第41話 第五次大規模侵攻 破・下
現在の前線は維持状態にあり、サイドのそれぞれの人たちが反復横跳びのような軌道で維持している。
低スケールの討伐隊、高スケールの陽動隊、そして高スケールを狩るステージⅣたちが存在している。
ステージⅣたちが高スケールを殺した大地にて低スケール討伐隊が活躍し、高スケールが来たタイミングで陽動隊が時間を稼ぐ。これを繰り返している状態だ。
中央西部はゼーンズフトで研究中ということで前線にはウェルしかいない。代わりに低スケールまでまとめて殺せる点は良い点である。
そんな場に音速を超えたスピードでノクスが辿り着く。
「飛んで火に入る夏の虫だ。なんて幸運なんだろうか、俺は」
視覚で確認した後にくるソニックウェーブがウェルの短髪の青髪を揺らす。
ウェルの直上にはドローンが空中で停止しており、三つの管が樹木のようにウェルのチョーカーに繋がっている。
「シュナプスイデーだろ」
憤怒の感情を撒き散らしながら、ノクスは軽蔑の眼をウェルに向ける。
「なんだそれ。ゼーンズフトなら知っているが、これは悪夢を見せるだけの代物だぞ」
――なんでローは気づかなかった? まあいい。
「それを寄越せ」
「いやに殺気立っているな、ノクス。もちろんだとも。そも浴びせるつもりだったからな」
空中にゼーンズフトが散布された。しかしながら、ノクスは避けない。ステージⅣのノクスには透明な何かにしか見えなかった。しかしながら、ノクスの眼には別の何かも認識する。
――これは、悪夢だ。全部、僕が、取り込まないと。僕だけで閉じなきゃいけないんだ。スイのために。もうあんなの経験して欲しくない。
ゼーンズフトはノクスを求心される形で取り込まれていく。それでもノクスは悪夢を見なかった。
「なるほど。流石生みの親と言ったところか。反応が違う。とりあえず昏睡状態にさせてもらう」
ウェルには赤紫色の物質が取り込むように見えていた。他の非検体では吸引させてやっと反応していたのに、ノクスには取り込まれている。
これはやっぱりゼーンズフト自体がノクスのリアニマが発想の物質の故か、と結論付ける。
先制攻撃はノクスから始まった。まずは様子見も兼ねてノクスは水銀弾の無数の弾幕を張る。
ウェルは触手の波で防御かつそのまま攻撃する。空からは炎の鞭を垂らして移動制御を行う。
ノクスはそれら全てを歪な竜の悪夢で飲み込んだ。
ノクスは相手がグアとルフを使用、つまりステージが最大でもⅢであることを確信した瞬間に、触手の波と一緒に直上のドローンを攻撃範囲に入れた。
ドローンと一緒にウェルは吹き飛ばされ、右半身を喪失している。繋がれた管は飛び散って散乱した。
「お前、それ他人のだろ。力も、リアニマも、何より悪夢も、さあ!」
今にもモノリス化しそうなウェルの横にノクスは着地した。
「科学とはそういうものだ。人類全体でどこまで進んだかの方が優先される」
「だけど、悪意、出てただろ」
ノクスに通常時の朗らかな声色は存在しない。
「そうだった。君も第六感持ちだったな。それは欲をかいたんだろう。全能感なんて久しぶりに味わった。甘美な味だ」
「ねぇせめて悪びれてくれない?」
ノクスの真っ白な瞳孔が死に体のウェルに向かう。意趣返しと言わんばかりに眼と眼を近づけた。
「いやいや、法的には悪くないからな。悪意があったことは認めよう。ここで殺されるのも受け入れる。だが、謝るのは断る。今までの努力まで否定してやる義理はない」
ノクスの熱量変換の余波がウェルの体に放射される。全身の痛覚が悲鳴を上げる。それでもなお、ウェルは屈さなかった。
「そう、死ね」
竜の悪夢で踏み潰し、血溜まりができた。ノクスは空中にあるドローンへと飛翔し、ドアを破壊して中に入る。
眼前にはカプセルが三機、三角錐の辺上の状態で存在していた。それぞれ中にグアとルフ、ウェルが存在している。また、室内は謎の機械が無数にあり、モニターからは数字の羅列が続いている。そして、三角錐の頂点には三つの魂の鍵が交差して、空中に停止させられていた。
ノクスはとりあえずでウェルのカプセルを破壊し、今度こそ殺害する。ウェルがモノリス化するのと同時に、ルフとグアの魂の鍵が肉体に入り、二人は悪夢にうなされる。
「その状態だとスイの正気度がすり減るから、仕方なく助けるよ」
触れたら凍りそうな声だった。作業的にノクスは悪夢を吸収する。二人に手をかざし、ゼーンズフトを飲み込む。
彼らの悪夢を以ってノクスの狂気への臨界点が突破された。盃がひび割れ、中身が吹き出した。
ノクスの意識が吹き飛ぶ。亜光速の速度で飛んでゆく。あらゆる星、その生涯を見せさせられる。何も起こり得ない極寒の星。生物など焼け溶ける灼熱の星。微かにある生物の生まれる蒼星。無限の星の一生の情報を脳内に焼き焦がされる。今度は永遠に続く何もない真空。数え切れないほどの多くの光年の旅路が虚無であった。
ついにノクスも精神崩壊する。自我が心象世界の中に押し込められて、邪神が降臨した。
邪神――ムノムクア。冷酷ながら、これは生ける炎・眠れる海・黄衣の王のような化身ではなく正真正銘の神だ。格が違う。
それは名前すらも侵蝕する――真名解放:ノクス=ムノムクア。
ノクスの体全てが鱗に染まり、蜥蜴の頭蓋へと形を変えてゆく。植物の翼が勝手に広がってゆき、六対に増殖する。体が肥大化し、ノクスは完全に「竜の悪夢」と化した。
悪夢から解放された二人は、余波でモノリス化し、大地へ刺さる。
竜の化け物は、怪物どもを蹴散らしながら、地獄の底へと歩みを進める。
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