第31話 ローと地獄とルインダー

 ローの漆黒のドローンがやってくる。動体視力をそこそこ鍛えたノクスにはわかる。ローのドローンは改造されていないのではなくて、速さに特化したモデルなのだと。ということは最初の暴食の話は、単にローの心遣いの良さを表していることに今更驚かない。リウムさんの言う通りだと思った。

 そのままロー専用のドローンに入り、数時間かけて地獄の最前線へと赴く。ドローンが速すぎてよくは見れなかったものの、ローが最高戦力として守ってきたマルクトは非常に莫大であった。北部であるスラム街を除き、西部から東部までのほぼ全てにビル群が連なっている。全て同じ形、大きさ、高さ。隙間が形づくる直線が網目になり、永遠に続いているようにも見える。それらを乱す塵にしか見えないドローンたち。それらの行き交う先はノクスへと続くものが多い。その他の行き先といったら南部の巨大なはずのドームぐらいだ。リウムと一緒に元帥に会うときに行った施設であるが、最北部の外壁から見た時にはドローンと区別がつかないくらいには小さい。ローと元帥の凄さ、偉大さ、そして異常さがひしひしと伝わる。スイ曰く、マルクトを実際に動かしているのは二人である。ある程度AIがやってくれるといっても、それでは説明できないほどマルクトは巨大であった。

 そして、外壁の奥に佇む地獄。ただ灰色であり、距離感すら掴めない。灰が飛ぶせいで空と地面の境界線が分からない。地面の凹凸らしいものは数千万とある小さなモノリスのみであり、上空を飛ぶノクスにとっては見えない。

 一つだけ、ノクスが驚いたことがあった。それは、ルインダーが黒色ではなかったのだ。前世も、教科書でも、そしてスイに関しては念押しするほど、ルインダーは黒色の怪物と言ってた割に、全く黒くない。最初は人の死体とも思えた。しかしながら、小さき軍人が戦う姿を見てルインダーと確信する。赤みがかった肌色のナニカ。

 巨大なルインダーのせいでノクスですらその姿を知ってしまう。爛れた肌、無造作についた人の器官、血を撒き散らせながら闊歩するソレはなるほど怪物と言えよう。だが、余りに酷い。しかしながら、仮に他人には黒色に見えているのならば、そっちの方がいいとノクスは思う。

 ――ごめんね、■■■。

 ふと、ノクスの口が動いた。そして、反響してきた自分の声に妙に納得する。

 ――スイも嫌なわけだ。

 安堵感に囚われながら、ノクスはロー近辺の上空に着く。

『発射まで10、9、8』

「発射⁉︎」

 ドローンにしては下に降りて速度も落ちてきたと思えば、どうやら発射するらしい。ノクスならば確かにダメージなく着地できるだろう。それは、ステージⅡはないと普通に死ぬくらいの高度と速度だ。つまり、地獄の最前線とはリアニマの少年兵の場所である。

『……2、1、0』

 床が熱量吸収され、ノクスは地獄に落ちる。すぐさま植物の翼を生やして飛翔した。

 そして、巨大な狼の頭蓋を具現化させるローのことが嫌でも目に入る。そのまま速度を落として着地。走るローに追従する形でノクスも疾走する。

「悪いな、ノクス。いまからルインダーを屠りながら北西地点まで向かう。話が終わるまで悪いが手伝ってもらうぞ」

「通話じゃなくて直に喋らなきゃいけなかったの?」

「いいか。俺は全能じゃない。基本的に三窓ぐらいが限界だ。ノクス、北部、北東部。三人に分裂などできやしないから、北部、北東部は通話で指揮して、ノクスとは魂の揺らぎを見たいから対面だ。悪かったな。再会が地獄で」

 ローは話しながらも巨軀の狼を具現化させてルインダーを食い破り、血肉を撒き散らしていく。

「今も指揮中?」

 そんなローにノクスも疑問を持つ。

「当然だ。それはいい。あんだけ話させたんだ。シュナプスイデーについて答えろ」

 通常営業だと言わんばかりにローはルインダーを屠りながら喋る。

「チョーカーに付けられた機能で、一定以上の感情に反応して、注射される臨界深度を強制的に上げる液体……だったはず」

「くそ。簡単なことか。固定概念に囚われてたな。でもそんなの悪意あるだろ? 俺なら気づくはずだ」

「世界線の違うローは悪意が無くて怒ってた」

「解釈一致、了解。あえて言おう。シュナプスイデーを作っておいて悪意なしって最低だな!」

 正義の王様は当然の言葉を吐き捨てた。

「取り敢えず、元帥に急務でスイとノクスのチョーカーの生成機能の停止を申請しておこう。二人さえ覚醒しなければどうにでもなる」

「これでスイは大丈夫?」

「信仰するな。全能じゃないんだ。スイに放たれる悪意とかまで感知できる訳じゃない。シュナプスイデーは結局のところ悪意が無いのは変わらない。俺は善意で行われる最低な所業は防げないんだ」

「そんなことあるんだ」

「それがシュナプスイデーだろ? というかツヴァイもドライも始まりは善意だった。都市を守りたいという善意と娘を未来を望む愛が悪となったんだ」

「善も愛も悪になるの?」

「難しい質問だな。ここまでの科学発展を以ってしても感情は未だに完全理解されている訳じゃ無い。善も愛も悪も指向性の一つに過ぎない。ただ、法則はある。善は悪を内包し、愛は善を内包する」

「どういうこと?」とノクスは話しながら、指揮しながら、怪物どもを駆逐するローに憧れを抱く。

「種類分けが出来るんだ。悪は三種だな。悪のみの悪。善由来の悪。愛由来の悪。善は二種。善のみの善。愛由来の善。そして、愛はただ存在するだけ」

「第六感はその中の悪だけを感知できるってことね」とローの具現化の破壊力に賛美する。

「ノクスも第六感持ちか。そうだな。その通りだ。そして、由来系の悪は探知し辛い。まぁ、それは良い。知り得ない情報の数々。時間遡行してきたというのは本当か?」

「《規制済み》」うん

「そしてそれは何かに抑止されるのか。魂も揺らいでないから嘘もなし。俺じゃないと気づけないぞ。気づけたところで、力にはなれないがな」

「何で?」と今まさにルインダーを噛み砕いているのに説得力がない、とノクスは疑問を抱く。

「ルインダーの侵攻が凄くてな。正直ノクスと話しながらのこの状況も良くないくらいだ。マルチタスクはできるが、どうしても個々の効率は落ちる。シュナプスイデーはどうにか頑張ってノクスが解決しろ。ノクスとスイが強制的に覚醒しない今、差し迫った脅威はない」

「それって第五次大規模侵攻?」

「時間遡行の信憑性増させるな。それはいいんだ。だが、痼を残すのも勿体無い。初めて会った時、何か疑問を持っていただろ? シュナプスイデーの分だ。少しくらい質問していけ」

「それは、多分嫉妬したんだ。人の何かに」

「それはどういう……。もしかしなくても、自身の成り立ちを知らないのか。ということは、まさか。スイとの関係も知らないのか?」

「世界線の違うローも言ってたけど、そう。答えてもくれなかった。スイがショック死しかねないって」

「お前がそんななのに、スイはあんな仲良さそうにしている。スイはとんだ勘違いをしているっぽいな。そりゃショック死は確定だろう」

「じゃあ二つ目。シュナプスイデーは僕だけで解決できるの?」

「それはわからん。だが、俺の隊をつける」

「もしかして、リウムさん⁉︎」

「え、会ったことあんの。どんな風の吹き回しで……。まぁ時間遡行してればそんなこともあるものか。仲良く、は心配しなくて良いな。流石にリウムは頭良くないから時間遡行とかわからんぞ」

「初対面になるんだ。少し悲しい」

「一応言っておくが、異常に馴れ馴れしいノクスも俺視点謎だからな」

「だって同年齢って」

「いや、成り立ちも科学も知らないなら年下のようなものだろ。タメ口聞くやつは新鮮だから許すけど」

「ありがと。じゃあ最後に一つ確認。ルインダーって肌色だよね?」

「当たり前だろ。あの醜い姿」

「え?」

「は? 他のやつには何色に見えてんの?」

「黒色だよ。ほら」と言って、ノクスはスイの教科書をローに転送する。

 ローはノクスとの会話と引き換えに読書に没頭する。

「しっかり纏まっている。良い教科書だ。だけど確かに、ルインダーは黒色ってなってるな。一応確認するが、ノクスは肌色に見えるんだよな」

「うん」

「スイと俺らのステージなどのステータスはさほど変わらない。あえていうなら、強さくらいのこと。……」

 ローがぶつぶつと考えを放つ間、ノクスはスイが「ルインダーの黒色を肯定した」その時の魂の揺らぎを思い出していた。異常に嬉しいという感情の発露に、何か隠したい感情があるのではないかと考えていた。そして、

 ――嘘だ。スイはおそらく、肌色に見えている。

「ローは初めからステージⅣ? スイも同じ?」

「俺は七歳の頃にはステージⅣだったな。反対にスイは順々に上がっていった。思えば、ステージⅣになってから一週間くらいから調子が悪い感じだった。となると、」

「多分そう。スイの戦線離脱理由は、ステージⅣに上がって見えてしまったルインダーの本当の姿による精神的負担だよ。それとあの感じ、普通に鬱病だよね」

 先ほどの庇護欲。それが湧き上がるように増してゆく。あの壊れかけの妖精を守りたい。他の誰でもなく、ノクスから湧き上がる欲望だ。暴食か色欲か溺者と呼ばれるのも構わない。

「近くに居ればまぁわかるか。そうだな。鬱病なのは間違いじゃない。軍全体の士気にも関わるから公言は出来ないがな」

「頑張った先が更なる絶望だから?」

「それもある。だがな、ルインダーはあくまでも人外の怪物でなければならない。そこに人間の要素は必要ない。軍人は怪物相手に領土を守る正義の味方であること。これは存在意義ですらある。ただでさえ子どもしか戦えない状況なんだ。そこら辺の線引きはしっかりしていたほうが良い。逆に、ノクスも上がっていった感じだろ? どうしてノクスは大丈夫なんだ?」

「それは、多分、ローも知らなくて良い、と思う」

 ――だって、ルインダーって……

「嘘なしか。了解。そういうことにしてやる」

「ありがと」

 ノクスの髪がふわりと舞い上がり、上目遣いでローを捉える。地獄にも花は咲いた。

「かわい子ぶっても、俺には効かんぞ。ノクス」

「普通に感謝しただけだよ。それに、ローにはリウムさんがいるもんね」

「リウムがどうした?」

 ローの魂が揺れていた。嘘の揺れ方だ。ローからするとリウムとの関係は秘密らしい。

「揺らいでる。ローも嘘つくんだ」

「魂の揺らぎもわかるのかよ。加え、そこそこの戦力はあるらしいな。少佐を以って命令する。シュナプスイデーはお前らが解決してこい。迎えのドローンも上空にある。お前なら飛んでいけ。高いから壊したくない」

「やーい、守銭奴」

「くはは。いじられるってこんな気分になるのか。まぁ頑張ってこい。因みに、この広大なマルクトの全子供は犯人ではない。悪意の存在以前に作っているものは全部元帥の脳内に入っている。元帥すら盲点な場所だ。とだけは言っておく」

「元帥って超記憶症候群だよね?」

「そうだ。加えて、元帥は今現在の全ての研究と戦場、そして全ての子どもたちの感情の機微を電子の海で監視している。それでもなお、見つからない。と言ってもだ。監視装置である神の眼から見えないところや偶然なってしまうこととかは元帥でも防げない。そこら辺の穴だろう」

 それがフラグになってか、第六感を持っている二人に害意が感じ取れた。ノクスは存在だけだが、ローには完全に場所まで特定できる。

「ルートを変更しておいた。ドローンに乗ればシュナプスイデーの使用者まで直通だ。本当は都市内の防衛はスイの仕事だが、もう将校試験は始まっている。一応俺の隊には被害を拡散しないように都市の護衛をさせている。だが、結局のところ倒すのはノクスにしておきたい。理由は説明している暇が惜しい。頼む」

 植物の翼を生やし、飛翔する寸前のノクスの胸に拳が添えられる。

「任せて」

 ノクスは飛び立って、ドローンに入る。地獄で輝く星は蒼く、そして、格好良かった。

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