第10話 生けよ。眠れよ。淡き星たち。

 待ち合わせの場所は地獄と居住地域を隔てる城壁の上。城壁はとことん白く、広く、長い。777mの広さを誇り、長さは東西の逆方向を見てやっと直線でないことを知れるほどだ。

 その西部の上に四人が揃う。ノクスとスイの前には、子供ながら軍服を着揃えた男女が待っていた。

「おはよう二人とも」

「ノクスです。よろしくお願いします」

 新しく会う二人にノクスはちゃんとしたお辞儀をし、挨拶をした。

「グアだ。強ぇんだろな?」

 10歳程度なのにも関わらずガラついた声で威嚇する少年はグア。猛る炎のような赤髪を携えて、軍服のポケットに手を突っ込みながら歩み寄ってくる。最終的にはノクスに赤い眼でメンチを切った。

「よろしくお願いします。強さの方は、多分そこそこかと」

「嘘言うなよ、三下ァ。ローからの直々の推薦っつー確かな情報があんだからな。大体、直接スイ少佐の教育部門に入るっつーのでさえ、お前は特別なんだ。だからよォコフッ」

 ――特別。

 ノクスは言い方に関しては気に入らなかったものの、初めて特別だと言う実感をくれたグアに感謝さえあった。

「ルフでぇす」

 上目遣いながらノクスのことを睨む少女はルフ。左右で黒と藍というツートンカラーの髪色で、前髪と後ろ髪でのダブルツインテールをうねらせている。同じような展開で、青色の眼と共にノクスに迫る。

「せんぱぁい、この子、目がなんかぁ『先輩』に見せるものじゃないっていうかぁヘアッ」

 グアとルフにはスイ少佐から制裁を加えられた。

「グア、社会礼儀ではノクスに大敗ね。やるなら休憩時間にやりなさい。ルフ、ノクスはこれから同僚である兵曹になるの。それと私は少佐と呼びなさい」

 スイはそれぞれに刺さるように理論的に叱る。いつものことだが、ずっとそのままでも困りものだ。

「へぁい/はぁい」

 それぞれの対応は怒られ慣れている感じで、受け流されているのがスイは少し残念ではあった。だが「歳を考えれば当然か」とも思う。何せ10歳だ。ノクスの外見年齢と変わらない。ノクスがおとなしすぎるまであるのだ。

 パン、とスイが手を鳴らし、再開の鐘の音が鳴る。

「今日も熱量変換の火力操作と熱処理の訓練ね」

 スイが合図することによって城壁の上に、100m四方のコンクリートの塊が出現した。

「グアとルフはもう何度もやってるからお手本よろしくね。まずグアから」

「承知したぜ」

 グアのリアニマは『炎』。臨界深度は参の物質共鳴系である。煮えたぎる炎を手の内に、拳にこめて壁に放つ。

「死ねやァ!」

 ――死ね⁉︎

 四人は轟音に飲み込まれる。コンクリートは大きくひび割れて、割れ目から炎が漏れて、そしてコンクリートが溶けている。拳が当たったところなんかは完全に溶けて赤熱しており、白い城壁を液体コンクリートが赤く染めていた。

「はい、ここで確認。ノクス、グアの頭を触ってみて」

 ノクスはお辞儀のちグアの頭を触る。あれだけの火力を放ったのに頭自体は平熱程度であった。

「次に拳も。お願いね、グア」

「あぁってるよ」

 ノクスはグアの掌を触る。今度はちゃんと熱い。100m四方のコンクリートを破壊したのだ。それだけの火力かと言われるとそうではない。例えるなら、熱い風呂くらいなものであった。

「ちょっと熱い」

「グアのリアニマは単純明快で火力に直結するの。だから、頭にかかる負担は最小限だったはずよ。知恵熱とは少し違うのだけれど、手順的には同じ。感情を込めて熱量変換をすると、攻撃部位と脳味噌が熱くなる。変換熱や神性と言うの。グアの場合、攻撃部位はまだ修行不足ね。完全にエネルギーを変換できると戦場で活動できる時間が大きく変わるのよ。少しの差と思わない方がいいわ。戦場ではこれを何度も行う。変換効率は良くて困ることはないの」

「不合格か?」と不満顔のグア。

「勿論、及第点ではあるわよ。ここまでの火力が出ている時点で戦力にはなる。雑魚処理くらいなら重宝されるくらいよ。今度はルフ、お願いね」

 スイが合図すると逆方向にコンクリート塊が出現する。

 ルフの臨界深度は同じく参の『海』である。

 ルフの掌に水の球体が出現して形状を変えている。剣に形状固定してそれを握り、斬撃でコンクリートを一刀両断した。

「ノクス、頭と手を確認してみて」

 ノクスはまたお辞儀をしてから触る。今度は頭は少し暖かくなっていて、逆に手は冷たい。

「あまり触らないで下さぁい」

 ルフはノクスがお辞儀をしたとしても、ノクスへの負の感情は無くならなかったようだ。冷たい言葉がノクスの耳に刺さる。

「ルフの場合は直接火力になるわけじゃないから、工夫する必要があるの。だからどうしても脳の変換熱が大きくなっちゃうわけね。でも凄いわよ。戦闘向きのリアニマじゃないのに」

「ありがとうございまぁす、少佐」

 ノクスへの態度の悪さの代わりにスイには異常に寛容だ。好感度を考えれば当然のことではあるが、子供はわかりやすいものである。

「次はノクスもやってみなさい」

 スイがそう言い終わる頃には、コンクリートの残骸たちは城壁へと熱量吸収させてあり、新たなコンクリートの塊が出現していた。

「最初はただ感情のまま殴るだけで良いわ」

 ――多分、色々考え過ぎると変換熱で熱中症になっちゃう。拳に込め過ぎても反動が制御しきれない。だとしても、二人にスイへので負けたくない。

 ノクスは勢いよく返事をして、コンクリートの前に立つ。右腕を下に下げて重心を右に寄せて力を貯める。感情を練る。別の世界状態からの感情たちも全て合わせて、拳を放つ。

 そして、それを放出した――。

 爆音に支配される。グアよりも粉々に、ルフよりもバッサリとコンクリートは破壊された。

 ノクスは立ちくらむ。腕に関しては水銀となって溶けている。血を吐いてその場に膝をついた。

 腕は元に戻るが、頭は異常に熱い。何より全身から血が吹き出すかのような痛みに襲われていた。

 そして、気を失って、白い城壁が金色に彩られる。

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