第40話 第五次大規模侵攻 破・上

 そんな中でも休み知らずのローは、ノクスとスイの二人の二倍の範囲を誇る大地の掃討に勤しんでいた。

 真っ直ぐ敵のみを捉えていたローの眼が、地獄の奥へと向く。這い上がらんとする害意にローは脳を焼かれる感覚に浸される。

『元帥、第四波観測。これは……おそらく、今までの四倍はある、かと』

「了解。伝えておく。そちらは大丈夫か?」

 軍部中央司令室にて元帥は事態に頭を悩ませる。第三波まで一万名ほどの子供たちが頑張って都市を守ってくれた。消耗度は測りきれず、これ以上は交戦すら望ましくない。

『大丈夫とは言えないですね。これは、使うしかありませんよ』

「了解。では全軍に中央西区画からの撤退を指示しよう。西方はスイとノクスに、他はローに任せる」

 実験段階の理論上の悪魔。その登場を認可した。

「中央西区画はお主に任せる、ウェル」

『応とも』


 中央戦線でウェルがドローンから飛び降りる。彼女を包むのは軍服、そしてアニマニウムの特製スーツである。

 彼女の全身を黒く染め上げて、首上だけが露出する。人間の神経が平面化しているような白色の線が体を巡り、体の曲線を目立たせる。何より、背骨の頂点からドローンへと繋がる三本の管が異様感を漂わせていた。

「具現化限定解除」

 ウェルがそう唱えると炎の鞭が具現化し、大地を焼き焦がす。

「理論正常作動確認。具現化同時起動」

 今度は無数の触手が津波のように押し寄せる。炎の鞭とは相性があまり良くなく、力は相反する。

「今度は実証だ。ルインダーどもよ、思い知るがいい。これこそが奇跡の結晶、科学の粋、そして俺の本気だ」

 ウェルは数分も満たずとも、灰の奥から黒い波が来るのを感知する。

「ルインダー確認。スケール算出。3及び4の座標確定。『眠れる海』具現化開放」

 触手の波と怪物の波が合わさる。触手の波は怪物どもを攫い、高スケールのルインダーを絡め、攻勢に出る。そして時間はかかったもののルインダーを殲滅してみせる。

 ウェルによるルインダー掃討実験は大成功で、中央戦線で戦果を挙げた。


 他者のリアニマの指向性の制御。これが可能性を帯び始めたのは、数日前のことだった。もとより神経系等は操ることはできる。つまり、意識と反した行動はとらせることは可能だったのだ。しかしながら、リアニマとなるとそうもいかない。リアニマがおそらく魂の次元由来の力だということがわかっている。その次元を見ることができるローという実験体もいた。観測ができるのであれば干渉もでき、最終的には制御可能だとウェルは考えていた。だが、理論がどうも噛み合わない。

 しかしながら、生み出すことは諦め、指向性の制御だけを絞ったら、何の奇蹟か実用の可能性のある理論が生み出された。論文を提出したのは六月六日。リアニマのステータスの上昇の論文から早一年経とうとしていた頃である。

 実用化にあたって、リアニマでエネルギー変換しながら、昏睡状態である被験体が必要だった。

 そんな中で三人の少年少女達と出会う。リアニマの上昇に思い悩み、そのためならなんでもするとの申し出があった。

 しかし、悪夢など普通に見ることはできない。結局はその人の脳に依るものである。そこは未だ謎だ。何しろその人の主観でしかないのだから。

 そんな難題を解決する薬剤を生成できてしまった。ノクスのリアニマの指向性『悪夢』。銘をゼーンズフト。ウェルが論文を見る限り、ノクスのリアニマから得られた発想の代物らしい。そしてそれは、ただ悪夢を呼び寄せる指向性の物質だ。リアニマできなかったウェルには、赤紫色にしか見えないのは何の因果か。

 悪夢の中、無造作にエネルギー変換を行う人間の指向性のみを操る。エネルギーの指向性のだけの制御なら、チョーカーに強制的に繋がった自身の脳を使用しながら、機械の力を借りられる。故にそこらへんの努力は省ける。あとは装置の都合上近くにドローンくらいのある程度の場所が必要なこと。

 一回目の実験は、ゼーンズフトを投与量とリアニマの各種ステータスとの相関関係の確認をした。

「変人! ステータス上がってねぇぞ」

「赤色の少年。そう言われてもな。駄目で元々のこと。それに実験とは失敗からの方が学べるものだ。まぁ、待ちたまえ」

 投与量による変化を観察したが、そこには相関関係がないらしい。強いて言えば、感情に相関関係がありそう程度のことだった。

 二回目の実験は行われ、悪夢の都合故か暴走した。遠隔も良くなかったのかもしれない。それでも、理論的に可能であると証明できただけで十二分だった。

 三回目の実験は、感情が昂った時に投与することに決定した。とりあえず、ゼーンズフトと感情の特性を理解しなければならない。少年たちに危険性の理解はさせた。あとは感情との作用を確認し、応用範囲内ならば使用に値する。

 結果は二名とも狂気の邪神の化身に成り果てた。しかしながら、実用性の塊だったのは不幸中の幸いだ。

 そして、四回目の実験。ついに地獄への実践投入の許可が出る。装置の仕組みは単純なものだ。常に高威力でリアニマによるエネルギー変換されている状態の二人をエンジンに使用。エネルギーが不要ならば電力にさらに変換させ、必要に応じて、そのまま具現化させる。


 中央戦線は前進してゆく。威力はステージⅢ程度なものだが、指向性制御を電脳に任せているため、その能力は異常に卓越しているのが功を奏している。スケール4の格上相手だとしても削っていけば、いずれそのスケールも落ちる。3まで質量を落とせば、ステージⅢの火力で討伐可能になる。このようにして、前線は上がっていった。

 ルインダーの倒し方も洗練されていく。触手の波で高スケールを拘束し、炎の鞭で粉砕していく。触手の波のおかげで低ステージは自ずと破壊できる。また、炎の火力は素晴らしく、強固に固まっている肉塊を豆腐のように焼き溶かす。



「俺より頭いいかもな」

 四年程度前、ウェルがローにかけられた言葉だ。

 ウェルはその時の三年前からローのことを知っていた。マルクトの星だ。知らないわけが無いのだが、それは良かった。

 問題だったのはそんな人間が科学の総合点数でウェルに迫っている。戦いに明け暮れている人間がどのように勉強できるのか分からなかったが、兎にも角にもウェルは気に入らなかった。まずもってウェルは物心ついた頃から、父に手解きを受けて、科学のその世界観に没頭していた。楽しいからこそ努力をし、努力をするからこそ実力がつく。故に同年代ではトップだと確信していた。

 ローは異常だ。戦闘能力が突出している。ウェルにはその才能はなく、リアニマすら不可能だった。だが、科学者の端くれのウェルにはどうでもいい才能だった。

 しかしながら、彼女の父はローを羨んだ。

「彼は魂の次元を見ることができるらしい。実に我々向きの能力だ。お前もそう思うだろ。子供達を救うにはローの才能が必要だ」

 ウェル自身に向けられた視線が、父からの絶望の念と感じてしまった。

 ウェルは初めて才能を嫉妬した。今までは誰しもが煽ててくれた。子供も大人も、父親だって、ウェルの勉学の才を褒め称えた。しかしながら、今度は誰しもがローのことを讃える。ウェルにも自身には魂の次元の知覚などできないことを知っている。故に讃えられるのは理解できる。しかしながら、そうであっても、そうであるからこそ、敵いようのない才覚を前に嫉妬せざるを得なかった。

 そんな奴に教師をやってほしいとの命令があった。命令とまで明言されていないが、状況的に考えれば過言ではない。相対性理論がわからないらしい。幸い、そこはウェルの得意分野だった。

「………………よって、空間と時間には実質的な違いはない」

「それは、最初から何もかも決定していたってことか?」

 ローはウェルの癪に障る頭の回転の良さを見せた。空間と時間が同じものと言われて、すぐに世界のすべてが決定していたと仮定する決定論に行き着くのはウェルでも難しかったのだ。

 まず、時間の軸を立体的に捉え、その図を頭に浮かべる。その図から過去・現在・未来は生物の錯覚であることを理解する。そのことから、時間の軸の数から世界線が一つだと誤解しなければ、その回答まで届かない。そう、誤解だ。しかしながら、相当科学のことを理解していないと発想されない非常に高度な誤解なのだ。

「それは違う。世界線は線じゃない。泡立った構造になっているがために、世界線のとりうる状態は無限にある。故に、決定論は間違っている」

「……良かった。でも、世界線が『線』じゃないってどういうことなんだ?」

「仮定の話だ。まずなぜ線と呼ばれているところから訂正しておこう。人は時間を………………」

 ウェルは異常に長い説明をした。正確かつ確実だが、専門用語ばかりを使って捲し立てた。相対性理論がわからない奴は理解なんてできない説明をしたのだ。

「…………うーん、なるほど? つまり、可能性の具現化した何かが俺が世界線と勘違いしていたものか?」

 ローはしっかりとついてきた。その時の悪寒は今でも忘れられない。

「それが最新の科学の結論だ」

「へぇ凄い、天才的な発想だ。ウェル、――俺より頭いいかもな」

 ウェルは「どの口が」と怒鳴りたかった。ウェルのしていたことは知識のひけらかしだ。浅ましい行為と分かっていたが、ローに勉学では負けられない意地がそうさせた。しかしながら、ローは超えてきた。ウェル自身では教えられる時にされたら理解できない説明を理解し、それで以って回答までこぎつけた。

 ウェルは、ローの才覚を憎悪した。そして、負けられないと決意した。

 ウェルはさらに研究に没頭した。ローは化け物だ。それは科学の分野でも変わらない。そこは飲み込んだ。

 それでもなお専門分野ならば、負けたくなかった。


 時は流れ現在。限定下だが、ウェルはリアニマを起こしていない人間のリアニマの使用を叶えた。その努力の間に、ローは知りたい理論を理解したら、ウェルの燃える嫉妬の炎なんて知らないかのように、理論化学の分野からは姿を現さなくなった。ローは前線での勲章は無数にあれど、リアニマのステータスの上昇は叶っていない。ステージはⅣが上限のために不可能だとしても、臨界深度は弍でそのままだ。魂の次元の知覚を以ってしても叶わない偉業をなしたことで、ウェルはやっと報われた気持ちになった。

 ウェルはそれならばとさらに多くのものを欲しがった。この第五次大規模侵攻で、ロー以上の功績を上げれば、自身の評価がローに勝てる。そう考え、思考を深めてゆく。

 ここに好奇心から純粋な悪が排出される。――ノクスの魂にゼーンズフトを直接干渉させてみよう。

 沸々と湧き上がる好奇心がウェルの瞳孔を真っ白に染め上げた。


 中央から発せられた悪意にローとノクスが目を向ける。ローは悪意の総量を知り、大規模侵攻後か少なくともひと段落つけた後に行こうと決めた。悪意の総量自体が少なかったために下したものである。また、発しているのがウェルであることも察していた。というよりも、ローはゼーンズフトの実験がグアとルフを炉心として使用されていることを知っている。それならば、悪意を発生させる者などウェルしかいない。つまり、グアやルフがどうなろうと、どうにでもなると判断したのだった。

 しかしながら、ノクスの第六感はそこまで優秀ではない。ベッドから飛び起き、悪意と悪夢の重なる中央戦線を凝視する。

「スイ、僕、中央線線に行くよ」

「急にどうしたの? 今もウェルが活躍しているっぽいけど」

 チョーカーが見せてくる戦線状況とノクスの焦燥具合にスイは驚く。

「ローからの命令だよ。ウェルが危ないって。スイは戦線維持頑張ってね」

「そっちも気をつけなさいな」

 スイはノクスの言葉が嘘であると理解しながらも見送った。理由は様々あるが、ノクスの眼から拒絶の感情を読み取ったところが大きい。自分が行ってはいけないと理解したのだ。

 ノクスはドローンから飛び降りて、全速力で中央線線へ向けて飛翔する。

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