一寸法師は闇か光か
すどう零
第1話 立ちんぼをなんとか救助しなきゃ
私は一寸法師のような小さな存在。
しかし、人助けをしたいという願望だけはある。
都会の闇に埋もれようとしている女性を、見殺しにするわけにはならない。
警察に逮捕されるか、世間から排除されるかどちらかである。
この人助けは、闇のなかの一筋の光だと思っている。
北風が吹き荒れる真冬、私ひかるは寒さと闘いながら、心臓の憂いを抱え、パトロールを続けていた。
東京の繁華街のラブホテルの近くに立つ私は、世でいう立ちんぼ、いわゆる売春専門である女性を保護する役割をもつNPO法人の一員である。
残念ながら、立ちんぼ女性がいるかぎり、まるで密に群がる虫のように、いろんな男性が買春目的で声をかける。
ホテルには歩いて二分以内、もっとも手軽な売春方法である。
繁華街の風俗の相場は一度三万円ほど、しかし、立ちんぼの場合はその半額。
しかし、店舗がないので不衛生で、女性に乱暴しても守ってくれる男性スタッフもいない。
だから、性病の毒がまわり、精神疾患になる女性も少なくない。
一度、精神疾患になると、もう風俗以外の職場につくことは至難の業、いや絶望に近い。
風俗に堕ちることを風堕ち、売春に沈むことを泡沈めというが、まさにその通りである。
現在のところ、立ちんぼは世間から排除されるか、警察に逮捕されるしか道がないのが事実である。
しかし、シェルターのような施設をつくり、救う手立てはないものかと願うばかりである。
女性は、一歩間違えれば誰でも、そうなる危険性があるのは昔からの周知の事実である。
戦争中はそういった女性が、多く存在したという。
ということは、麻薬の増加といい、日本の心は戦争に近づいているのだろうかと危惧することもある。
なかにはコロナ渦で、風俗店を解雇された女性もいる。
一昔前、NHKの朝の番組では、いわゆるシングルマザーの最後のセーフティーネットが寮と託児所完備のある、風俗店だと紹介されていた。
出演者女性全員は、なんともいえない暗い沈んだ雰囲気に包まれた。
とうとう、ベテラン俳優の内藤氏が、その沈黙を打ち破るように
「その前にもっと声をあげてほしい」と言ったが、そのすぐ後に、反論ファックスが寄せられた。
「私は親戚に救いを求めたが、誰も面倒をみてくれませんでした。
もっとも私は当時、若くてアイドル的容姿だったので、風俗の世界ではナンバー1であり、稼がせてもらいましたが、現在の不況ではそういうわけにはいきません」
という絶望的な意見が寄せられるばかりであった。
私は生まれつき心臓が弱く、心臓弁膜症一歩手前である。
心臓病は、本人の意志とは関係なしに、心臓ドキドキバクバクするので、日常生活には気をつけねばならない。
だから私は、飲酒喫煙はしない。
特に、喫煙者は還暦を過ぎてからは、甲状腺をやられたり、バセドウ病から、心筋梗塞に発展する場合が多い。
昨日まで「もういい加減、タバコやめなきゃと思うが、やめられないわ」と談笑していた筋肉質の女性が、翌日、ポックリ死することもある。
人の寿命は、誰にもわからないと痛感させられた。
今年は夏から秋を飛び越えて、冬の寒さが肌にしみる季節である。
それでも私は夕方から六時間、パトロールを続けている。
立ちんぼ女性がドラッグ漬けにならないよう、見張っているつもりである。
残念ながら、立ちんぼ女性のなかには、性病の毒が脳に回り、いきなり奇声を発したりするので、いわゆる昼間の職業にはつきにくいのが現状である。
かといって、そういった女性を野放しにするわけにもいかない。
なんとか今の段階で、食い止めなければならない。
人間、いや女性は、一歩いや半歩、道を間違えただけで、誰でもそうなる危険性があるのだから。
まあ、しかし女性受刑者というのは、全員が男絡み、半数は既婚者でもある。
私、ひかるはギリギリ若者といわれる年齢、まあ現代だから若者だけど、やはり十代から見たらおばさんでしかないが。
昔はこれでも世間でいうお嬢様だった。
有名女子大を卒業し、商社勤めをしていたとき、得意先のエリート男性から見染められて結婚したの。
ここまでは、ハッピーエンド人生をおくる筈だった。
でも、学歴が通用するのは三十代まで。
むしろ、高学歴の人ほど仕事ができて当たり前という妙な誤解をされ、過度の期待をかけられる。
それについていける人はそう問題はないが、メンタルの弱い人はその期待に押しつぶされてしまう。
元旦那は、一流企業から三十代のとき、中小企業に転職した。
しかし、なぜか先輩からの「君は頭がいいだろう」などという妙な偏見のせいで、あまり仕事を教えてもらなかったりした。
そういった先輩に限って、高卒の社員には手取り足取り懇切丁寧に教えたりするものだった。
役に立たなくなってしまった、一流大学という金看板。
苦労知らずの元旦那は、メンタルが崩れていった。
元旦那は、それを紛らわせるために、ギャンブルに走り始めたのである。
努力家であることが最大の長所であるが、人から批判されると落ち込み、あるときははらわたが煮えくり返るほどプライドが高かった元旦那は、ギャンブルという刺激に身を任せるしかなかった。
しかしギャンブルは、いやギャンブルだけは、いくら努力し雑誌を読んで研究しても、成功することはなかった。
前頭葉の働きで、ギャンブルの刺激から逃れることのできなかった元旦那を、私は殴ってしまったので仰向けにひっくり返った。
そのときなんと「殴ってくれて有難う。これでギャンブルから逃れられそうだ」とは言ったものの、二日後にはまたギャンブルに復帰した。
まさにのど元過ぎれば熱さを忘れるであって、元の木阿弥に戻ってしまった。
もうこれは、いくらガマンしても時間の無駄である。
このままではダメだ。私までメンタルが壊れてしまう。
私は、レジのパートを始めたが、なんと元旦那は私の給料をギャンブルに使うことを狙っているようだった。
私は離婚を決意し、元旦那もそれに応じた。
「俺は、もう君までもギャンブルの犠牲にさせたくない。
離婚することが、今までの君に対する最大の恩返しだ」
涙を流しながら、離婚届けに判を押した主人に対し、依存症に取り付かれた哀れな人だと、同情を感じたと同時に、私は間違っても依存症にはならないと決意した。
これからの人生は、人のために生きていこうと決心したのである。
それが心臓病一歩手前に残された、神の道なのかもしれない。
私は過去を振り返ってみた。
目を閉じれば、十五年昔に知り合ったマンションの隣に住んでいた当時五歳の養女を思い出していた。
無邪気で私をお姉ちゃんと甘え、手を振ってくれていた幼稚園には通っていなかった真由ちゃん。
真由ちゃんの母親はシングルマザーで当時、繁華街のラウンジの雇われママをしていた。
仕事上、帰宅するのはいつも午前二時である。
しかし、真由ちゃんはガレージをうろうろするので、いつも管理人の女性から叱られていた。
母親から「管理人から文句言われないようにして」と怒鳴りつける声と真由ちゃんの泣き声が、ドア越しに伝わってくるのだった。
ある日、私は真由ちゃんを部屋に呼び入れ、パソコンで名前を書く方法を教えた。
当時の真由ちゃんはひらがなしか書けなかったが、私はパソコンで漢字を教えた。
「お姉ちゃん、来てえ」と私を頼りにしてきた。
真由ちゃんは、私の胸を軽くさわった。
母親と同じように思っているのかもしれない。
半年後、私は引っ越すことになったが、私の母校に入学した真由ちゃんに会いにいった。
教室には、生徒の願いが書いてあった。
真由ちゃんは、教室の後ろの壁に貼っていたプリントを指さした。
「お姉ちゃんと仲良くできますように。お母さんが怒りませんように 真由」とたどたどしい自筆で書かれてあった。
私は真由ちゃんの写真を撮った。
目がクルクルとして、まるで、天使のような無邪気な笑顔。
まるで宝物のように、私は部屋に飾ることにした。
あれから十五年、真由ちゃんは今、どこにいてどうしているのかな?
なにがあっても、健やかに生きてほしい。
私はどんなことがあっても、真由ちゃんの写真を見るたびに、ほがらかな心になるのだった。
私は生まれつき、心臓病一歩手前状態なので、無理はできないし、飲酒を楽しむことさえできない。
だからこそ、いつ死んでも悔いのない生き方をしようと思っているので、立ちんぼを救うNPO法人に入会したというわけである。
やはり人間は、自分だけのエゴイズムに生きるより、人に感謝されたり、苦しんでいる人をなんとか救うために生きた方が、喜びを得られる。
しかし苦しんでいる人に限って、這い上がりは難しいし、感謝どころか「嫌いだ」と言われることもある。
まあ、そういった人は残念ながら、性病などで頭がいかれているケースが多いが。
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