・雄羊宮のコルヌコピア - 狼と禁断の果実 -
脱いだついでにパジャマに着替えた。
「シルバ、さっきのどう思う?」
いつも寝るときはシルバと引き離されるけど、今日はシルバを連れて寝室に戻れた。
俺はシルバをベッドに誘って、隣に寄り添ってもらった。
シルバと俺の間には秘密がある。
「知ってた」
シルバは喋れる。
そして俺は、成長をもたらす琥珀のうち1つをずっと秘匿してきた。
何かあった時の保険のために、シルバに与え続けてきた。
人間には過ぎたる物、知恵の琥珀を。
「え……何、それ……?」
「少し言い換えよう、大将。ここに引き取られてよりずっと、俺様にはあの刻印が見えていた」
「え? ええええ……っ?」
急に薄ら寒くなってきて、俺は隣のシルバに抱きついた。
いい物食べてるだけあっていい毛並みだった。
「大将……」
「言ってよっ、もっと早く言ってよっ、ビックリするじゃない!」
「もう見るに堪えん……。なあ大将……俺様と一緒に、ここから脱走しないか?」
「それは……」
それは何度も考えた。
最悪の最悪を極めたときに自分を救うために、子狼に知恵の琥珀を与え続けてきた。
今がその、最悪の最悪の状況……?
「でも、俺がいなくなったら……」
今日まで俺から幸運を搾取してきた人たちは、どうなるのだろう……。
【円環】が代償を要求するように、万一彼らが代償を支払わされることになったら……。
「大将。俺は大将が寝かされている間に、何をされているのか知っているぞ。聞きたいか?」
今日の目覚めは加齢臭から始まった。
口から変な臭いもした。
全身が妙にベタベタしていた。
「い、嫌だっ、それは知りたくない……っ!」
「断じて許せぬ行いだ。国のため? 世界のため? ふんっ、都合よく奇跡を搾取されているだけだ! 目を覚ませ、大将!!」
「それはわかってる! 痛いほどわかってる! でも俺がいなくなったら、死人が出るのも事実だ!」
カリスト公爵一家のように好きな人たちもいる!
弟のヘリートも!
継承権を奪われたのは悔しいけど、昔は本当にいい子だったんだ……!
「仕方ない、寝かされている間の暴挙を事細かに語ろう」
「え……っっ?!」
「口にするのもおぞましいが、我慢してくれ、大将……。育て、知恵を授けてくれた大将を、もうこのまま見てはいられんのだ!」
逃亡 OR 睡眠中の真実。
どっちも超ヘビーだ……。
というかこれ、選択肢1つじゃないか、こんなの……っ!
「やむを得ず眉をしかめながらの紳士もいたが、実に7割方の下郎どもが、その口元を野卑にニヤつかせて、まず、大将の両足を――」
「わかったっ、わかったからお願い止めてっっ!! 知りたくないっ、知りたくないんだっっ!!」
「そうか、よかった! 俺様が大将を楽園に連れて行ってやる!」
シルバは俺のことを守ろうとしてくれている。
それは国益で見ると正しくない行為だ。
極悪の人でなしの行いと言われても反論できない悪事だ。
国民を守ることが王子の義務なら、屈強な勇者たちにキスして生きる人生を受け入れるべきだった。
「ああ、でもなぁ……」
「大将、男なら迷うな」
「いや、ぶっちゃけ、だけどさ……。俺、雄羊宮の外に出るの、怖い……」
20年近くも軟禁されてきたら、誰だって引きこもりになる。
自由には勇気という代償が必要だった。
「ははははっ、この忠犬が守ってやる」
「狼のプライドは……?」
「ない! 大将は我が母であり、大恩ある父だ! 家族を守らせてくれ、大将!」
「シルバ……」
「それとな、ヘリートの言葉は忘れろ。大将の力は、大将の物だ。やつらの奴隷に成り下がるな!」
円環の神と契約者。生け贄と刻印。そして睡眠中の俺の肉体に起きたこと。
おぞましいことにそれらは全て真実だった……。
人類は遠い祖先の手によって、邪神の生け贄に捧げられていた。
・
「そうだ、参考に一つ聞かせてくれ。脱走したら大将はどんな家で暮らしたい?」
「大きな家がいい」
「ウォーンッ、即答か!」
「宿屋とか、兵舎とか、たくさんの人が集まる場所がいいと思うんだ」
「おお、宿屋! それはいいアイデアだ!」
「接待するのは慣れているしね。それに選ばれた人だけ幸運になるのは、間違っているよ」
「その言葉、伝えておく」
「え……誰に?」
「俺様の友達にだ」
あの晩、シルバとそんな話をしたかもしれない。
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