第33話 生ける炎、眠れる海。
悪意と敵意は無く、害意だけが渦巻く。
ノクスの第六感にもその害意は突き刺すように感じられる。そこに指向性はなく、ただ漠然と膨大な量の害意が試験場中心地に集積している。
そして、飛行するノクスには見えてしまった。
巨大化していく肉の塊。藍色に染められた肌に触手が無造作に湧き上がる。眼は六つ、蠢きながら一点に揃っていく。そして、肥大化していった結果、それは、形を確定させた。
大きさは丘陵級。巨大では言い表せない、壮大な何か。見上げるとかいう次元ではなく、もはやただあるだけの存在。
歪な球に六眼の頭を持ち、無数の巨大な触手に身を包み、その中から爬虫類のような皮膚をした腕と翼を覗かせる。
その悍ましい姿を見たノクスは脳味噌を撹拌された感覚を覚えるが、とりあえず何ともない。
それよりも、確信してしまった。この化け物は二回目の将校試験の時にローに殺された二体の化け物のうちの一体だと。本来はこの大きさだと理解して圧倒された。
――同じようなことが起こる世界線があるのなら、
ローの世界論から導き出された答えは現実になる。二度目の将校試験の惨憺たる光景が今、現実になる――。
巨大化していく火炎の集合体。燃え盛る空間は今も増してゆく。眼のような黒点は無数に存在し、炎の中を自由に移動する。大きさはすぐにでも先ほどの化け物と並んだ。
恒星のように燃え盛りながる球体。下部の鞭状の構造は絡まりながら、螺旋状に地に降ろす。球体からは六つの触手のような翼を携える。
高速で近づきながら、二体の化け物を見たノクスは、またも脳味噌を撹拌される感覚に浸される。脳味噌を取り出して掻き毟りたくなるような感覚だった。蟲がぐにゅぐにゅと這いまわっている。
しかしながら、ノクスは未だ平常心でいた。それよりも、スイへの心配が勝っている。
ノクスはソニックウェーブを巻き起こしながら加速する。化け物どもは、触手をうねらせ、燃え盛りはするものの、動く気はないらしい。
そこだけは幸運だった。ノクスも撃退は諦めている。スイがどこにいるか分からない都合上、スイに危害を及ぼしかねない。
何よりあの化け物への情報は、「不完全な神」という存在が実在するという情報。そして化け物たちはローが倒したことがあるということだ。
そこまで思い出したノクスは緊急でローに通信をかける。
「ロー! 不完全な神ってどう倒せばいい?」
『内容が飛躍しすぎて……OK。理解した。敵の外見は?』
おそらく時間遡行時に手に入れたであろうノクスの言葉から、ローは最適解を導き出した。
「……表現できない……? 知ってる動物とかじゃ、全然ない、こと、だけ」
見たまんまの情景ですらも何故か表現できない状態にノクスは困惑する。
「とりあえず、ビル10棟分くらい大きい」
『それならノクスには早いな。二体の化け物の中心にスイはいる。助けることを優先しろ。後処理は俺がやる。こっちはもう少しで敵の波を殲滅できる。もう少し待っててくれ』
「ありがとう!」
ノクスのその言葉を最後に通信は切れる。
――ローの第六感は精度良すぎ。
ノクスはローが味方側で心底安堵した。だが安心し切るには早い。スイは狂気に犯されると魂が溶けることが分かっている。それが鬱病から来るのなら一刻も早く助けに行かなければいけないのだ。
スイの魂が溶けていたのはシュナプスイデーの影響だと、そう自分に言い聞かせながら加速する。
――間に合って。
ノクスの飛行軌道は生ける炎の絡まる足元を避けて、眠れる海の有象無象の触手の広がる大地の低空を飛ぶ。
スイを探すが、広大すぎて分からない。
絡まる足元は付け根から鞭のようにビルを打ち鳴らす。有象無象の触手は地面にまで埋め尽くしている。その境目をとりあえず目指した。
そして、見つけた。スイは鞭と触手の間隙に倒れていた。
スイは何故か黄色の外套を羽織っている。
「スイ!」
ノクスは翼を広げて、速度を落とす。摩擦熱で翅が少し焼ける。自身の翼に逆方向への指向性制御で何とかスイを掬い上げられる速度になる。
そして、スイに触れて、そしたら、
ノクスは、トリカブトが枯れかかった花畑:スイの心象世界の中にいた。
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