の力が発覚してからは、父上たちが脱走を警戒して、警備体制を非常識なほどに強化してしまった。


 けどそれも仕方がない。

 もし、幸運の女神コルヌコピアの化身ことパルヴァス・レイクナスが何者かに奪われれば、最悪は国家を滅ぼしかねない一大事になる。


「大将、やっとお迎えがきたぜ」


 父上もヘリートも【約束された幸運】に人生を狂わされた被害者だ。

 そう心の底で思っていたけど、愛想が尽きた。


「といってもこの状態の大将は、ベッドから落っこちても起きやしないんだ、姉御・・


 父上たちは道化師との接触の記憶を消そうとしてきた。

 シルバが術を妨害するアミュレットを届けてくれなかったら、俺は記憶を円環ループさせられていた。


 家族の頭の中をいじってでも、父上もヘリートも【約束された幸運】を手放したくなかった。

 この力がやさしかったヘリートを狂わせた。


「お、おお……。これが幸運をもたらす至宝パルヴァス……なんと小さく、愛らしい……」

「姉御、俺様にとっては母であり父である人なんだ。あまり変な目で見ないでくれ」


「ッッ……! 好みだ……」

「狼の話聞いてくれ、姉御……」


「我ら竜族は守りがいのある雄が好みなのだ……」

「いや、そんな話をここで聞かされても困る……」


 雄羊宮は脱走不可能の監獄だ。

 シルバに脱走を決意させられたものの、具体的にどうすればここから出られるのかわからない。


「クククッ、中庭まで誘導しろ。ここから飛び立つのは骨だ」

「あまり派手なのは止めてくれ……。ここは一応、俺様の実家なんだ」


「ふんっ、我は人間に慈悲など与えぬ。狼よ、身内を焼き殺されたくなかったら、上手くことを運べ」

「止めてくれ……。クゥン……もっとまともな人材はいなかったのか……」


「ハァ……ハァ……背中に、あ、当たって……た、たまらん……っ」

「俺様の親に欲情するなと言っているっっ!!」


「はぁっ、それにしても好みだ……。これが母様の言っていた、一目惚れなのか……っ?」

「俺様が知るか、仕事しろ」


 その晩、雄羊宮の中庭に古の竜が現れた。

 竜は自らを蝕む呪いに苦しみながらも、至宝パルヴァスとその愛狼シルバを背に乗せて、結界をぶち破って天へと飛翔した。


 後には火の海と瓦礫の山が残った。

 レイクナス王国は約束されし幸運を失い、竜の襲撃という不幸に襲われた。


 竜はいずこへと消え、王子は二度と帰ってはこなかった。



 ・



 それら顛末を聞いたのは、運び出された後のことだった。

 やわらかなベッドで目を覚ますと、耳の長い女性がベッドサイドにたたずんでいた。


「え……!?」

「初めまして、パルヴァス・レイクナス王子。私はミルディンと申します」


「えっ、えっ!? あれっ、ここ、どこ……?」

「オルヴァール。私たちの牙城です」


 抑揚のない落ち着いた声なので、最初は大人の女性かと思った。

 ところがぼやけた目でよく確かめると、ミルディンさんは15歳かそこらの女の子だった。


「はて、何か?」

「あ、いや……え……? お、大人の人を呼んでくれる……?」


 半笑いで俺は彼女にそうお願いした。


 そこは雄羊宮ではなかった。

 何がどうなっているのかわからないけど、自分が外の世界にいることに驚いた。


 これでもう、屈強なおじさんたちのひび割れた唇に襲われなくて済む。

 自由な空の下での生活を期待した。


「私、子供に見えますか? これでも貴方の、20倍は生きているはずなのですが……」

「ええっ、それ、本当……?」


「はい。私は神族。神の寄代として創られし一族に、老化という現象はありません」

「そうでしたか、すみません……。そうとは知らずに俺、失礼なことを」


「……いえ」


 長い銀髪の綺麗な女の子だった。

 そのミルディンさんがぺたぺたと俺の顔に触れている。


「な、何かな……?」

「シルバから聞いてはいましたが、不思議な個体ですね……。なぜ、貴方には贄の刻印がないのでしょう?」


「シルバの知り合いなんだ……。というか、なんで俺、ここにいるのか、教えてもらえるかな……?」

「はい、詳しくお話ししましょう」


 ミルディンさんがベッドサイドに腰掛けた。

 彼女はとても細い女の子で、それがピッタリと隣にくっついてくるから驚いた。


「何か?」

「な、なんで、くっつくの……っ!? 理由はっ!?」


「さあ、私にもわかりかねます。貴方は噂以上に希有ですね」

「ぶ、文化が違う……」


 ミルディンさんに顔をのぞき込まれた。

 頬にサラサラの手を当てられて、じっくりと観察された。


「ここ、引っ張ってもいいですか?」

「いいけど、強くは――んぐっ?!」


「子供みたいにやわらかい頬ですね……。もうじき30のおじさんとは思えません」

「は、はは……」


「ここも引っ張って、いいですか?」

「いやそこはダメ……ッ! んごっ?!」


「おぉぉ……不思議です……」


 詳しい事情を教えてもらえたのは、そのだいぶ後のことだった。

 ミルディンさんは自分の魅力を自覚していない美少女だった。


 透けるような薄手のワンピースをまとっているところもまた、目のやり場に困って……。


「ここは……?」

「ダメッ、ダメって言ってるじゃないか……っっ、おっほっ?!」


 触られたり突っつかれたり、とても困らされた……。

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