第11話 熱量変換の使い方
ノクスが気がつくと即席のベッドに寝かされていて、横にはスイが座っていた。グアとルフは、今度は熱量変換による攻撃を連続でやるという数重視の訓練を行っているようだった。
「まだじっとしていなさい。大丈夫よ。熱量変換の初回なんてそんなもの。初めてにしては凄く頑張ったわね」
体を起こしたノクスに暖かい風が吹く。
「本当?」
「嘘なんかつかないわ。安心なさい」
「良かった」
ノクスは重い頭を揺らしながら、金色の長髪が毛布から伸びる。グアとルフの訓練の様子を見て、単純に美しい魂の使い方だと思った。
邪な感情が完全にないとは言えない。しかしながら、生み出されるエネルギーが清流に指向性を持って、目標物めがけて放たれる。ノクスが起こしたような大爆発ではない。銃での撃ち合いに近いと感じた。
「ステージⅣは確かに理論上だけだったね」
「そういうことよ。要は使い方次第ってわけね」
ノクスは火力の出し方は理解した。あとはどのようにエネルギーに指向性を持たせるかの問題だ。
しかしながらこれが難しい。特にノクスに限ってはリアニマの指向性が複数ある状態だ。リアニマの指向性の一つだけに集中する必要があるために、変換熱が出てショートする可能性が他の人より格段に高い。何より、ノクスはここがスタートだ。グアやルフに追いつくにはそれ相応の努力が不可欠である。
それを理解しながらも、フラフラとノクスは立ち上がる。
有利な点もある。魂の揺らぎが分かるノクスにとって、模倣は他の人よりも分がある。何よりリアニマのステージが高い。加えてノクスの中でも一番親和性が高いのが水銀だ。
ノクスはエネルギーを練って、掌に水銀の球体を出現させる。
「ノクス? まだ寝てて良いのよ」
「見てて、スイ。コツを掴んだ気がするから」
腕を上げてそれを天空に浮かべ膨れあがらせる。練って練って練って大きくする。指向性を回転させて中心から発散させながら大きくする。自分の限界まで大きくして、それをコンクリート塊に放つ。
爆音と共にコンクリートは粉々に破壊されて、銀色に染まった。
スイはノクスを頭の変換熱を確認するが、先ほどよりも熱くない。手は特に熱を感じなかった。
「おぉ凄いわね」
ノクスは立ちくらんだ。変換熱による熱中症ではない。ではなぜ、と考えているうちに足元が揺らぐ。
「ふあぁ」
ノクスの意識が薄れて眠気に襲われる。頭が熱いわけじゃない。それでも体は傾いていく。
「あれれ、おかしい、な」
倒れゆく緑色の眼の金髪の毛玉をスイの胸が受け止めた。包容力のある赤い眼がノクスを捉える。
「ふふふ。リアニマは生優しいものじゃないわよ。勿論対価が必要。体力を使うようなもの。正確には、魂由来のエネルギーの変換総量はある程度決まっているの。今日は文字通り座って二人の訓練を見てなさい。解説もするから。あとこれ。絶対やらかすと思ってたから、飲みなさいな」
スイはカフェインのチューブ飲料をノクスに渡した。ノクスはゴクリと飲み干してちゃんとお礼を言う。
「予想されてたんだ。すごいね、スイ、ありがと。頭がクーンって爽快になるね」
ノクスの瑞々しい笑顔に、美少女にしか見えない笑顔に、感情表現豊かな挙動に、スイは複雑な気持ちになる。
「可愛い」と思うのは取り敢えずいいとして、両性具有としてどう扱えばいいのか頭がバグる。強さを求めるのは男の子の性質が出ているとして、一つ一つの細やかな挙動と容貌は完全に女の子のそれなのだ。両性具有故か声は中性的である。
男まさりなウェルに対する感情とも異なる感情にスイは支配されていた。
「スイ、悩んでる?」
気づいたら頭に手を置いて熟孝していたスイに上目遣いのノクスの美貌が襲いかかる。スイの頭はさらに混沌に陥った。
「くはっ。……そう、ね。色々と、ね」
まさか知恵熱で熱中症になりかけるとは、と思っていると天啓が降りてくる。「ノクスは性別:『ノクス』」なのだと。大体、両性具有なのだ。男女どっちの性別かなんて考える方が間違っていたのかもしれない。
「準備はできたかしら? 解説するわよ」
結論は出た。悩みは解決された。どう扱っていくかは置いておいて。スイは取り敢えず少佐としての責務を果たすことにした。
「うん」
「じゃあ、まずグアを見てみましょう」
自身の周りを虫のように動き回る小型ドローンをなるべく視界に入れるために、グアは首を動かし眼を回す。
ドローンから黒色のバルーンが生成される。それがグアの視界に入った一閃の瞬間に、自身の掌にエネルギーを炎を変換させて放射する。そしてそれが幾度となく繰り返される。空間に赤い直線が生成され続けていた。
「すごいね」
「グアは恐ろしく変換効率と変換速度が速いわ。グアがノクスのように自身のリアニマの球体、つまりは炎の塊を作り出そうとしたら一秒もかからないでしょうね」
――美しい。燃やすことに特化してる。
ノクスはグアとの差をまじまじと見る。自分にはない肉体の反応速度、変換効率・変換速度で以って、先ほどの偉そうな口ぶりを正当化させている。
「加えて、肉体の動きも洗練されているのよ。あんなに体も動かしているのに汗もそこまでかかないのだから。近接戦闘なら私でも勝てないかもしれないわね」
「スイでも勝てないの?」
「そうね。私は近接戦闘苦手なのよ。しかもそこだけに限ればグアは多分ローの次に二位」
「ロー強すぎない?」
「あいつに欠点を求める方が間違いだわ」
正確にはノクスではないが、もう三度も殺されている相手だ。四度目には見逃されたが、得体が知れなさすぎて行動原理がノクスには理解できない。
最悪、ローは敵になる。ノクスには、それに対抗する力がいるのだ。
「次にルフを見てみましょう」
ルフの周りにも小型ドローンが飛び回っている。ドローンがバルーンを生成した瞬間に破壊するのは同じ。反応速度分遅いまである。
しかしながら過程が異なっていた。ルフの頭上に回る百個超の小さな水の球体、それがバルーンに打ち出されていく。打ち出されていくのと同時に生成することで球数は維持されている。破裂、破裂、破裂。
おそらくバルーンの処理能力だけで言うならグア以上だとノクスは悟る。
「ルフは物質化ができるの。ノクスが行ったのは具現化で少し違うのだけれど、現実に起こることはそこまで変わらないから見習うといいわよ」
そこも重要かも知れないが「問題は物質化や具現化の違いじゃない」とノクスは確信する。
「何よりあそこまでの指向性のコントロールと空間把握能力は常軌を逸しているわね。まぁ、これと同じ様なことは私でも可能よ。中遠距離の二位は私だもの」
「一位はローか」
ノクスのその言葉には憤怒が少しだけ籠っていた。語尾が強くなってしまうほどには。
「ふふ、そうよ。でも、どうして怒っているのかしら?」
すぐにでもその憤怒はノクスの魂に仕舞われて影も形もなくなる。
「強さへの嫉妬……かな?」
本音の一部でお茶を濁すことによって、ノクスはことなきを得る。
哲学的な会話の流れがここまで役に立つとは思いもよらなかった。
「生命の特徴ね。元気で何よりだわ。二人とも凄すぎて弱っちゃうかも、なんて思ってたけど早とちりだったわね」
「それでも、僕は二人を超えるよ」
何もかもを吸い込まんとする眼の漆黒の瞳孔が、ノクスの美しい容貌を少し濁らせる。
「……やる気なのはいいことだわ。じゃあ詳細説明といきましょうか」
「うん!」
「まずグアの変換効率・変換速度を得るには単純。繰り返し行うこと。これ以外にないわ。グアの場合は感覚を相当いい風に掴んでいるのが理由よ。ノクスも寝て体力もある程度回復しただろうから、少しなら掌に具現化をすることくらいなら大丈夫だと思うわよ」
ノクスは掌に水銀の球体が出現させて、それを熱量吸収する。繰り返して繰り返して繰り返す。
「わかりやすわね。完全に凝視してる」
ノクスはハッと思った。確かにグアやルフはバルーンを見ていた。ノクスは見ながらでないと変換したエネルギーの指向性を操りきれない。
「二人とも凄いね」
ノクスに与えられたものは希少価値の高いものだ。それはノクス自身も理解してきている。しかしながら、努力というものはそれに勝る方法なのだと強く心を打たれた。
「頑張らないと。グアとルフ、スイにも追いつくための努力の仕方を教えて」
「勿論いいわ。そしてまた受け売りだけど、『努力は惜しまないこと。その旅路に人間としての大切な要素が詰まっているから』」
――人間として、大切な要素、ね。
「ということで兎にも角にも努力ね。まずはルフのように変換したエネルギーに指向性を持たせてみましょう」
スイはチョーカーで大量の粒子を生成し、それらを一つの流動的な物体として大きな球体を形作る。
「これが球体ね。それでこれの指向性は、半分に切れば可視化できるの」
スイは指向性の巧みな操作で球状の物体を縦に切った半球にして、その動きを見やすいようにした。下部中心には上昇気流、上部にはそれらを抑え、弧を描きながら下へと送る気流が形成されている。
「次にこれを打ち出すんだけど、なるべくゆっくりにやるけど、結構速いから見逃さないでね」
半球がぐにゃりと楕円になる。それにつれて気流の向きが段々と進行方向へと変わっていき、最終的には全てが直線になって打ち出された。
「こんな感じね」
とスイは鼻を鳴らす。それもそのはず。まさに曲芸。本当に魅せるためだけの技であった。これだけに限ればローにも真似ができないものである。そんな技に対し、ノクスはあまりの感動に口が空いたままになっていた。
――こんなの、無理じゃない?
「これを真似するの?」
「真似をする必要はないわ。ルフのやっていたことの解説だもの。それにね、この方法にも欠点はあるのよ。現状はルフの方がバルーンの処理速度が速いけれども、長時間をやる前提ならグアの方が処理速度が速くなるわ」
「考えることが多いから?」
「そうよ。ある程度パターン化して覚えているにしても、球体を生成して維持して、それを頭の上で回転させて、打ち出す。相当な脳の処理能力が要求されるわ」
ノクスは先ほどのスイの解説を思い出しながら、自分で再現可能か考える。
――生成は……多分、可能だと思う。維持は難しそう。空間把握能力が多分足らないよね。そこから打ち出すために指向性までいじるとなると……
「どっちかというとノクスはグアみたいなタイプかも知れないからそこまで考える必要ないわよ」
ポンポン、とスイに頭を叩かれる。心の内で色々考えていたが、現実に引き戻された。
「スプライサーによる熱量変換らへんは完全に論理的なわけではないの。ある程度想像力によっても左右されるわ」
自信満々なままなスイは、スイ視点なぜか異常に悩んでいるノクスを包み込む。
「とりあえず自分がどういう指向性を持った魂かわからないと、考えても意味はそんなにないわ。獣のような素早さを持つグアタイプ、指向性を持たせやすいルフタイプ、なんでもできちゃうロータイプ。まだ知って一日目。焦りすぎてもだめよ」
――ロー強すぎでしょ。
ノクスはローに対しツッコミを入れながら気持ちを落ち着かせる。
「スイの部下は凄いんだね」
「そうね。二人とも実力で言えばちゃんと将校試験を受けていいはずなんだけど、」(性格が、ね)
スイの心のこもった小言はノクスの声にかき消される。
「しょうこうしけん?」
「将校という部下を持つ立場になるための試験ね。ノクスもまぁ受けてみてもいいんじゃないかしら? 受かる受からない関係なく、リアニマの使い方を学べるいい機会よ」
「僕なんかが出ていいの?」
ノクスからは当然の意見が出る。ノクスからすると生まれて二日目であり、その他からすると保護下の子供である。客観視、なんならノクス視点ですら、そもそも軍に入っている方がおかしいのだ。
「将校はリーダーとしての資質が必要だから、ある程度部下役として兵曹も参加義務があるの。ノクスはその枠に捩じ込むわ」
あっさりと権限を濫用するスイにノクスは微笑みをこぼす。
「僕は恵まれているね」
(恵まれるべきなのよ。だって恵まれて来なかったんだから)
スイの小声はノクスには届かなかった。だが、ノクスは不自然なスイの魂の揺らぎを感じた。
――僕とスイの間には何か重要な関係性がある。だって、僕に何かしてあげる気持ちになるなんて、おかしなことなんだ。
ノクスの自己肯定感は致命的に低い。前世が関係していることだが、今のノクスに知る由はない。
「でも、問題があるのよね。一個だけ。でも特別大きな」
ノクスが不思議そうに頭を傾けると、スイは横目になって口を開く。
「実は、明日なのよ。将校試験」
「じゃあ出れないんじゃない?」
ノクスの当然の疑問を前に、スイは頭をかきながら言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「出れる、というかどうあれ出させられる気がするのよ。ローってそう言うところあるから」
「確かにありそう。他の人にも迷惑をかけない様に、なおさら頑張らないとね!」
夕刻まで訓練は続き、グアとルフが帰る頃には、ノクスは疲れ果てて眠りに入ってしまう。スイはノクスを抱き抱えて自らのドローンへに入り、ノクスをベッドに寝かした。
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