二章 将校試験編
第12話 試験前の静けさ
静寂のドローの中、スイの抜けた声が少しばかり響く。
「んぁ……」
ノクスの教材作りに疲れたスイはうたた寝をしていた。
しかしながらそれは、時差酔いのような不思議な感覚によってスイは目覚める。
目を開けると通知があったためか、それが元凶と判断する。
その六月六日午前六時の通達によってスイは息を呑んだ。
「今回はそうなるのね」
将校試験の運営も含めた参加者は当日に自分の仕事が言い渡される。
スイの場合はノクスと一緒に「敵いようのない怪物」の役であった。それはつまり実践で言うところの退避案件の怪物。ローが来るまで自らは報告して、なるべく生き残り撤退する対象。
しかしながら今回は試験だ。
試験の参加者はまず、試験官・受験者・部下役に分けられる。
受験者は一人の指揮官となり三人の部下を連れてフォーマンセルとなる。
会場はフィーアナイトメアの跡地である北部のエリア一帯だ。
巨大な廃墟の街一つに放たれるのは、ルインダー役の士官と戦闘用自立型ロボ。
スケールという大きさ別でそれぞれ数や試験官が決められており、スケール4がスイとノクスの一組であり、スケール3・2・1はロボが担当する。3・2・1のロボの数は、それぞれ4・16・256体だ。
これらを犠牲を最小限に倒していくのが受験者の大まかな試験内容である。
また、スケールはステージと対応している。1・2・3……と続き、生物級・施設級・丘陵級の大きさであり、その大きさのルインダーを殺せるのが対応するステージの人間だ。
「嫌な予感しかいなわ……特にグアとルフ、こっちに来るでしょ、多分。はぁぁぁぁあぁぁ」
椅子に座って机に突っ伏しているスイは項垂れながら、ため息をつく。
今回の配置を決めたのはローだろう。いつも通りの権限濫用は良いとしても、おそらくグアとルフがスイの場所に来ることまで考えて配置を行っている。スイはそう確信した。
スイとノクスは中央あたりに配置され、グアは西端でルフは東端である。「そこまでにノクスを育てておけ」というローの言葉までスイは理解した。
「そういうことよね」
スイのため息は止まることを知らない。それもそうだ。スイからすれば新人の子を一日で戦場に出せるくらいのリアニマの熟練度にしろ、と言われているのと同義である。
ノクスの場合はそこそこ最初からできており、飲み込みが良い。だが、ノクスが理論的に熱量変換をちゃんと使うのは、スイ視点からしても昨日が初めてであった。
手癖でリアニマを使うのと理論立てて使うのでは、リアニマの習熟度が全く異なる。要は誰しも訓練が必要なのだ。
もしかしなくてもローは色々例外の権化のために異なるかもしれないが、スイやノクスにまでそれを求めるのは酷というものである。
「ノクスのためにまた教材を作っておかないと」
スイは未来が少しでも良くなるようにと努力をする。
ローがそう示したのだ。「出来得る可能性が存在する」と言っているとも受け取れる。
それならば、スイは期待に応える他ない。それがマルクトの軍人の義務なのだ。
しかしながら、スイはそう簡単に納得できずにいる。それはロー視点だと、ノクスが軍人として大成することが見えているようなものだ。
スイの求めるのは安寧。いっそ二人で駆け落ちなどでもいいとすら思っている。それほどまでにスイはノクスの軍人化に消極的だ。
しかしながら、スイもノクスが持っている強くなることへの性急さを感じ取っている。理由まではわからない。
だが教えてあげるべきなのか何が正解なのかと考えながら、スイは教材を作る。その中で指が止まった。
そして、スイはノクスへの最初の感情を思い出した。――育ての親になる。
「親になるのなら応えてあげないとよね」
儚い言の葉がたなびいた。
黄昏の朝が来る。チョーカーから頭に直接鳴らされるアラームによって、金髪の毛玉は起き上がる。
ノクスは腕を十字に伸ばして日常を噛み締めていた。訓練へのやる気いっぱいで起き上がって、机に開いてあったチューブ飲料を飲み干す。
「今日も元気そうで何よりだわ」
スイの美しい眼がノクスを捉えていた。その表情は非常に包容力が高く、今にでも甘えたくなるほどである。
しかしながらノクスにはスイを守るという使命がある。今にでも訓練をしようと準備運動中のノクスにスイの声がかかる。
「気分のいい朝のところ申し訳ないんだけど……なんと将校試験が私たち二人でペアになって、ルインダー陣営に就くこととなったわ。……つまり試験官側ね」
「僕が試験官?」
ノクスの目が点になる。将校試験を受けるのでさえコネの力様様なのに、それに加えて試験官ときたものだ。はっきり言って異常だ。それと同時にノクスはこんな荒唐無稽なことをするのはローであると確信する。
ノクスの目が据わる。避けようのない未来だ。ならば全身全霊を以って努力する他ない。
――頑張るしかないってことだね。もちろんそのつもり。
「スイ、間に合うギリギリまで強くして」
「もちろんよ。先に現地入りして訓練をするわ」
どっちつかずのスイはもう居ない。親としてちゃんと強くしてあげることこそ、やるべきことだとスイ自身も確信している。
ドローンから降りるともう試験会場であり、同時にスイとノクスが最初に出会ったところでもあった。
「なんの因果かしらね」
ノクスは気づいていないらしく頭に疑問符がついている。その間も具現化と吸収を繰り返す訓練を歩きながらしていた。
「ともかく、最低限受験者にステージⅣということを知らしめるくらいの威力が欲しいわね。変換効率はどのくらいかしら? チョーカー、命令:少佐、対象:ノクス、表示値=変換効率」
『ノクスの変換効率指数は最大−14を観測済み。平均指数−16』
ノクスのチョーカーが光り、少し後に機械音声が流れた。
「え? 成長しすぎじゃない?」
『先ほどからの変換時に観測しました。睡眠学習と判断されます』
「僕ってすごいの?」
「これなら実践練習しても問題ないレベルだわ。つぐづく思うけど才能の塊ね」
――違うよ、スイ。これは多分借り物の力。今からノクスとしての力を発揮しなきゃいけないんだ。
ノクスは基本的に卑屈だ。それは自分の力の源泉が、完全には自身由来では無いことをある程度悟っている。なぜなら、そうじゃないと説明つかないほどにできることが多すぎるからである。
「とりあえず努力しなきゃよね。グアとルフを超えるのでしょう?」
スイの魂の揺らぎが減っていたことにノクスは確信した。スイは何かの悩みから解放された。それに応えるようにノクスの瞳孔が黒く光る。
「僕はそのために。頑張るから」
――そのためだけに生きているんだ。彼らが敵の可能性がある限り。
「そこらへんに水銀弾を撃ってみなさいな。不格好でもいい。今日は火力のみを追求してみましょう」
――想像力。それは散々してきた。あの悍ましい怪物を殺すために。それからスイを守るために。
ノクスは右腕を広げる。その後ろの空間が地面と直角の平面状に歪む。手のひらサイズの球体を千と具現化させて、指向性を持たせてゆく。螺旋状に回転させて針状にしながら、エネルギーを貯める。それを、発射した――。
轟音が渦巻き、スケール2のロボどもが蜂の巣になって散乱する。白い地面と建物が銀色に染まった。
ノクスの胸が鼓動を速める。頭も熱い。だけど、それは心象を現実に侵蝕させた幸福感だ。
「スイ。どうかな?」
後光が差しているかのようなノクスの成長ぶりにスイは恐れ慄く。スイがこのように戦慄したのは二回目だ。一回目はあまりにも英雄として極まったローに対してである。
「想像以上よ。これなら二人にも戦いにはなるわね。もっと洗練していくわよ。この際、ここで超えちゃいましょう!」
このノクスの軍人としての一歩は大きかった。
ノクスの熱量変換の訓練は順調に進んだ。ノクスの熱量変換はより変換速度を速く、より変換効率を高く、より火力を増してゆく。
しかしながらノクスの顔は浮かばない。それは、朝に起きた時差酔いのせいだった。スイは時差酔いで済んだが、ノクスは多量の混沌とした感情に襲われていた。
それに加えてリアニマの使い方が飛躍的に上達している。理由を探すが、思い当たる節は一つしかない。
「世界は重縮する」という使徒の言葉。それがどうしても頭から離れなかった。不安に駆られるが、やれることが訓練ぐらいしかない。ノクスは邪念を払うように訓練に集中した。
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