第2話 立ちんぼに堕ちてしまったエリート女性 

 立ちんぼのなかには、なんと一流企業の初の部長だった女性もいた。

 しかし、やはり男性中心の企業は、その女性部長に男性部課長のミスを押し付ける形で、退社に追い込んだ。

 なんと横領と文書偽造の疑惑をかけられたという。

 勿論、全く身に覚えのないことだったが、企業としてはそういった管理職を雇っておくということは、イメージが悪くなるということで、自主退社に追い込まれた。

 その一か月前には、大きなプロジェクトのとき、部下五人全員が申し合わせて、

「子供が発熱したから、欠席させて頂きます」

 一人や二人ならまだしも、五人全員が同じことを言う。

 なかには、未婚男性までが言うのはどう考えてもおかしい。

 あとでその未婚男性に問い合わせると

「同棲している女性との間に生まれた子である」

 どうみても、部下全員が結託して、その女性部長を陥れようとしているとしか考えられない。

 まあ、ボーナスと退職金を頂いたことが、救いであったが。

 ここにも典型的な女性差別があらわれていると、私は驚いた。

 

 またある十九歳の女性は、高校時代、クラスメートから

「冠婚葬祭の衣装を貸してやる」と言われたが、結局はお断りするケースになった。

 何を逆恨みされたのか、そのグループから厄介払いされるようになった。

 お断りするのがなぜ、いけないのだろう。

 じゃあもし、返済することができなかったらどうなるのだろう。

 そんな疑問と心の傷を抱えながら、繁華街を歩いていた。

 すると、二十三歳くらいの一見さわやか系から

「あのう、このブティックを教えてくれませんか」

 女性は、道案内の一貫で快く教えたあと、

「お礼のしるしに、僕の店にご招待しますよ」

 実は、それはホストのキャッチだったのである。

 出会い系アプリは、最近警戒されているので、新手のキャッチなのだろう。

 女性は、誘われるままにホストに行った。

 優しい物言いで、時事問題から政治に至るまで、いろんな話題を振ってくれる。

 まるでニュースキャスターみたいである。

 初回料金はなんと五百円だった。

 もちろん、女性はそのホストを担当に指名した。

「君に指名されて嬉しい。君とは心の友達になれそうだ。

 来週来てね。待ってるからね。」とライン交換をした。

 するとホストは

「これで僕と君との間に、心の絆ができた。もう君を離さないよ」

 女性が二回目に来店したときは

「僕は君を好きになってしまったなんて言うと、笑われるかな。

 君は今日から僕の彼女認定だよ。僕のせつない気持ち、わかってくれるよね」

 

 初めての男性の甘言に陶酔した女性は、三回目来店からはボトルを入れさされたり、フルーツを注文されたりして、靑伝票合計十七万円になってしまった。

「この青伝票は、僕と君とを結ぶ絆のラブレターのようなものだよ」

 もちろん女性は支払い能力がなかった。

 女性とホストが、ホストクラブの経理部門と話し合い、一か月後、地方の風俗店で働くことになってしまった。

 十七万円は返済したが、その後も結局ズルズルといろんな風俗を転々とした挙句の果て、立ちんぼになってしまったというパターンもある。

 そのキャッチした担当ホスト曰く、営業の一貫として

「僕は店からボロい服を着た世間知らずのような、二十歳前後の女性を狙え。

 また風俗に行くと、最初は肌に触れず、ただ話を聞いてやるだけにしてやれ。

 そうすると、風俗嬢はこの人はいい人だと錯覚する」と教育されていたという。

 私は、報道番組の玉〇キャスター曰く、まさにこれが、ホスト商法なのだと痛感させられた。


 立ちんぼは、風俗店の半分の料金である二万くらいから通用するという。

 しかし、不衛生で保護してくれるスタッフもいない極めて危険なパターンである。

 立ちんぼ女性に群がる中年男性が、出没しないうちに保護しなければ、彼女らは警察に検挙される一方である。

 立ちんぼ女性は、排除されるか、検挙されるかどちらかしか道はない。

 どうか、この女性を守るシェルターのような施設があれば救われるのに。

 女性は誰でも、一歩間違えれば立ちんぼ女性になりかねない。

 戦争中がまさに、そうであったように。


 人間の弱さが悪を呼び、悪が悪を呼んでますます大悪に発展していく。

 この頃は、立ちんぼ女性から金銭を巻き上げるヒモのような男性も存在しており、  その心身のストレスから、麻薬に手を出すケースも多い。

 今も昔も、男女共、犯罪のワースト1は麻薬であり、ワースト2が窃盗である。

 麻薬欲しさに、売春が辞められなくなり、そのスパイラルから抜けられなくなってしまうケースが多い。

 そんな悪のスパイラルを防ぐために、私はいつ倒れるかわからない心臓疾患一歩手前を抱えながらも、ニトログリセリンをポケットに忍ばせながら、パトロールに励んでいるのである。


 私には、悲しい事情がもう一つあった。

 今から三年前、私の弟の瑛太は、麻薬中毒の暴走族少年にナイフで刺されたという、陰惨な過去があった。

 弟は軽傷で済んだが、今でもくっきりと、腕に3㎝ほどの傷跡が残っている。

 もちろん、犯人はすぐに捕まり、少年院に入院したが、わずか一年後に退院してからは、保護司と一緒に菓子折りの包みをもって謝罪にやってきた。

 犯人の元暴走族も恵まれない環境で育ってきた、いや生き抜いてきた未成年ということで、私はかすかな同情を感じ、表面上は赦すポーズをとった。

 そうでもしなければ、また新しい犯罪を生むに決まっている。

 もちろん、私の心は納得して赦すことなど、到底できる筈はなかった。


 いつか復讐し、息子と同じ苦しみを味わわせてやると考えていた一年後、二十歳になったばかりの犯人が、今度はドラッグ中毒の中年男に刺されて即死したというニュースが報道されていた。

 私のたった一人の弟を刺した麻薬中毒の元暴走族少年は、今度は自分がまた、同じ目にあって即死したのだった。

 その刺した中年男の犯人は、元暴走族少年の知り合いなのだろうか?

 それとも、近所に住む顔見知り程度なのだろうか?

 後から聞いた話であるが、元暴走族少年は、ナイフ使いの名人、一刺し男などというあだ名をつけられ、反社からも狙われていたという。

 自業自得といってしまえばそれまでだが、私は100%恵まれない環境で育ったその男の生い立ちを知りたいという、興味と好奇心にかられた。


 今日もまた、繁華街をパトロールしていると、女性救済活動をしているという実年男性に出会った。

 初めは、女性の孤独感と弱みに付け込む胡散臭い輩に違いないと、疑いと警戒心をもっていたのであるが、その男性ー野口氏は、真摯に女性を救済することによって、世の中の乱れを失くしていこうと切望しているという。

 旧約聖書のなかで、最初に蛇にだまされて、神から禁じられていた禁断の実を食べたのは、男性アダムではなく女性イブだった。

 蛇も男性ではなく、女性の方がだましやすいと思ったに違いない。

 蛇はイブの耳もとで「この実を食べると、目が開け神のように賢くなれるのですよ」と囁いた。

 今でも人はささやきに弱いし、できたらラクして賢くなりたいという願望をもっている。

 女性イブは、神のいいつけよりも、蛇の誘惑に乗って禁断の実を食べ、そして男性アダムにも勧めた。

 アダムは疑いもなく、イブのいいなりになって、禁断の実を食べてしまった。

 のちに、神からそのことを問われると、

アダムは「僕はイブに唆されて、禁断の実を食べてしまったのです」

 そしてイブも「私は蛇に唆されて食べてしまったのです」と言い訳をした。

 そのときまで、アダムとイブは素裸で過ごしていたが、そのときから恥ずかしくなって陰部を隠し、神の言いつけでエデンの園を追放されることになってしまった。

 

 立ちんぼが増加すると、様々な犯罪の要因にもなる。

 人工中絶、売春あっせん、麻薬、当然未成年もだまされ、知らず知らずのうちに巻き込まれ、後戻りできなくなってしまう。

 

 私はふと、真由ちゃんがそんなものに巻き込まれたらと、妙な被害妄想にかられた。

 いや、犯罪に巻き込まれ、悪の手先となるのは、いつだって平凡な人である。

 人から嫌われるを恐れ、いじめを気にするごくフツーの感覚をもった人が、甘い甘言に誘われ、愛想のいい人を自分を愛してくれる善人だと勘違いし、気がつけば悪党に丸め込まれ、悪党の手先となるケースが多い。

 特に女性の場合、同性から誘われればつい安心して気を許してしまうケースが多い。

 昔、現役高校生から聞いた話であるが、中学のときの同級生から電話がかかってきて「繁華街のお洒落なカフェの面接についていって」と頼まれ、ついていったら、そこはガールズバーであり、一度勤めたらなかなか逃れられなくなるという。


 私は、野口氏とペアになり、パトロールをしようと決めた今、ある女性が野口氏に、手を振りながら駆けてきた。

 目の大きな目鼻立ちのはっきりとした愛くるしい顔立ち、あっ、真由ちゃんに違いない。

 私は思わず駆け寄り

「私のこと、覚えてる? ほら、十五年前昔、隣の部屋に住んでいたお姉ちゃんよ」

 真由ちゃんは、すぐ私のことを気づいたようで、野口氏に

「この人、前に話したでしょう」

 野口氏は

「うちの妻が幼い頃、お世話になったと聞いていたお姉ちゃんですね。

 その節は有難うございました」

と頭を下げた。

 野口氏の隣にいる真由ちゃんは

「お姉ちゃんからもらった消しゴムや絵本は、今でもとってあるのよ。

 しかし、お姉ちゃんが私を覚えてくれていたことが縁で、こうして再会できたのね。

 私のママは結婚したけど、今思えば苦労かけ通しだったな」


 

 

 


 

 

 


 

 

 


 


 

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