第39話 第五次大規模侵攻 序

「やばいな。この害意の量は、これまでにない大規模侵攻が始まる、か」

 地獄の最前線にて、ローは強大な第六感の察知に身を震わせた。地獄の底から溢れんとする圧倒的な害意。悪意や敵意などない純粋な害意が明日にでも都市を攻めてくる。

「元帥! 緊急事態宣言、タイプ:inv・5を頼みます」

 すぐさま電子の海から元帥に全体警告を頼んだ。

『第五次大規模侵攻か。今回はどうなる?』

「シュナプスイデーによって悪くも良くもなりそう、としかわからないですね。一番きな臭いのがそれです」

『こっちは引き続き電子の海の巡回をするしかないのぉ』

「自分が言えたことじゃないんですけど、休んでくださいよ」

『はっはっは。お主だけには言われたくないな。もちろんだとも。人間の限界値までしか頑張らん。そのくらいはしないとお主に申し訳が立たんのでな』

「ありがとうございます」




『緊急事態宣言。緊急事態宣言。第五次大規模侵攻が観測されました。軍所属の皆様は戦闘の準備をしてください。繰り返します………………』

 捲し立てるような警告音にノクスもスイも目を覚ます。最悪な気分の起床だった。

 ノクスは加えて、先ほどのスイの死の悪夢を見させられていた。当然気分が悪い。

 間を開けずに、六月六日午前四時にローから着信があり、ロー・ノクス・スイの三人間で通信が行われる。

『正直劣勢だ。おそらく、城壁までは怪物どもは来るだろう。どうあれ遅いか早いかだ。悪いがここまで言ってから問う。前線に出られるか?』

 いつも通りと言うようにローからの通信には戦闘音が鳴り響く。

「「はい」」

 ノクスもスイも即答した。スイはリアの閃光に眼を輝かせている。もはや善悪の区別どうこうではなかった。ノクスとは何からできてどう言った存在なのか、リアとの関係性を知らなければ死ぬ気にもなれない。とりあえずは暫定妹としてしか見ていなかった。

『ありがとう。では、西方を任せる。元帥の指揮通りに動いてくれれば、ほぼ大丈夫だろう』

「ほぼ?」

『それは、シュナプスイデーだ。未だ犯人はわかっていない。だが、侵攻の方が優先だ。対応しながらも十分気をつけるように』

 ローはすべきことを確認して、すぐにでも通信は切られる。言っていた通り、逼迫している状況なのがありありと理解できる。

「スイは大丈夫なの? あんなに怖がってたのに」

「安心なさい。元々ルインダーが怖いってわけじゃない……って言ってて他のみんなに顔向けできないわね」

 スイが地獄を忌避していたのは、ルインダーというステージⅣである自分に似た怪物を殺すことに抵抗があったからだ。

 そして、ノクスが行こうとした時に取り乱したのは、リアの情景と重なったためである。

 今のスイにそれらの抵抗感なんて今となってはいらないものである。よほどノクスの方が重要だ。

「なら、よかった」

 目を細めて喜びを示すノクスだが、その瞳孔が真っ白く濁っている。

「ノクスの方こそ大丈夫なの?」

 ノクスは不思議そうに首を傾ける。白く濁っていた瞳孔に、スイですら違和感を覚えた。

「地獄で直接ローが話すってことは、足手纏いにはならないわよね。むしろ強いのかしら?」

 スイはその違和感をローに似たもので済ましたかった。瞳孔が白く濁るなど、他にはローくらいしか起こさない現象だ。リアニマを起こした人間が、いくら虹彩を輝かせようと、瞳孔は黒いものである。

「多分スイとはまだまだ格下だね。ステージⅣでも最弱だし」

「ふふふ。なんだかんだ、私は二番目の強さ。元帥の指揮下だったら無茶な命令も出ないだろうし、ノクスは本当に見ているだけでもいいのよ」

 スイの心配も尻目にノクスは好戦的な態度を示す。

「戦うよ。僕は僕でスイが心配だからね」

 ノクスから向けられた優しい眼がスイには少し恐ろしく思えた。スイはそれら込みでローに似たのだということで結論づける。

 二人は互いの手を取って地獄に行くことを決意した。


 スイのドローンで二人はそのまま地獄に向かう。灰色の大地に、爛れた肌色の怪物ども。見慣れた光景が窓を占めていた。

 地獄の上が前に来た時よりも、明らかに多いルインダーの数にノクスは驚いた。

「ルインダーがこんなに沢山……」

「そうよ。大規模侵攻はこんなもんなの。でも、スケール2以下のルインダーしかいないでしょ」

「確かに」

 ノクスの目に映る怪物どもは数こそ多いものの、その大きさは大したことがない。

「これなら、ロー以外の人でも倒せるってこと?」

「そうね。でも私たちはステージⅣ。ローの様にスケール3と4を倒していかないといけないわ。4からは外壁を突破する可能性があるの」

「じゃあ3は倒さなくても大丈夫じゃない?」

「面倒くさいことにあの肉の塊、くっついて融合するのよ。だからスケール3も殺しておかないと、外壁前でスケール4が誕生、なんてことになるのよね」

「そう、なんだね」

 スイから見たノクスの眼はどこか寂しそうで儚げなものであった。


 二人は他愛もない話を続けて、発射位置についた。

 ノクスは戦闘の準備のために精一杯の様で、スイはノクスとリアの関係を聞ける様な空気感ではなかった。

「では行きましょうか」

 手を繋いで二人はドローンのドアから飛び出した。地面にはルインダーが蔓延っており、痛々しい爛れた肌が醜くも眼に映る。

 着地したスイはその怪物どもを躊躇なく燃やし尽くす。

 元は憎悪から来た眼の焔。今はその輝きを希望のために燃やす。

 ノクスの背後から放たれる水銀弾の弾幕と共に、ルインダーの質量を削っていく。

 伸長する腕のような器官は容赦なく熱され、水銀弾によって破壊される。そして、二人の着地とともにスケール4のルインダーは血溜まりとなって灰の大地に赤を呑ませる。

「少し鈍ったかしら」

 スイの言葉にノクスは驚いた。ノクス自身は強くなった自慢を兼ねての水銀弾の弾幕であったが、スイはそれ以上の火力の熱波で鈍った判定で、自身の弱さを自覚する。

「……大丈夫」

「気分悪かったら、本当についてくるだけで良いのよ。こんな惨たらしいこと、子供のやることじゃないんだから」

 ノクスの異常を察知してスイは声をかける。ノクスのことをじっとみて、結論を出した。

「ルインダー酔いかしら?」

「ふふっ、似てるかも。だから、大丈夫。戦わない理由にはならないからね」

 スイの推測通り、ノクスは酔っていた。しかしながら、それはルインダーに対してではない。悪夢に対してだ。大規模侵攻時の地獄は、異常に悪夢の濃度が濃い。元より、ノクスの起源は悪夢。ルインダーの多い方が悪夢の濃度が濃いのは自然の理とも言える。

 そんな会話をも妨害しようと肉塊が飛んでくる。敵陣地真っ只中。当然四方八方から無限に肉塊と害意の弾幕が張られている。息を合わせて半々をそれぞれ熱波と水銀弾で吹き飛ばした。

 ――大丈夫。

 吐き出す火力と共にノクスの体力も削られていく。悪夢の残滓であるルインダーを屠りながら、ノクスは進むことを決めた。


 殺せど殺せど、肉塊は終わりを告げない。なるほど、ローがスケール3と4のみに攻撃するわけである。2以下の有象無象にまで手を伸ばしていたら、途方もない時間がかかる。

 疾走しながら、見上げるほど巨大な怪物どもに、それを吹き飛ばす火力を出す。言えば簡単なことだが、ノクスにとっては厳しいものだった。


 気づけば三時間ほど。その間にスケール4を二桁も倒せば、流石に息も上がる。重ねてきた努力もスイには及ばない。

 ノクスがそんな自分を責めようとした瞬間、逆に火力が上がった。息は上がったままだが、全能感に支配された。所謂ランナーズハイに近い現象である。

 瞳孔はさらに白く染まり、歪な竜の悪夢が具現化される。直線上のルインダーどもはまとめて飲み込んで、地面をも抉る。それを連発して、ルインダーが蔓延る辺り一帯を更地にした。

 胸で息をしながらもスイを怖いほどにじっとみて、ノクスは宣言する。

「大丈夫。もっと狩って行こう」

「一旦休んでも良いのよ」

 少し汗ばんだスイから発せられる優しい声が鼓膜を震わせるが、ノクスは変わらない。

「大丈夫だよ、スイ」

「そう、ね」

 少しの困惑を見せながらも、スイはノクスの変化を許容しつつ、ルインダーどもを狩っていった。


 時は経ち12時間。流石のスイも息をあげている。その間もノクスはスイと同じようにルインダーを屠っていた。

『これで第三波までは根絶された。お疲れ様だ。休むといい』

 ローの言葉が休憩時間の合図となった。

 追従モードにしていたドローンの中で、二人はシャワーに興じる。

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